第78話 道が繋ぐもの
水にたゆたう糸のような、金色の髪。
あらゆるものを優しく包み込んでしまいそうな、ハリのある白い肌。
何かを憂うような、儚さを漂わせている面影。
そして、今にも泡になって消えてしまいそうな、碧い瞳。
何度も見た事のある、彼女の姿だ。
それなのに、俺はかつて無いほど強烈に、胸が高鳴るのを感じた。
久しぶりに会ったから、無事な姿を見れたから、ついにここまで辿り着けたから。
色々と理由を探すことはできるけど、しっくりくるものは無かった。
その代わりなのか、彼女のことを抱きしめたいと感じた俺は、躊躇することなく衝動に従う。
膝を抱え込んでいる彼女の両肩を覆うように、両手を広げた俺は、驚きに目を見開くロネリーに飛びついた。
勢い余って回転しつつも、じっと彼女の瞳に注目する。
あんまりに俺が見つめすぎたせいか、少しだけ頬を赤らめたロネリーは、そのまま膝に頭を埋めてしまった。
必然的に注目するものを失った俺は、どうしたものかと辺りを見渡す。
『急に水中にいたのは、ウンディーネの力だったのか』
自分達がゆっくりと降下していることを見て取った俺は、更に、ロネリーを覆っていた水の球が、何倍にも膨らんでいることに気が付いた。
真下では、ペポやサラマンダー、そしてベックスとケイブが戦闘を繰り広げている。
そんな傍らで、俺達を忌々し気に見ているのは、言うまでもなくバーバリウスだ。
何か大口を開けて声を発しているらしいけど、水で声が遮られているせいで、なんて言ってるか分からない。
と、そんな周囲の様子を観察していた俺は、腕のなかに居るロネリーがチラッと目を上げたことに気が付く。
『声を掛けたいけど、水中じゃ話せないな。なんとか上昇して、水から顔を出そう』
そう思い、彼女を抱えたまま上昇しようと水を掻いた俺は、しかし、上手く上がることができなかった。
っていうか、それどころじゃなくなった。
まるで仕返しとでも言わんばかりに、勢いよく首元に抱き着いてきたロネリーが、俺の顔の目の前でニコッと微笑む。
それはズルいだろ。
思わず口を半開きにしてしまった俺は、ため込んでいた空気の半分を失った。
「あっ、ごめんなさい! ウンディーネ! お願い」
「仕方がないのぅ」
どこからともなく聞こえて来たロネリーとウンディーネの声。
その直後、俺の頭付近の水が一斉に気泡となり、呼吸ができるようになる。
「ぶはぁ……助かった」
「お久しぶりですね、ダレンさん」
「あぁ。久しぶりだな、ロネリー。無事か? 怪我とか無いよな?」
「はい、大丈夫です。ウンディーネが守ってくれたから……」
朗らかに告げた彼女は、しかし、何かを思い出したのか、少し暗い表情を浮かべる。
「どうかしたか?」
「いえ、私、皆にすごく迷惑かけちゃったなって……」
「気にするなって、大したことないし、全員一致でロネリーを助けに来たんだぞ?」
「でも!! ここは魔王城なんですよ? 普通に考えれば、助けになんて来ない場所ですよ?」
「何言ってんだ、仲間だろ? 助けに……」
何か思い悩んでいる様子のロネリーを見た俺は、元気づけるために、いつもの軽い口調で言葉を並べようとした。
しかし、続く彼女の言葉を聞き、それじゃダメだと理解する。
「助けに来たせいで、皆が死んじゃったら……私、自分の事を許せない。それだったら、私の事なんて諦めて、次の……」
「またそれか……」
カルト連峰の山頂で、ゲンブに問われたのと同じこと。
ロネリーを諦めて、次のウンディーネの継承者を待てばいい。
初めから、ウンディーネを継承した人物は短命なんだと。
思い出し、再び呆れを抱いた俺は、乾いたため息を吐く。
ロネリーは何も分かって無い。ゲンブもだ。
もしかして、俺とノーム以外は誰も気づいてないんじゃないか?
なんて、そんなことは無いか。少なくとも、ペポ達は俺と同じ考えのはずだ。
今も敵と戦いを繰り広げながら、時間を稼いでくれている頼もしい仲間たちに感謝した俺は、もう少しで床に降り立つのを確認した後、ロネリーに伝えることにした。
「なぁ、ロネリー。俺、ここまでの旅の中で新しく知ったことが沢山あるんだ」
「え? はい」
「その中でもとりわけ、一番重要なことが、『道が繋ぐもの』についてだな」
「道が、繋ぐもの?」
「そう。俺はずっと、道ってのは単に、場所と場所を繋いでるって思ってた。だけど、そうじゃないって、沢山の人が教えてくれたよ。もちろん、ロネリーもな」
「私が?」
「そうだぞ? だって、道が繋いでるのは人なんだから。会いたい人がいる、会ってみたい人がいる。そんな繋がりが、俺とノームを導いてる。そんな気がするんだ。だから、俺は絶対にロネリーを、君を失うワケにはいかない。だって、会えなくなるなんて、絶対に嫌だからな」
俺がそこで言葉を切った瞬間、俺達を囲む水球が床に着地した。
直後、まるで水風船が破裂したかのように、水球が炸裂し、大量の水が周囲に飛び散る。
同時に、水球によって遮られていた周囲の音が、一斉に襲い掛かって来た。
「おやおや、やっと出てきましたね」
「ダレン!! いつまでイチャイチャしてるチ!!」
「ロネリー!! 無事かい!? 無事だったら、すぐに逃げよう!!」
「逃がさないよ!! お前たち全員、私が石にしてやるからね!!」
「おい!! 何でもいいから早くしろゴブ!! また下の階から新手が押し寄せて来てるゴブ!!」
「ひぃぃぃ!! やばいゴブゥ~!!」
騒々しい周囲の状況に視線を投げた俺は、顔を引きつらせているバーバリウスを見た後、ロネリーに視線を移した。
耳まで真っ赤に染め上げた彼女は、あうあうと口を上下させている。
そんな彼女の背中に姿を現しているウンディーネが、珍しく満面の笑みを浮かべながら、声を張り上げた。
「でかしたぞ、ダレン!!」
「何がだよ? まぁ、ロネリーもさっきまでの不安はなくなったみたいだし、良しとするか。それじゃあ撤退しよう。ガーディも探しに行かなくちゃだしな」
そう言った俺は、未だに首元に抱き着いたままだったロネリーを一旦脇に立たせると、バーバリウスに対峙した。
「ノーム、準備は良いか?」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ」
「どうした?」
「いや、なんていうか、オイラ、かなり恥ずかしいんだが」
「……」
ノームのその言葉を聞いた俺は、一瞬で顔が熱を帯びてゆくことに気が付いた。
幸いにも、ロネリーは真横に立っているので、その顔を見られていない。
と、そんな俺達を見ていたバーバリウスが、ボソッと呟いたのだった。
「お前ら、状況分かってるのか?」




