第65話 命がけ
手元にいるキツネの姿が、湯気の中に霞んで見える。
きっと、真っ白な湯気が立ち込めているからだ。
そう考えた俺は、すぐに目元の水分を手で拭うと、何かをごまかすように踵を返した。
そのまま洞窟の外に向かって歩き出そうするけど、1つ、忘れていることを思い出して、キツネの方を振り返る。
「ありがとう。おかげでまた1つ、前に進む理由が増えた気がするよ」
「そうだな。オイラからも感謝するぜ」
俺とノームの言葉を聞いたキツネは、不思議そうに首を傾げて見せる。
そんな彼に軽く頭を下げ、再び正面に向き直った俺は、改めて外に向かって歩き出した。
白いのが興味津々《きょうみしんしん》といった様子で俺達を見上げて来るけど、気にしない。
ワイワイと騒ぐ彼らをかき分け、入り口までたどり着いた俺は、雪がチラチラと舞う外の様子に目を向けた。
「寒いな……でも、動けない程じゃない。ノームはどうだ?」
「オイラもだ。今ならどんな奴が出て来ても戦えるぜ!」
心なしか、いつもよりやる気に満ちている様子のノームに、少し勇気づけられた俺は、そのまま洞窟の外に足を踏み出した。
積もっている雪に足を取られないように、一歩一歩、着実に歩く俺。
そうして、しばらく歩いていた俺は、ふと1つのことに気が付いて、背後を振り返る。
「……なんで着いて来てるんだ?」
「鬼ごっこしよう?」
平然と俺達の後を着いて来ているキツネと白いの達に向けて、そう問いかけてみるけど、全くもって会話になる気がしない。
それでも諦めなかったのか、ノームが呆れた様子で言った。
「なぁ、オイラ達は別に、遊びに向かってるわけじゃないんだぜ? 命がけなんだ」
「いのちがけぇ~? 変なのぉ~」
「変だと!? バカにするんじゃねぇよ!!」
「おいノーム、落ち着けって。それよりも今は、皆を探すんだ」
「分かってるけどよ。はぁ、なんか調子狂うぜ」
ケラケラと笑う白いの達と、表情一つ変えずに歩くキツネ。
そんなチグハグな洞窟の住人達に翻弄されながらも、俺達は更に歩き続けた。
周囲を見渡しながら、ペポやシルフィ、サラマンダーにガーディ、そしてベックスとケイブの姿を探す。
だけど、当たり前のように、周囲には誰の姿も無かった。
あるのは、積もった白い雪と宙を舞う白い雪、そして足に纏わりつく茶色い雪だけだ。
あの雪崩に皆も巻き込まれてしまったんだろうか。そんな嫌な考えが脳裏を過る。
それでも、希望を捨てずに探し続けていると、俺の耳が変な音を捉えた。
まるで、何かが炸裂するような、覚えのある音。
その音のする方に投げた俺の視線は、こんもりと積もっている雪の山に衝突する。
すぐにその雪の山をかき分けた俺は、その先、遥か下の方にある小さな集落を見つけた。
「あれは、もしかしてコロニーか……?」
「さぁ、でも、何か様子がおかしくないか?」
ノームが言うように、コロニーの周辺がおかしなことになっている。
「何かに取り囲まれてるって感じだな。あれは……魔王軍か?」
「そうっぽいな。もしかしたら、坑道の奴らがあのコロニーを襲撃してるんじゃないか?」
「……だとしたら放っておけないけど。でも」
今は彼らを助けている暇があるのか?
そう口にしようとした俺は、しかし、最後まで発することは無かった。
と言うのも、再び先ほどの音が響き渡ったからだ。
遥か下にあるコロニーの中から、周囲の魔王軍らしき人影に向けて、眩い閃光が放たれ、直後、変な音が鳴り響く。
その閃光と音を見た俺は、思わず声を上げてしまった。
「あれは! サラマンダーの!!」
ノームもそれに気が付いたらしく、頭の上で叫ぶ。
「火弾だな!!」
まさかあんなに下にあるコロニーに、サラマンダーがいるとは思っても居なかった俺は、少しテンションを上げて、コロニーの方に向かって一歩を踏み出す。
と、その時。
俺の髪の毛を引っ張って合図したノームが、足元に飛び降りたかと思うと、地面の中に潜り込んだ。
そして、再び姿を現した彼は、なにやら岩でできた板のようなものを造り上げてしまう。
「おい、走っていくなんて時間が掛かりすぎると思わないか? ダレン」
「ノーム? 何を言ってるんだ?」
「何って、分からねぇのか? まぁいい。ここはオイラに任せとけ」
なぜか自信満々《じしんまんまん》のノームは、造り上げた岩の板を雪の上に置いた。
そんな岩の板を見下ろしていると、キツネが俺の肩に飛び乗ってくる。
「おわっ!? ちょ、なんだよいきなり」
「お、このキツネは分かってるみたいだな。白い奴らも、自前の物があるらしいから、なんとかなるだろ」
「ちょっと待てノーム。何を―――」
「よしダレン。つべこべ言わずに、滑って降りるぞ!」
「「「いえぇぇぇぇぇぇい!!」」」
まるでノームの掛け声に合わせるかのように、歓声を上げた白いのが、勢いよく山の斜面を滑り降り始めた。
彼らの足元には、なにやら氷で出来ているらしい板がある。
と、そんな様子を見ていた俺は、ノームに促される内に岩の板の上に立たされ、問答無用で斜面に放り出される。
「ちょ、ノーム!! お前、いつの間に俺の足を固定した!? ってか、待て待て待て!! これ、速度が出すぎだって!!」
徐々《じょじょ》に加速していく岩の板に、足を固定されてしまった俺は、為す術もなく雪の斜面を滑る。
なんとかバランスは保ててるけど、正直、盛大に転げてしまいそうだ。
そんな状態で、爽快な風を楽しむことができていない俺に対し、酷く上機嫌な様子のノームが、右手を突き上げながら告げたのだった。
「サラマンダー!! 待ってろ!! オイラ達がすぐに助けに向かうからなぁ!!」




