第74話 賭け事
「ダレン、なんか変チ……」
灼熱の大地を走るサラマンダーの上で、ペポが呟いた。
確かに、彼女の疑問も納得できる。
凄まじい熱気の中、巨大化したサラマンダーの上に乗って突き進む俺達は、ここ数時間、全く襲撃を受けていない。
目的のバーバリウスの魔王城が近づいているのに、これは明らかにおかしい。
もしくは、この地獄に入る分には、誰も止めるつもりが無いとでもいうのだろうか?
俺達を横目に、そこらを闊歩している魔物達に不気味さを覚えながらも、俺は正面に聳えている城を睨み付けた。
「気持ちは分かるけど、今はロネリーとウンディーネを助けるのが最優先だろ? 邪魔が入らないのは良いことじゃないか」
「誘い込まれてるだけって気もするゴブ」
「アタチも同感チ」
「だとしたらそれこそ、引き返せないだろ。その考えが合ってるとしたら、引き返し始めた途端に今は大人しいあいつらも、オイラ達の邪魔をし始めるぜ、きっと」
「考えるだけでも、怖いゴブゥ」
怯えながら周囲を見渡すケイブの肩を俺が優しく叩いたとき、サラマンダーが不意に話しかけてくる。
「それよりもみんな、そろそろ城に到着するから、準備しててよ?」
「分かってるチ。ていうか、サラマンダーはどうやって中に入るチ?」
「うーん……なんとかなると思う。やってみないと分からないけど」
はっきりしない反応をしたまま、城に続く長い橋に足を踏み入れたサラマンダーは、そのまま駆け抜けた。
ドロドロと白の周りに流れ込む眩しい液体が、橋を渡る俺達を照らし出している。
「それにしても、すごい熱気だねぇ~。ウチも流石に暑いや」
「溶岩がこれだけ近くにあれば、そりゃ暑いゴブ」
「落ちたら命は無いゴブゥ」
「おい、怖いこと言うなよ」
まるで不安を和らげようとするために、口々に告げる皆。
そんな俺達を乗せたサラマンダーは、ついに城の正門前に辿り着くと、足を止めた。
「よし、みんな降りたね。それじゃあ、僕も……」
一斉に地面に飛び降りた俺達を確認した彼は、大きく息を吐きだしたかと思うと、見る見るうちに縮み始める。
すっかり元のサイズに戻った彼を見て、驚く俺達。中でも驚きを隠せない様子のペポが、その黄緑色の羽毛を逆立てながら問いかける。
「サラマンダーは身体のサイズを変えれるチ!?」
「僕も今日知ったけどね。これだけ力が漲ることは、今までなかったから」
「頼もしいな。帰りも頼むよ」
「任せて!」
サラマンダーが少し嬉しそうに返事をした直後、何かが軋むような音と共に、城の正門がゆっくりと開かれた。
「扉が勝手に開いたチ……」
「入れってことだろ。多分」
違いの顔を見合いながら、ゆっくりと歩を進めた俺達は、その薄暗い城の中に踏み込む。
「やけに暗いゴブ……」
「みんな気を付けるチ、リューゲは影に潜り込むチ!」
「確かに、あいつはそう言う姑息な奴だったな」
周囲を警戒しつつ、いつもの感じで軽口をたたく俺達に、案の定、リューゲが声を掛けてきた。
「おやおや、随分な物言いではありませんか」
「出やがったな!! リューゲ!!」
「サラマンダー! 灯りを頼むチ!」
「うん! 分かった!」
予想していたからだろうか、皆の反応がやたらと頼もしく感じられる。
そうして、サラマンダーの全身からあふれ出る灯りに照らし出されたリューゲは、ゆっくりと首を振りながら口を開いた。
「まぁまぁ、落ち着いてください。私はなにも、今すぐにあなた方と一戦交えるつもりはありませんので。少しだけ話をしましょう」
「誰がお前なんかと話をするか!!」
怒りに任せて叫んだ俺に、リューゲが怪しい笑みを投げかけてくる。
「おや? あの小娘がどうなっても良いと?」
「くっ」
「ロネリーをカエセ!!」
まるで、今すぐにでも飛び掛かっていきそうな勢いで、ガーディが一歩前に出る。
そんな彼を見たリューゲは、一つ大きなため息をすると、つらつらと言葉を並べ始めた。
「ですから、その話をしたいのですよ。いいですか? あなた方と我々魔王軍で、1つ賭け事をしようではありませんか」
「賭け事?」
「はい。まず初めに、あの小娘は我らの城の最上階に招いています。ですので、あなた方は最上階を目指して登ってきてください。もし、登って来られたら、あの小娘を無条件で返して差し上げましょう」
そんな奴の提案を、当然鵜呑みにできるわけがない。
「お前達を信用できるワケ無いチ!!」
叫ぶペポに頷いて賛同を示した俺は、リューゲを睨み付けた。
「我々は魔王様に使える忠実な臣下、決して、約束を違えることなど致しません。まぁ、手を抜くことも無いのですがね?」
奴の言葉を聞いた俺は、以前、リューゲが魔王のことを話していた時の事を思い出した。
心酔しきっているその様子は確かに、忠臣と呼んでも良いのかもしれない。
だとしたら、奴の言うことも一理あるのか?
なんて疑問を抱いた俺は、少し考えた後、頭の上のノームに声を掛けた。
「ロネリーの元に辿り着けばいいんだな? だったら簡単だ、そうだろ? ノーム」
「そうだな。道を作るのはオイラ達の得意分野だぜ!!」
「それでは、交渉成立とのことで。せいぜい、頑張って登ってきてください」
俺の言葉を聞いたリューゲは、そのまま薄闇の中に姿をくらませてしまう。
「どうするチ? あいつの言う通り、上に進むチ?」
「今はそうするしかなさそうだね。だけど、絶対に邪魔してくると僕は思うよ」
「だろうな。みんな、警戒しつつ上を目指すぞ!!」
奴との約束なんて信頼していない。とはいえ、他に道が無いのもまた事実。
結局、流されるままに従うしかないんだな。
なんて思いつつ、薄闇の中に見える階段の方に歩いた俺は、次の瞬間、叫ぶガーディの声を耳にした。
「ダレン!! アブナイ!!」
そう言ったガーディが、勢いよく俺の左腕を掴むと、思い切り引っ張ってくる。
彼に引き戻された勢いで、思わず背後に転がった俺は、直後、ガーディの姿が闇の中に消えてゆくのを目にした。
「ガーディ!!」
何が起きたのか、良く分からない。
そんな状態で、姿を消したガーディの元に駆けよろうとした俺は、しかし、ペポとサラマンダーに制止された。
「ダレン!! 敵チ!!」
「いつの間にか取り囲まれてるよ!!」
薄い闇の中に鈍く光る複数の目は、確かに魔物達の存在を現している。
「くっ……ガーディ!! 大丈夫か!!」
前方に向かって俺がそう叫んだ直後、さっきまでサラマンダーの光でボンヤリと照らしだされていた城の中が、急に明るくなる。
その時になって初めて、俺はガーディがどうなったのか知った。
階段の前、つい今しがた俺が踏み出そうとした場所の床に、深い穴が空いている。
ガーディはその穴に落ちてしまったんだ。
そう俺が察した時、いつの間にか階段の上に姿を現していたリューゲが、口を開いたのだった。
「おやおや、惜しいですねぇ。まずは一番厄介なノームを落とすつもりでしたが、まぁ、良いでしょう。まだまだ機会はありますからね」




