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そして野生児は碧眼の姫に出会い、彼女と瞳に恋をした  作者: 内村一樹
第6章 野生児と頂の守り神

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第72話 残酷な話

 いただきの守り神、ゲンブ。

 そのゲンブ様がいるからこそ、世界が平穏へいおんを保てている。


 ユキコの口から聞かされたそれらの情報を、俺は上手く飲み込むことができないでいた。

 悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながら「嘘ですよ」と言ってくれた方が、すんなりと納得できるかもしれない。


 そんな俺の質問を、一切聞くことなく姿を消したユキコは、もうコロニーのどこにもいないようだ。

 多分、足元の雪にまぎれて、去ってしまったんだろう。今頃は頂上にまで辿たどり着いてるかもしれないなぁ。


 なんて、一人心の中で冗談を呟いた俺は、昼までに山頂に向かわないといけない事実を思い出して、サラマンダー達の元に戻った。

 俺が慌てている様子に気が付いたらしい彼らに、一通りのあらましを伝えると、同じように慌てだす。


 そうして、寝ているペポとベックスとケイブを叩き起こした俺達は、急いで出立の準備を整えると、皆への挨拶も満足にできないまま、コロニーを出る。

 山の中腹辺りにあるコロニーから、山頂まで。どれくらいの時間が掛かるだろうか?

 それほど猶予ゆうよはなさそうだと言うことは、全員が薄々感づいていたようで、自然と速足になる。


 陽射しが徐々に高くになるにつれて、空に雲がかかりはじめ、ついにドンヨリとした空模様の下を、俺達は急いだ。

 雪も風も、強さを増していく。

 その様子はまさに、昨日と完全に同じだ。


「もしかして、山頂のあたりはずっと吹雪いてるのか!?」

「そうかもしれないチ!」

「もしかして、この吹雪もそのゲンブとかいう神の仕業しわざなんじゃねぇか? オイラはそんな気がするぜ」


 ノームの言うことが本当だとしたら、俺達は吹雪を巻き起こしている存在の元に向かおうとしているわけだ。

 そりゃ、過酷になるのは当然だよなぁ。


「せっかく命が助かったってのに、また死にに行くようなものゴブ」

「まぁまぁ、今回は呼ばれたようなものゴブゥ。きっと大丈夫ゴブゥ」

「そんな得体のしれない女の言葉を信じるくらいなら、坑道を通った方が安全ゴブ」

「ベックス、そうは言うけどな、ユキコが居なかったら、俺達も危なかったんだぞ?」

「そうチ。ベックスはもっとユキコに感謝するべきチ」

「って言われてもなぁ。俺、会ったことないゴブ」

「ははは。とりあえず、ベックスも彼女と話してみたら、考えが変わるかもしれないね」


 釈然しゃくぜんとしない様子のベックスを皆でなだめながら、重たい足を動かし、前に進む俺達。

 そうして進んでいると、見た事のある大きな影と、それに纏わりつく細長い影が少し先に見て取れた。


「あれだな……」

「念のため、雪崩なだれには気を付けるチ」

 視界を右に左に荒れる吹雪の中、薄っすらと現れた影を見つめながら、俺達は歩き続ける。


 あと少しで影の輪郭がはっきりと見えそうな距離まで近づき、俺達が固唾かたづを飲みこんだ頃、まるでこちらの姿を把握していたかのように、あの声が聞こえてきた。

「お、本当に来たな。おい、客人だぜ~」

「来なくても良いものを……まぁ、来たものは仕方がないか」


 周囲に響き渡るその声に、俺達が身構えていると、少しずつ吹雪の勢いが弱まり始めた。

 そこで初めて、俺達はその巨大な岩の影の姿を、鮮明に認識することになる。


 太い四肢で地面を揺らしながらこちらを振り返るそいつは、岩のように見える巨大な甲羅から頭を覗かせ、俺達を見下ろす。

 そんな甲羅にまとわり付くヘビは、チロチロと舌を出しながらこちらの様子を伺って来ていた。


「でっかい亀じゃねぇか」

 俺の頭の上でノームがそう呟いた時、背後から彼女が声を掛けてきた。

「ノーム様。失礼でございますよ?」

「おわっ! びっくりしたぁ……いつの間に」

「この女、どこから現れたゴブ!?」


 突然姿を現したユキコに驚く面々。しかし、なぜか一人だけ落ち着き払った様子のペポが、なだめるように告げる。

「落ち着くチ。ユキコは雪の精チ、だから、どこから現れてもおかしくないチ」

「ペポさん? 私のことをどんなふうに思っているのでしょうか? まぁ、良いです。それよりも皆さん、良くいらっしゃいました。思ったよりも到着が早くて、ゲンブ様も驚いているようですよ」

