第67話 小さなこぶし
魔王軍が占拠している坑道に辿り着いた俺達は、少し離れた所から様子を伺っていた。
というのも、坑道の入り口付近を、多くの魔物が見張っているんだ。
そんな状態じゃ、迂闊に近づくこともできない。
再び降り出した雪の中、凍えそうになるのを堪こらえながら地面に伏せた俺達は、小さな声で話し合う。
「雪のおかげでバレてないけど、このままじゃ近づけないな」
「アタチが空から奇襲を仕掛けるチ?」
「バレたらベックスとケイブが危ないんじゃないか? ここはまず、オイラがあの2人を探すべきだろ」
「ノームの言う通りだな。頼めるか?」
「任せとけ」
そう言って地面に潜っていったノームに、坑道の中の調査を任せた俺は、改めて魔物達の様子を観察する。
「それにしても、あいつらさっきから何をやってるんだ?」
「分からないチ」
「なにか、柱を建ててるみたいだね。何に使うんだろう?」
ペポとサラマンダーが、小さな声で呟く。
サラマンダーの言う通り、数体のゴブリンが2本の木の柱を地面に突き立てて、倒れないように根元を固定しているようだ。
それが何の用途に使われるのかは分からないけど、作業が終わるまでは入り口付近に近づくのは難しいだろう。
柱を建てているゴブリン達の周りで、その作業を見守っている他の魔物達は、なぜか笑っているのが気がかりだ。
そんなことを考えていると、ようやく柱を建て終わったのか、ゴブリン達が坑道の中へと引き返していった。
それからしばらくした後、俺達はとんでもないものを目の当たりにする。
「っ!? ダレン、あれ!!」
「ベックスとケイブだっチ!!」
「2人とも落ち着け。今出て行ったら、奴らに見つかるぞ」
すぐにでも坑道の方に跳び出して行こうとするペポとサラマンダーを制止しながら、俺は歯を食いしばった。
裸でぐったりとした様子のベックスとケイブを抱えて、坑道の中から出てきたのは、白い剛毛に覆われた大男。
背丈は2メートル以上あるだろうか、屈強な体格と厳つい顔つきからして、かなりの強敵だと分かる。
そんな大男は2人を乱暴に柱の傍に放り捨てると、声を荒げた。
「このオレ様に逆らうことは、絶対に許さねぇからな。てめぇら!! こいつらを縛り上げておけ!!」
それだけ言った大男は、しかめっ面をしたまま坑道の中に戻って行く。
指示を受けた魔物達が、ベックスとケイブをそれぞれ柱に括りつけ始める中、その様子を見ていたガーディが、小さく唸りながら口を開く。
「アイツだ、ダレン。アイツが、ふたりをツレサッタ」
「みたいだな……想像以上に、ヤバそうなやつだ」
「それよりも、2人が大変チ!!」
ペポの言葉を聞いた俺は、柱に括りつけられたベックスとケイブに目を向ける。
力なく、ぐったりとしている2人は、意識を失っているようで、ピクリとも動かない。
それもそのはずだ、雪の降る中、遠目から見ていたせいで気づけなかったけど、よく見れば2人とも、全身に酷い痣ができている。
思わず目を背けてしまいそうになるほど、ズタボロにされている様子の2人を見て、俺が言葉を失っていた時。
足元の地面からノームが飛び出して来た。
「ノーム……ベックスとケイブが」
「……分かってる。オイラも見た。だけど……」
柱に括られているベックスとケイブを、鼻先で示しながら呟くサラマンダーに、ノームは顔をしかめながら応える。
その様子に違和感を覚えた俺が、どうしたのか尋ねようとした時、彼はその小さな拳を握りしめながら告げた。
「中は、もっと酷い状況だったぜ……あいつら、心なんて持ち合わせてないらしい」
「もっと酷い状況チ?」
「あぁ。正直に言えば、オイラはもう、あの坑道の中に入りたくねぇ……でも、そう言うわけにもいかねぇ」
「どういうことだ? ノーム、中で何を見て来た?」
よほどの物を見て来たのか、俺の掌の上で怒りに震えているノームに、俺は詳細を尋ねる。
だけど、彼の代わりに口を開いたのは、サラマンダーだった。
「……中に、人がいたんですね?」
「……あぁ」
「そう、ですか」
「サラマンダー? 何か知ってるのか?」
「……僕たちが、このあたりに住んでいたことは、知ってますよね? 僕らは近くにあったコロニーで、生まれたんです」
「そうだったのか」
「でも、もうそのコロニーはありません」
「……なにがあったチ?」
ペポの問いかけに、ピクッと身体を震わせたサラマンダーは、言い難そうに話し始めた。
「あの大男です。アイツが、魔物を引き連れてやってきて、コロニーに住んでた人を全員、連れて行きました。家は燃やされて、反抗の意思がある男は殺されて……」
耐え切れない程の感情が込み上げて来たのか、そこで一度言葉を切った彼は、想いを飲み下すようにして、告げた。
「僕とアパルの父さんはその時、僕らを逃がした後、あの大男に殺されました。母さんがどうなったのかは、分かりません」
俺も、他の皆も、言葉を失った。
彼にどんな言葉をかけることができるのか、どれだけ考えても分からない。
どんな気持ちで、今まで俺達に着いて来てくれたんだろう。
この山に登るって聞いた時、サラマンダーは何を思ったんだろう。
色々な考えが頭の中をめぐるけど、どれ1つとして、心の休まるものは無かった。
ベックスもケイブも助けたいけど、サラマンダーに手伝ってもらうのは酷だろうか?
ふと、そんな考えが頭の中を過った俺は、その考えを振り払うように、頭を振った。
それと同時に、サラマンダーが口を開く。
「ずっと黙っててごめん。でも、僕は、皆との旅が楽しかったから、出来るだけ悲しい気持ちにさせたくなかったんだ」
「……分かった。それで、サラマンダー。これからどうしたい?」
「え?」
「ノーム。坑道の中にいた人達は、生きてたんだろ?」
「あぁ、生きてるぜ」
「ってワケだ。サラマンダー。どうしたい? 俺達に何をしてほしい? 俺はまず、サラマンダーがどうしたいのか、聞いておきたいと思ってる」
「どうしたい……それはもちろん、助けたいよ。でも!!」
少し考え込んだ後、滲みだす感情と共に願望を吐露したサラマンダーの背中を、俺はそっと撫でた。
そこには、スヤスヤと眠っているアパルが居て、彼を包むように変形したサラマンダーの鱗がある。
「偶然だな。俺も助けたいと思ってる」
「オイラだってそう思ってるぜ!」
「本当チ、アタチも同じっチ」
「オデもだ!!」
「ウチもだよ~」
「みんな……」
俺達は互いに顔を見合わせて頷き合った後、ゆっくりと立ち上がった。
そして、激しさを増し始める雪の中、坑道に向けて突き進む。
今日は一段と、荒れそうだ。
周囲の景色が白一色に染まる中で、拳を強く握りしめた俺はそう思ったのだった。




