第70話 とっておき
「身を焦がすような愛情だぁ? へっ。くだらねぇ」
叫ぶユキコを見て冷静になったのか、イエティはそう呟くと嘲笑した。
対するユキコが、ムッと顔をしかめた時、いつの間にか彼女の隣に歩み寄っていたペポが、ヤレヤレといった感じで告げる。
「気にする必要はないチ。アイツはどう見ても、器の小さい男チ」
「そうですわね。ごめんなさい。私、少し取り乱してしまいました」
「バカにするのも大概にしろよ。オレ様をナメてかかると、痛い目に合うぜ?」
脅し文句に合わせて身構えるイエティに対抗するべく、ペポ達の隣に歩み出た俺は、腕組みして言い放った。
「そんなことにはさせないさ。それに、痛い目を見るのはどっちかな?」
「おかしなことを言うじゃねぇか。てめぇらの攻撃がオレ様には通じねぇのを、さっき思い知っただろ?」
全く退く気のない様子のイエティ。対する俺には、多くの援軍が付いている。
「アタチ達がいつ、本気を出したチ?」
「僕も、本気なんか出してないよ?」
「俺もだ。まぁ、あいにく、今の俺は本気を出せないんだけどな」
「負け惜しみか?」
肩を竦めて見せる俺を嘲るように笑ったイエティは、その直後、坑道の方から聞こえて来た声を耳にして、表情を強張らせた。
「いいや、ダレンは本当のことを言ってるぜ? なにせ、オイラが付いてないんだからな!!」
「っ!?」
聞き覚えのあるノームの声が坑道の中から聞こえて来たかと思うと、その入り口を岩でできた柱が塞いでしまう。
そして、柱の合間を縫うようにして、赤い髪を靡かせるガーディが飛び出して来た。
「オデもいるぞ!!」
「ノーム! ガーディ! やっと戻ってきたチ」
「悪いな、遅くなっちまった。でも、もう安心だぜ! 残りはここにいる奴らだけだからな!」
ガーディと、彼の頭の上にいるノームは、多くの魔物達の背後を取る形で位置取っている。
簡単に言えば、挟み撃ちってワケだ。
完全に塞がれてしまった坑道の入り口を見て取ったイエティは、そのことにすぐ気が付いたらしく、声を荒げる。
「てめぇら、何をしやがった!?」
「何って、お前さんの逃げ道を塞いだんだよ」
「逃げ道? この俺様が逃げると思ってるのか?」
「逃げた方が良いと思いますよ? この私から、逃げ切れたらの話ですけれど」
イエティとノームの会話に口を挟んだユキコは、両手に冷気を纏わせて身構えている。
その様子を見たイエティは、フッと小さな笑みを口元に浮かべると、こぶしを握り締めて高らかに告げた。
「面白れぇ。全員ぶちのめしてやる」
彼の言葉を合図とするように、俺達は一斉に動き出す。
「シルフィ、とっておきを見せるチ!!」
「あれかぁ~。あれって、疲れるんだよねぇ~」
「いいからやるチ!!」
「はいはい」
やる気のない言葉を垂れ流しながらも、ペポの眼前に飛び出したシルフィは、身体を丸めて周囲の空気を吸い込み始めた。
その様子を視界の端で見ながら、一気にガーディの元に走った俺は、妨害しようとするゴブリンを足場にして、跳び上がりながら叫びかける。
「俺達もいくぞ! ノーム!!」
「おうよ!!」
直後、ガーディが頭の上に乗っていたノームを俺に向かって投げた。
思い切り伸ばした右手で、ノームを掴んだ俺は、そのまま着地して踵を返す。
「ガーディ!! 僕らは援護するんだ!!」
「ワカッタ!!」
サラマンダーとガーディの声が響き、ガーディの赤い影がイエティの懐に潜り込んでいく。
ガーディの接近を阻もうと両腕を振り回すイエティに向かって、盾を構えたまま突っ込んだ俺は、奴の腕を大きく上にはじき返した直後、地面を強く踏みしめた。
すると、地面から4本の岩の柱が現れ、イエティの右足を拘束する。
「仕上げは私が!!」
見計らったように聞こえたユキコの声に、思わず大きく後退した俺は、そこでシルフィの様子が大きく変わっていることに気が付いた。
普段はノームと同じくらいの背格好のシルフィが、俺よりもはるかに大きく膨らんでいる。
