第75話 敵の本拠地
「おい!! 卑怯だぞ!!」
階段の上にいるリューゲに向かって、俺がそう叫ぶと、まるで嘲るような笑みを浮かべた彼が、口を開く。
「卑怯? それはそれは、なんとも甘えた考えをお持ちのようで。お忘れのようなので、改めて教えて差し上げますが、あなた方は今、敵の本拠地に乗り込んできているのですよ?」
「くっ」
「入り込んだ虫けらを、追い出そうとするのは、至極真っ当な判断ではありませんか?」
ぐうの音も出ない正論に、思わず口を噤んだ俺は、頭の上のノームに諭されて、気を取り直した。
「ダレン、今は敵に集中するぞ! じゃねぇと、オイラ達まで動けなくなっちまう!!」
「分かった!! でも、こいつらを倒したら絶対に、ガーディを助けに行くぞ!!」
「当たり前チ!!」
「あばうぃ!!」
珍しく起きている様子のアパルの掛け声に、少し気が抜けそうになるが、そんな余裕もすぐになくなる。
四方八方から襲い掛かって来るワイルドウルフやコウモリ型の魔物のフライラット、そしてゴブリン達に翻弄される俺達。
すると、今の状況に飽きたとでも言うように、大きなあくびをして見せたリューゲが、階段を登りながら告げた。
「さて、私もそれほど暇ではありませんので。では、せいぜい頑張ってください」
去り際のリューゲに返事をすることもできないまま、俺達は魔物の対処に追われる。
「くそっ! こいつら、数が多い!!」
このまま応戦しているだけじゃ、ガーディを助けに行くことも、ロネリーを助け出すこともできない。
結局、何もできないまま終わってしまうんじゃないか。
俺がそんな強烈な不安を抱いた時、床に空いた穴から、ガーディの声が聞こえてきた。
「ダレン!! オデはぶじだ!!」
「ガーディ!? このっ! 邪魔するな!!」
思わず穴の方を振り返った俺に飛び掛かって来たワイルドウルフを、岩の槍で貫いた俺は、穴の縁に駆け寄る。
「さきにいけ!! ロネリーをタスケにいけ!!」
俺と同じように穴の縁に寄って来たペポとサラマンダーは、一瞬互いに顔を見合わせる。
直後、首を横に振ったペポが、穴の中に向かって叫びかけた。
「何を言ってるチ!? アタチが降りて……」
「クルな!! ここ、マモノだらけ!! オデはダイジョウブだから、さきにいけ」
頑として引かない様子のガーディの声に、俺達は少し躊躇いを覚える。
だけど、ガーディと初めて出会った時の事を思い出した俺は、彼の言っている言葉の意味を理解した。
「そうか、ガーディは普通の魔物から狙われないんだったっけ」
「でも、本当に大丈夫かな。僕、心配だよ」
心配そうに言葉を漏らすサラマンダー。
同感だけど、かといって俺達に悩んでいる余裕はなさそうだ。
「おい、悩んでる場合じゃ、無いゴブ!! 取り囲まれてるゴブよ!?」
穴の中を覗き込む俺達の背後で、迫り来る魔物達を追い返しているベックスが、叫んだ。
彼の言う通りだ。このまま悩んでいたら、それこそすべて失ってしまう。
「……仕方ない。ガーディ!! 城の最上階に向かえ!! そこで合流だ!! 絶対にロネリー達を助けて、全員で逃げ出すぞ!!」
「ワカッタ!!」
こちらの声掛けに、快諾を示すガーディの声を聞いた俺達は、互いに頷き合い、改めて魔物達に対峙する。
「皆、階段へ急げ!! 穴に落ちるなよ?」
戦いながら、階段に向かって走る俺達。
当然、そんな俺達を魔物の群れは追いかけて来るワケで、最後尾を走っていたケイブが、斧を振り回しながら告げた。
「後ろから迫ってくるゴブゥ!!」
「ペポ、サラマンダー、後ろの奴らを迎撃してくれ! 俺達が道を切り開く!!」
「分かったチ!!」
「任せて!!」
すぐに最後尾の方へと向かって行った2人を横目で見ながら、俺はベックスとケイブに声を掛けた。
「ベックスとケイブは、俺達が撃ち漏らした奴の処理を頼む!!」
「やってやるゴブ!」
階段を駆け上がりながら、前方から襲い来る魔物を、手にしている岩の槍で捌く。
当然、床に潜り込んだノームも、あらゆる手を使って援護してくれた。
そのおかげか、すぐに階段を登り切った俺達は、廊下に飛び出した後、今度はその廊下を走る。
もちろん、道案内はノームがしてくれているから、これが最短距離なんだろう。
なんて便利な奴なんだ。
なんてことを考えていると、少し先の床から頭をひょっこり出したノームが、声を張り上げる。
「おい! この先の部屋にデカい奴がいるぜ!!」
「避ける道は無いのか?」
「作れないこともないが、さすがのオイラでも時間が掛かる」
「それじゃあ、倒すしかないチ!!」
「そうだな!!」
言われるがままに、大きな扉を開け放った俺は、皆を部屋の中に引き入れた後、勢いよく扉を閉めた。
直後、閉じられた扉を固定するように、床と壁が変形する。
ノームの仕業だな。まぁ、追っ手に追われるよりは断然いい。
「こいつは何チ!? 目が1つしかないチ」
「ヒュプノスだゴブ!!」
「そいつのこん棒に気を付けるゴブゥ!!」
そんな会話を聞いた俺は、扉から部屋の中に目を向け、ペポの言っていた魔物を目の当たりにする。
あぐらをかいて座っているその大男は、ぎょろっとした1つの大きな目で俺達を捉えると、ゆっくり立ち上がりながら告げた。
「だっはっはっは!! 獲物が来たぞぉ!! お前ら、全員でかかれ!!」
その途端、ヒュプノスの奥にあった扉からワイルドウルフの大群が飛び出してくる。
「ノーム!!」
「あいよ!!」
迫り来る群れに向かって駆け出した俺は、皆の前に躍り出たと同時に、床を強く踏みしめた。
直後、床から無数の岩の槍が飛び出し、襲い来るワイルドウルフ達の腹を貫いてしまう。
「んなっ!?」
「ペポ!! 行くぞ!!」
「言われなくても分かってるチ!!」
驚きを顕わにするヒュプノスを無視し、ペポに声を掛けた俺は、手にしていた岩の槍をヒュプノスに向かって投げつける。
放物線を描いて飛んでいた槍は、しかし、まるで何かに操られるように軌道を変えると、鋭い動きでヒュプノスの腹部に命中した。
しかし、頑強な体のヒュプノスに対して、岩の槍は強度が足りなかったらしい。
「ちぃ!! そんなもの、効かん!!」
砕けた槍を振り払いながら、そう告げたヒュプノス。
だけど、奴はそう言った直後、目を見開いた。
「本命はこっちだよ!! くらえ!!」
そう言ったサラマンダーは、今までに見たことないほどの輝きを放つ火弾を、ヒュプノスに目掛けて放つ。
一閃、部屋中を照らした彼の攻撃は、光と熱を炸裂させた後、黒焦げのヒュプノスを遺して消え去った。
「よし、次だ次!!」
そう言って駆け出そうとした俺達の後ろで、ベックスとケイブが呟いたのだった。
「あれ? ここ、本当に魔王城ゴブゥ?」
「ケイブ、ここは魔王城で合ってるゴブ。ただ、こいつらがおかしいだけゴブよ」