「ふん」


 ユキコの言葉に小さく鼻を鳴らしたゲンブは、その巨大な目を俺達に向けると、小さく首を傾げる。

「まだ子供が2人に、赤ん坊が1人。挙句の果てに、水の大精霊の姿は無い。これはもう、諦めるほかないだろうな」


 そう告げたゲンブの目は、酷く冷めているように、俺には見えた。

 対称的に、俺は沸々とした怒りが全身を駆け巡るのを感じる。


「……諦める? おい、それは何の話をしてるんだ?」

「あの、ダレン様!?」

 俺の言葉を聞いて、慌てたように制止しようとしてくるユキコ。

 だけど、彼女に何と言われても俺の怒りは収まらないし、発言を取り消すこともできない。


 それを理解しているかのように、静かに口を開いたゲンブは、まるで俺を挑発するように告げた。

「何の話か分からないと言うか? では問おう。お前たちの仲間は……水の大精霊はどこにいる?」

「……」


 彼の問いかけに、俺達は黙り込むことしかできなかった。

 ロネリーとウンディーネがどこにいるのか。その答え自体は知っている。

 だけど、それを正直に答えれば、このゲンブになんと言われるのか、一目瞭然いちもくりょうぜんだ。


「答えられないと……そういうことだな?」

「彼女を諦めることはできない」

「そのようなことを言っているのではない」


 俺のささやかな抵抗を一蹴したゲンブは、更に冷たい言葉を放った。

「すでに手遅れだと言っているのだ。お前たちも、薄々感づいているのだろう? 雪女からすべて聞いたぞ。坑道のことも、囚われていた人間達のことも。であればおのずと分かるはずだ。水の大精霊は、もう戻ってはこない。魔王軍の手に落ちた4大精霊がどうなるか、分かり切っている」


 一切の躊躇ためらいも遠慮もなく、ゲンブは俺達に現実を突きつけて来た。

 そして、その言葉を突きつけたうえで、彼は再び投げかけてくる。

「なればこそ、お前たちはここで諦め、引き返すべきだ」


 ロネリーとウンディーネを諦めろ。ゲンブは明確に、そう言っている。

 多分、彼の言っていることは単純明快だ。

 魔王軍に捕まったロネリーが息絶えて、次の継承者が現れるまで、俺達は魔王軍に挑むべきじゃない。

 そう言いたいんだろう。


 俺もペポもまだ子供で、アパルに関しては赤ん坊だ。

 まだまだ成長しきれてない部分があるのも、確かに分かる。


 だけど、だからって、ロネリーのことを忘れて、次の継承者が現れるまで力を蓄えろって言うのか?

 ウンディーネは別の人間に宿るから、問題は無いだろうって。そう言うのか?


 それはとても、残酷ざんこくな話じゃないか。


 俯いて、足元の雪を睨み付けながら歯を食いしばった俺は、無性に暴れ出したくなった。

 そんな衝動をグッと堪え、こぶしを握り締めた俺は、その代わりに沸き上がってくる怒りを言葉に乗せて、ゲンブにぶつけることにする。


「ふざけるな! ロネリーもウンディーネも、諦めていない!! 絶対にだ!! それなのに、俺達が諦めるわけにはいかないだろ!!」

「ウンディーネも言ってたしな、オイラ達のことを信じてるって!!」

「そうチ!! アタチ達がロネリー達を諦めることは絶対にないチ!!」

「そうだねぇ。ロネリーが居ないと、ウチらの中でしっかり者がいなくなっちゃうしねぇ~」

「いくらゲンブ様に言われたとしても、僕も諦める気はありません。絶対に助けに行きます!!」

「オデも!! あのトキ、マモレナカッタから、こんどはゼッタイにタスケル」


 当たり前のように、俺の言葉に続いて声を上げる皆の姿を、俺は驚きと共に見た。

 ベックスとケイブは口を開いてはいないものの、反対するつもりもなさそうだ。

 これはもう、満場一致と言ってもいいだろう。

 そんな仲間たちのことを、少し誇らしく思った俺は、改めてゲンブを見上げる。


 対するゲンブはと言うと、相変わらず冷めた視線を向けてくる。

 まだ俺達の決意が届いていないんだろうか?

 と、俺が思った時、チロチロと舌を出したヘビがゆっくりと地面に降りながら告げる。


「まぁまぁ、イジワルはこのあたりにしてやろうぜ、相棒。これだけやる気に満ちあふれてるんだ、こいつらなら大丈夫だろ」

「だが……」

「なぁ、ダレン。どうせなんて言われたって、引き返す気はないんだろ?」

「当たり前だ」

「だってよ、相棒。ここはこいつらを信じてみるのが、守り神の役割ってもんだぜ?」


 そう言ったヘビは、しかし、言葉を切った後俺達に鋭い視線を向け、言葉を付け足した。

「けどよ、相棒が言ったのはまぎれもない事実だし、実際、ここから先の道はさらに過酷だぞ。それは覚悟できてるんだろうな?」

「分かってる」

「それが本心かどうか、この先の大地をみて確かめてみろ」


 ヘビがそう言った途端、ゲンブがその重たい身体を持ち上げて横に移動した。

 直後、彼の身体で隠されていた奥の景色が、眼下に広がる。


 カルト連峰を越えた先、西に広がる大地を見下ろした俺は、思わず息を呑んでしまった。

 なぜなら、その大地は俺の知っている物とは大きく乖離かいりしている物だったからだ。


 地は割れ、至る所から赤く輝くドロドロとした液体が吹き出している。

 その赤い液体が原因なのか、カルト連峰の山頂にいるにもかかわらず、かすかに熱気を感じられた。


「この先は文字通り地獄ジゴクだ。ウンディーネのいないお前たちが、簡単に進める程の道じゃない。それでも行くって言うんだな?」

 改めて問いかけて来たヘビに対して、視線を向けた俺は、深く息を吸った後、大きく頷いたのだった。

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