それでも周囲の空気を吸引することをやめない彼女の姿は、もはやイエティよりも大きくなりつつあった。
「この、程度で! オレ様を!! 止めれると……っ!?」
俺達の妨害を打ち崩すことに専念していたらしいイエティが、ようやくシルフィの様子に気が付く。
と、その時。シルフィの背後から勢いよく跳び上がったペポが、大声で叫んだ。
「今チ!!」
と同時に、急降下したペポが、膨らんだ状態のシルフィを思い切り蹴飛ばしてしまう。
「ぐわぶふっ」
蹴とばされたシルフィは、変な声と共にイエティの眼前に辿り着く。
直後、一旦、元の大きさまで縮んだ彼女は、大きく開けた口から真っ黒な球を吐き出した。
激しく回転しているらしいその球は、少しずつ膨張し始めたかと思うと、強烈な音と共に破裂する。
不思議なことに、破裂した衝撃はイエティのいる正面にだけ影響を与えた。
空気と共に吸引されていたらしい大量の雪が、暴風に乗って、動けないイエティの身体にこびりつく。
そんな氷の風が止む直前に、全身に冷気を纏っていたユキコが告げる。
「凍てつきなさい!!」
彼女の掛け声は、空気を伝搬し、イエティに纏わりついていた雪を一気に凍り付かせる。
そして気が付けば、氷漬けのイエティの像が出来上がっていた。
「倒せた……みたいだな」
「そうだな。さすがのイエティも、氷漬けにされちゃあ、為す術無しだろ」
ピクリとも動かなくなったイエティの姿を見て、俺達は安堵する。
「それにしても、ペポとシルフィのとっておき、すごかったね。ユキコさんの氷も綺麗だし」
「そ、そんなことないチ」
「嘘だぁ。大したことあるでしょ~。だって、ウチが頑張ったんだよ? もっと褒めてもらわないと困るって」
「そんな理由で誇るなよ……なんていうか、シルフィらしいな」
ペポの頭の上でぐったりとしているシルフィに、俺が呆れていると、ガーディが慌てた様子で声を掛けてきた。
「ダレン、ダレン! ミンナ、なかにイル! はやくタスケル!!」
「あ、そうだった。ダレン。坑道の中で捕まってた人を集めて、待っててもらってるんだ。オイラが案内するから、すぐにコロニーに連れ帰ってやろうぜ!!」
「あぁ、そうだな。色々あったし今日は救助した人たちをコロニーに帰した後、俺達も休んでいこう」
「それが良いチ。アタチ、かなり疲れたチ」
「僕も賛成だよ。ベックスとケイブも起きてないし、出発は明日で良いんじゃないかな?」
皆の同意も得られたことだし、少し体を休めることが出来そうだと息を吐いた俺は、思い出したようにユキコに声を掛ける。
「ってワケだ、ユキコ、良かったら一緒に……」
「誘ってくれるのは嬉しいのですが、私は一緒に行くことはできません」
本当に残念そうに告げるユキコに、歩み寄りながら声を掛けたのはサラマンダーだ。
「そうなの? 僕、もっとユキコさんと話してみたかったなぁ」
「あ、あの……ごめんなさい。これが理由ってわけじゃないのですが、あまりあなたに近づかれると、私、溶けてしまいますの」
「あ! そ、そっか、ごめん」
残念そうに言うサラマンダーを、キョトンとした顔で見つめるガーディ。
そんな彼は、俺に視線を移した後、首を傾げながら言った。
「ダレン、このオンナ、ダレだ?」
「おぉ、オイラも聞こうと思ってたぜ! 首に巻き付いてるのは、あのキツネだよな?」
2人の反応を見て、ハッとした俺は、苦笑いを浮かべる。
「あぁ、そっか、ガーディとノームは知らないよな。彼女はユキコ。雪の精? らしい。イエティと戦ってた時に助けてくれたんだ。で、実はあの時、俺達を助けてくれた6人の白い奴が、彼女なんだよ」
「は? え? あの白い奴らが!? どうなってんだよ!?」
驚くノームを見て、俺は笑う。
すると、同じく笑みを浮かべて見せたユキコが、なぜか切なそうに告げたのだった。
「女は色々な顔を持ち合わせているものです。きっと、あなた方も近い内に知ることになると思います」




