第77話 彼女とその瞳に
背丈は普通の民家を超えるほど大きく、赤黒い皮膚に覆われている。
また、額にある一本の角と背中の黒くて大きな翼が、化け物感を際立たせていた。
そんな魔王は、俺達を見下ろしながら一歩を踏み出すと、その野太い声でリューゲ達に語り掛ける。
「上出来だ、お前達。よくぞここまで、このガキ共を連れてきた。俺様は非常に感激している。これでようやく、悲願を達成できるぞ!!」
「もったいないお言葉でございます、バーバリウス様」
その様子を見た俺は、怒りを込めて呟いた。
「お前がバーバリウスか」
途端、メデューサがヘビの髪を逆立てながら告げる。
「口の利き方を知らないようだね。私が叩き込んでやろうじゃないか」
今にも無数のヘビで攻撃を仕掛けようとするメデューサは、しかし、間に割り込んで来たペポによって遮られる。
「邪魔はさせないチ!」
そう言ったペポの目元には、何やら細い布が巻き付けられている。
メデューサ対策なんだろうけど、それで本当に戦えるのか?
なんて思う俺の疑問を余所に、シルフィが指を突き立てながら俺に合図してくるあたり、何とかなるんだろう。
「ダレン、ペポ、ロネリーの様子を見て! 多分だけど、凍ってるのは表面だけじゃないかな!」
サラマンダーの呼びかけを聞いた俺は、すぐにロネリーの方に目を向けた。
確かに、良く見て見れば、凍っている筈のロネリーの髪の毛が、ゆらゆらと揺れ動いているように見える。
「お!? ってことは!?」
「まだロネリーは生きてるってことだな!!」
足元からひょっこりと顔を現したノームに、元気よく答えた俺は、思わず笑みを溢してしまう。
「おやおや、まさかこの期に及んで、まだあの小娘を助けることができると考えているのですか?」
俺の笑みを見たのか、少し機嫌悪そうにそう言ったリューゲは、甲高い口笛を鳴らした。
直後、俺達の背後にある階段の方が騒がしくなる。
「ちっ! さすがにこの状況はマズいゴブ!!」
「サラマンダー! ロネリーを封じ込めてる氷を溶かしてくれ!! ペポ、俺達はその間、こいつらを止めるぞ!」
このまま挟み撃ちをされてしまえば、状況はさらに悪くなる。
そう考えた俺は、階段の守りをベックスとケイブに任せ、改めて魔王バーバリウスと対峙した。
「目標はロネリーとウンディーネの奪還だ!! 助けたらすぐに、ここから離脱するぞ!!」
「分かったよ!!」
「分かったチ!!」
「はいよ~」
「やってやるぜ!!」
皆の返事を聞くと同時に、勢いよく駆け出した俺は、ロネリーの方に向かって突き進んだ。
そんな俺の邪魔をしようと動くリューゲだったが、サラマンダーが火弾を準備し始めたのを見て踵を返す。
「私の事を忘れたんじゃないだろうねぇ!?」
「お前こそ、アタチのことを無視するなチ!!」
背後から無数に伸びて来るヘビを、その大きな翼で叩き落としたペポ。
彼女に礼を示すため、俺は力いっぱい床を踏みしめた。
すると、床から幾つもの小さな岩の短刀が飛び出して来る。
「ペポ! シルフィ! これを使え!!」
即座に俺の思惑を理解してくれたノームもさることながら、突然放り投げられた幾つもの短刀を、いとも簡単に操り出すシルフィも、ただ者じゃない。
目隠しをした状態でも問題なく飛べているペポ達なら、多分メデューサを食い止めることができるだろう。
サラマンダーも、自身の身体から発する光で、リューゲの技を悉く打ち消している。
なんて頼れる仲間達なんだ。
「そうなると、残りはお前だけだな!!」
「生意気な奴め、今にその顔を絶望にゆがめてやろう!!」
そう言ったバーバリウスは、俺に対峙するでもなく踵を返すと、ロネリーの方へ動き出す。
「てめっ!! 逃げる気か!?」
「逃げる? 違うな。お前に最も大きなダメージを与えるだけだ」
そう言ったバーバリウスは、氷漬けになっているロネリーを氷ごと鷲掴みにし、頭上へ掲げた。
「ノーム!!」
「まかせろ!!」
憎たらしい笑みを浮かべているバーバリウスを見上げながら叫んだ俺に、ノームが応える。
直後、俺の足元の床が大きく隆起し、みるみるうちに高い塔に姿を変え始めた。
その塔の天辺に乗っていた俺は、足元に手をかざす。
すると、例の如く俺の意図を察してくれたノームによって、一本の岩の槍が形成された。
「その娘に触るな!!」
手にした槍を構え、思い切りバーバリウスの胸元に向かって投げつける。
しかし、投げられた岩の槍は、奴の身体に直撃した後、真っ二つに折れてしまった。
魔物の身体はどうしてこんなに固いんだよ。
「どうした、もう諦めるのか?」
「そんな訳ないだろ!! ノーム! 今だ!!」
挑発してくるバーバリウスにイラつきながらも、俺がそう叫んだ時、高く伸びていた塔の側面から、新たな岩の槍が突き出してくる。
槍、と言っても俺が投げたものより随分と大きな奴だ。
バーバリウスとほぼ同じ背丈まで伸びていた塔から突き出たそれらの槍は、当然、奴の身体を捉えていた。
合計5本のそれらの槍は、鋭く尖った先端でバーバリウスの腹部と翼、そして太ももを貫く。
しかし、そんな傷をものともしない様子のバーバリウスは、ついに両手でロネリーを掴むと、全力で潰そうとするように力み始めた。
「止めろ!!」
塔から伸びている槍の上を駆け、岩から飛び出して来たノームを捕まえた俺は、そのままバーバリウスの肩に飛び移る。
そして、今まさにひびが入り始めたロネリーの様子を見ながら、俺は歯を食いしばる。
氷が割れて、ロネリー自身がこいつに捕まったら、かなり絶望的だろう。
彼女の体を覆っている水がウンディーネによるものだとしたら、まだ少しだけ、助かる見込みがあるかもしれないけど。
だけど、絶対に大丈夫だと胸を張って言えるだけの自信が、俺には無かった。
ピシッ
という音が周囲に響く。
それと同時に、バーバリウスの二の腕の上を走っていた俺は、視界の下端で激しい光が瞬いたのを見て取った。
直後、バーバリウスの手元に向かってサラマンダーの火弾が命中する。
氷の上半分を一気に溶かした火弾は、そのまま天井にまで到達すると、丸い穴を空けてしまった。
溶けた氷が水蒸気になり、周囲に充満する。
「なんだ!?」
驚いた様子のバーバリウス。
その一瞬の後に、俺は視界が一気に歪んだのを感じた。
意識を失ったんじゃない、かといって、バーバリウスの腕から落下し始めたわけでも無い。
いつの間にか水中にいた俺は、視界の中心で膝を抱えて丸くなっている女性が居ることに気が付く。
「ロネリー」と言おうとした俺は、空気が漏れだしていくことに慌て、一気に口を閉じた。
そして、水を掻きわけて彼女の元へと向かう。
そんなに遠い距離じゃない。
もう少し泳げば手が届くところにいる彼女の元へ。
そして俺は、ゆっくりと開かれる碧眼を見て、彼女とその瞳に恋をしていたんだと気づいたのだった。




