第73話 灼熱の大地
カルト連峰の西に広がっている地獄。
その大地のことを、仮に地獄の大地と呼ぶことにしよう。
その地獄の大地を見渡した俺は、燃え盛る地面と川にしか目が行っていなかった。
しかし、よく見れば地獄の大地は2つのエリアに分かれていることに気が付く。
北の方、つまり、俺達が今いるカルト連峰を降りた先に広がっているのは、灼熱に覆われたエリアだ。
そんなエリアのさらに北に、やたらめっぽうに明るく照らされている建物がある。
大きなくぼみの中心に建っているその建物は、どうやら魔王城のようだ。
燃える水がくぼみの中に流れ込んでいるから、煌々と照らし出されているらしい。
ずいぶんと物騒に見えるその城を睨んだ俺は、続いて、南の方に視線を動かした。
少し離れている南のエリアは、灼熱に覆われておらず、代わりに大量の竜巻が発生しているようだった。
おまけに、空を真っ黒な雷雲が覆い尽くしてしまっている。
そんな南のエリアの西の奥に、これまた目を引く構造物が浮いていた。
文字通り、地面ごと空に浮いているその構造物は、周囲を雷雲に囲まれている。
あまりにも遠すぎて詳細は分からないけど、時折光る雷が、その構造物の怪しさを増幅させる。
「忘れてたけど、魔王って2人居るんだよな」
雪山を降りながらそう呟いた俺。
すると、先頭を歩いていたペポがこちらを振り向きながら、声を掛けてくる。
「まさか、怖気づいたチ?」
「そんなわけないだろ? ただ、自分を鼓舞してただけだ」
俺の言葉を怪訝そうに聞いたペポは、そのまま前を向いて歩き続ける。
正直、恐怖を感じないと言えば、それは嘘になる。
だけど、進むほかに道は無い。
怖いからと言って、引き返すわけにはいかないんだ。なにせ、ロネリーはこの怖い世界に連れ去られてしまってるんだから。
「ベックスとケイブは、魔王城に行ったことあるの?」
「あぁ、あるゴブ。でも、そんなに内部の構造に詳しいってわけでもないゴブ」
「オラ達はただの下っ端ゴブゥ。さすがに魔王城の中を自由に歩き回ったりは出来なかったゴブゥ」
「そっか。それじゃあ、あの周辺がどうなってるのかは、知ってるの?」
「それなら知ってるゴブ! まず、俺達が今目指してるのは、炎雪の魔王、バーバリウスの城ゴブ」
「炎雪の魔王、バーバリウス……」
サラマンダーとベックス達の会話を聞いていた俺は、魔王の名前が出て来たのを聞き、思わず呟いた。
炎雪の魔王。
確かに、初めてリューゲと遭遇した時も、そんなことを言ってた気がする。
「そのバーバリウスって魔王は、やっぱり強いのか?」
「当たり前ゴブ!! ここら一帯を炎で覆い尽くしたのは、魔王バーバリウスだゴブ!!」
「それは本当チ!?」
「まぁ、オラ達もそう聞いてるだけゴブゥ。本当かどうかは分からないゴブゥ」
ベックスとケイブの話をあまり信じていないのか、ペポが怪訝そうな表情を浮かべている。
だけど俺は、2人が完全に嘘をついているとも思えなかった。
「どちらにせよ、それくらいのことをやってのけるかもしれないって、警戒はしておいた方が良さそうだよな」
俺の言葉に全員が頷き、再び沈黙が訪れる。
黙々と山を降りた俺達は、雪の積もっている斜面を過ぎ、岩肌の上を駆け、そして猛烈な熱さを放つ大地の上に到達した。
立っているだけでも全身から汗が噴き出してくるから、俺は身に着けていた毛皮の服を脱ぎ、腰に巻き付けた。
それでも、熱さを凌げた気がしない。
俺と同じように、ぐったりとしているペポは、寒さには強いけど熱さには弱いみたいだ。
まぁ、あれだけ暖かい羽毛に覆われてたら当然だよな。
と、俺がそんなことを考えていると、対照的に元気そうなサラマンダーが、目を輝かせながら告げる。
「ダレン!! ここ、すごく美味しそうな物が沢山落ちてるよ!?」
「オデもクう!! ウマそう!!」
なぜかサラマンダーと一緒に喜んでいるガーディに呆れた俺は、ウルハ族が鉱物を食べることを思い出していた。
「まぁ、元気が出るなら、好きに食べれば良いんじゃないか? 俺もペポも、ここじゃあまり力が出せそうにないし」
「そうだな。オイラも、ここじゃワイルドに覚醒できそうにないぜ。どれだけ潜っても、繋がれないし」
そんな俺とノームの言葉を聞き、許可を得ることができたと喜ぶサラマンダー。
彼はガーディと共に、その辺に落ちている熱そうな岩を食べ始めた。
バリバリ、ボリボリと岩石を食べる2人の様子は、異様な光景だ。
と、顔を引きつらせながら2人の様子を見ていた俺は、ドロドロに燃えている火の水をサラマンダーが飲み始めた時、違和感を覚えた。
「ん? あれ?」
「ダレン? どうしたチ?」
少し項垂れながらため息を吐いたペポが、俺に問いかけてくる。
あまりにも体調が悪そうな彼女が心配になった俺だったけど、次の瞬間、視界の端で起きた変化に気づいて、それどころじゃなくなった。
「お、おい! サラマンダー!」
「ん? どうかした?」
「お前、なんか、身体が……」
「何? 僕の身体がどうかしたの? ……あれ? なんか、皆、小さくなってない?」
「ちげぇよ!! オイラ達が小さくなったんじゃねぇ!! お前の身体がデカくなってんだよ!!」
火の水を飲むたびに巨大化していくサラマンダーの身体は、既に俺達よりもはるかに大きくなっていた。
「おぉ!! 僕にこんな力があったなんて!!」
「驚いてる場合か!? こんなデカいトカゲが居たら、ゼッタイに目立つだろ!」
俺の頭の上で騒ぐノームの言うことはもっともだ。
明るく照らし出されている城があるとはいえ、だだっ広い大地のど真ん中にデカいトカゲが居れば、目立つのは必至。
これでは、魔王城に忍び込むなんてことは出来そうにない。
どうしたものか。と思考を巡らせようとした俺は、ふと、視界の端で慄いているベックスとケイブに気が付いた。
「どうしたんだ?」
「こ、これがサラマンダーってやつゴブね……」
「何を今更言ってんだよ?」
「そ、そうゴブね……」
何か様子がおかしいな。
頭の片隅でそんな疑問を抱きつつも、今はこれからどうするかを考えるべきだと判断した俺は、更に巨大化しているサラマンダーに向かって告げた。
「サラマンダー! どうせデカくなってしまったんだ! このまま俺達を乗せて城の方まで走ってくれないか?」
「分かったよ! それじゃあ、尻尾を伝って登って来れるかな?」
俺達が上りやすいように、尻尾をなだらかに地面に伸ばしたサラマンダー。
そんな彼から皆に視線を移した俺は、頷きながら言ったのだった。
「よし、どうせ俺達が来るってのは奴らも知ってるんだ。どうせなら派手に突っ込んでやろうぜ!!」




