第76話 氷漬け
魔王の配下を名乗る魔物達は、その後も俺達に襲撃を仕掛けてきた。
ある時はヒュプノスと同じように待ち伏せていて、ある時は罠を仕掛けている。
だけど、ノームとシルフィに対して、罠の類は通用しない。
床や壁、そして天井に仕掛けられている罠は、ノームが全て破壊するし、毒を塗った矢も、シルフィによって吹き飛ばされる。
思っていた以上に、すんなりと前進出来ているこの状況は、俺達を勢いづかせるのに十分だ。
「へへっ!! 魔王城なんて仰々しく言う割に、全然大したことないじゃねぇか!!」
通路の右側の壁から顔を突き出しているノームは、走っている俺達の背後に視線を投げながら告げた。
そんな彼に先導された俺達は、突き当りにあった階段を登り始める。
随分と昇ったけど、まだ頂上は先だろうか。
ふと、そんな疑問を抱いた時、ペポが困惑した表情を浮かべて口を開く。
「ノームの言う通り、手応えが無さすぎるチ!!」
「そうだね、僕もそう思うよ」
ペポとサラマンダーに賛同しながら、背後にチラッと目を向けた俺は、頭の中で考えていた憶測を呟いた。
「ってことは、今のこの状況も、奴の思惑通りって可能性がある訳だな」
「俺もその可能性が高いと思うゴブ」
「ダレンの言う通りゴブゥ。魔王城の中で、こんなに暴れまわって、無事で済むワケがないゴブゥ」
大きく頷いて見せるベックスとケイブは、よほどの自信を持っているのか、眉間にしわを寄せて前方を睨んでいる。
元魔王軍に所属していた2人がこれだけ怪しむってことは、やっぱり気のせいじゃないだろう。
そんな俺達の意見に対して、異を唱えるのが、ノームとシルフィだ。
「考えすぎな気もするけどねぇ~。単純に、ウチらが強すぎるだけなんじゃない?」
「オイラもシルフィに同感だぜ! さっきの部屋の奴らなんて、オイラ達の攻撃を見たら、怯えて逃げちまったじゃねぇか」
また、確かに2人の言っていることが正しい可能性もあるけど、この状況で楽観視するのは危険だよな。
「どちらにしても、全員油断はしないようにしておこう!」
「うん」
「分かったチ!」
ここで議論をしている暇はないので、それだけ認識合わせをした俺達は、さらに加速しながら階段を駆け上がる。
そしてついに、階段を駆け上がった先の扉に手を駆けた俺は、勢いよく中に飛び込んだ。
「次は誰が相手だ!?」
ノームが事前に罠の警告を出してこないってことは、十中八九、今回の部屋は敵との激しい戦闘になる。
ここまで登って来た経験から、そう考えた俺は、しかし、予想外の者を目の当たりにするのだった。
「ええい!! もっと奴らを弱らせろ!! でないと……おや?」
部屋の中心でゴブリンの首根っこを掴んでいるリューゲ。
広いわりに何もない部屋にいるのは、彼と配下のゴブリン達だけ。
咄嗟に身構えつつ彼の姿を見た俺は、思わず声を張り上げてしまう。
「リューゲ!! やっと見つけた!! ロネリーとウンディーネを返せ!!」
「おやおや、もうこんな所まで……予想以上に早かったですね」
まるで取り繕うようにそう言ったリューゲは、思い出したようにゴブリンに視線を戻すと、一瞬でゴブリンの頭部をもぎ取ってしまった。
「おまっ……何を」
あまりに突然の出来事に、俺は思わず顔を引きつらせてしまう。
「何をしているのか、ですか? 見ればわかるでしょう? 不出来な部下を粛清しているのです」
「最悪チ」
「己の力が不足しているからこそ、この私に手間をかけさせたのです。これくらいは当然でしょう」
なんてことないように言ったリューゲは、崩れ落ちるゴブリンの身体と頭を蹴り飛ばすと、小さなため息を吐いた。
その直後、彼の背後にあった巨大な両開きの扉がゆっくりと開き、見た事のある蛇の髪の毛が姿を現す。
「ガキ共相手に何を良い気になってるんだい? 」
「メデューサ!? みんな、奴の目を見るな!!」
「失礼な奴らだね。ほら、せっかく私が出張ってやってるんだ。しっかりと目を見て挨拶してみろよ。まっ、できないだろうけどね」
足元や壁に目を背けている俺達に向かって、挑発のような言葉を投げかけたメデューサは、あまり効果が無かったことを確認した後、ゆっくりとした口調で告げる。
「ところで、お前たちが探しているのは、この小娘だろう?」
「ロネリー!?」
メデューサが手をかけて、少しだけ開いた扉の先。
そこにロネリーの姿を見た俺は、思わず叫んだ後、絶句した。
膝を抱え込み、宙に浮かんだ状態の彼女の身体は、その全身を覆い尽くす氷によって閉ざされてしまっている。
まるで、身体に水を纏ったまま氷漬けにされてしまったようだ。
「酷いチ……」
俺の隣でペポがそう呟くと、小さく鼻を鳴らしたメデューサが、話し始める。
「酷い? 悪いのはこの小娘さ。あのお方の言葉に聞く耳を持たず、挙句の果てに逆らおうとしたが故に、このような仕打ちを受けたのさ」
楽しそうに告げるメデューサを睨み付けることもできず、こぶしを握り締めて足元を見つめていた俺は、込み上げてくるものを言葉にして、ぶちまける。
「……誰だ、誰がこんなことをやった!?」
そんな俺の問いかけを聞いたリューゲとメデューサは、口々に呟いた後、綺麗に声を揃えて、その名を告げる。
「誰がやったか?」
「そんなこと、聞かなくても分かれよ」
「「我らが主、炎雪の魔王バーバリウス様」」
そして、2人のその呼びかけに答えるように、奥の扉をこじ開けながら、巨大な影が姿を現したのだった。




