第61話 滑落
突然動き出した岩を前に、唖然とする俺達。
そんな俺達に構うことなく、大口を開けたそいつは、問答無用で攻撃を仕掛けてきた。
「どうやってここまで来たのか知らんが、見逃すわけにはいかんな」
そう叫ぶと同時に、周囲に形作られた氷の槍が、俺達に向けて放たれる。
「シルフィ!! やるチ!!」
「左側は僕に任せてください!!」
応戦のために動いたのはシルフィとサラマンダーだ。
降りかかる氷の槍を風で弾き返すシルフィと、口から放った火弾で溶かしてしまうサラマンダー。
2人が応戦してくれている間に、後退した残りの俺達は、目の前にいる巨大な岩に向かって語り掛けることにした。
「おい! ちょっと待ってくれ! 魔王軍と敵対してるなら、俺達も一緒だぞ!」
「ゴブリンを連れてる人間が何言ってんだぁ? 気にするな、やっちまえ相棒!」
「分かってるさ。こんな怪しさ満点の奴ら、信じる方がバカってもんだ」
「くそ! だから俺は嫌だって言ったゴブ!!」
俺の声掛けも虚しく、攻撃の手を休めるつもりが無い様子のそいつは、執拗に氷の槍を生み出して、攻撃を繰り返した。
「弾いても弾いてもキリが無いチ」
「僕も……ちょっと喉が痛くなってきちゃった」
「2人とも大丈夫か!? おいノーム! 動けないのか? 休んでる場合じゃないんだって!」
「ダレン……分かってる、分かってるけど、オイラ、なんか力が出ねぇんだ」
俺の懐で明らかにぐったりとしているノームが、か弱い声で呟く。
その様子は、確かに弱っているらしく、俺は歯を食いしばりながらペポ達の姿に目を向ける。
吹雪を弱めてくれていたシルフィが戦いに専念したのか、さっきまでよりも視界が悪い。
おまけに、サラマンダーも防衛に必死になっているので、暖を取ることもできなくなってしまった。
アパルだけは、サラマンダーの背中に乗っているまま暖をとれている。
でも、このまま戦いが長引けば、他の皆は本当に動けなくなってしまうかもしれない。
「なんとかしないと」
「ダレン、オデ、てつだってクル」
「ちょ、待て! ガーディ!」
雪に足を取られながらも、果敢に走り去っていくガーディ。
そんな彼の後姿を見ながら、口に入った雪を吐き出した俺は、ゴブリン達を振り返った。
「ベックス、ケイブ、何か良いアイデア無いか?」
「そんなもんある訳ないゴブ!!」
「攻撃を凌ぎながら、後退するしかないゴブゥ!!」
吹き荒れる吹雪に声がかき消されないように、叫びながら2人にアイデアを求めたけど、いいアイデアは出てこなかった。
まぁ、ケイブの言う通り後退するのが最善手かもしれない。
そう俺が考えた時、突然さっきのヘビが声を張り上げる。
「けっけっけっ!! そんなのでよくここまで登って来れたなぁ! でも、これで終いだぁ!! 相棒、ぶちかましてやれ!!」
そんなヘビの声を合図とするように、氷の槍を生み出し続けていた巨大な岩が、その身体を大きく持ち上げた。
そして、そのでかい足を勢いよく地面に踏み下ろし、周囲の雪を大量に巻き上げる。
当然、その衝撃の余波を受けた俺達は、全員がその場に転倒してしまった。
雪に足を取られているせいもあるけど、それ以上に、地面が激しく揺り動かされたんだ。
「なんて振動だよ……」
痛む足を酷使して、なんとか立ち上がりながらそう呟いた俺は、視界の端で動く何かを目にする。
ハッと動いたものの方に目を向けた俺は、それが斜面を転がっていく雪の粒だと気が付いた。
なんだ。
と、一瞬安心しかけた俺は、転がっていく雪の粒の数が一気に増え始めていることに気が付く。
「……なんだ?」
安心が疑問に変わった瞬間、俺は自分の足がゆっくりと滑り始めていることを認識した。
「やばっ!!」
四つん這いになるようにして、何とかその場から滑り落ちてしまうのを避けようとするけど、そもそも足元の雪が全て、流れ始めてしまう。
「ダレン! こっちに跳ぶチ!!」
「ペポ!?」
咄嗟に、ペポの声の方を見上げようとした俺は、その瞬間、流れ始めた大量の雪に足を取られてしまった。
徐々に速度を増して滑落していく中、俺は真っ白に染まった視界に翻弄されながらも、頭を守るように身体を丸める。
全身に打ち付けるような痛みと、重たい物がのしかかるような圧力で、意識が飛びそうだ。
気が付くと、すっかり真っ暗になってしまった世界の中で、俺は小さく咳をする。
「……止まった、のか?」
静寂と暗闇に閉ざされ、俺は強烈な孤独感を覚える。
そこでふと、懐で大人しくしているノームを取り出した俺は、思わず息を呑んだ。
「おい、ノーム! 大丈夫か!?」
「……ダレン……寒い、な。ここ。おいら、身体が変だ、ぜ」
「くそっ! 待ってろ! すぐに暖かい場所に連れてってやるからな!」
弱り切っているノームを見て、虚勢を張った俺だけど、正直、どうすれば良いのか分からなかった。
取り敢えず、このまま雪の中に埋もれているのは得策じゃない気がする。
そう考えた俺は、周囲の雪を掘り始める。
かじかんだ指先が痛むけど、それどころじゃない。
ノームが元気になりさえすれば、怪我は治せるんだ。
その一心で雪を掘り続けた俺は、ついに、外への穴をこじ開けることに成功する。
すっかりと晴れている空の明るさに、思わず目を細めた俺は、そのまま穴から這い出した。
「だぁぁぁぁ……死ぬ。寒くて死ぬ。こんなことなら、サラマンダーに頼り切るんじゃなくて、防寒対策するんだった」
震える全身を押さえつけるように、腕を身体に回した俺は、とりあえずフラフラと歩き出す。
少しでも体を動かしたほうが、温かくなれる気がしたんだ。
でも、そんな俺の目論見は完全に間違いだったのか、気が付けば俺は、うつ伏せに地面に倒れこんでいた。
腕も足も、身体が全然動かない。
心なしか、意識まで遠くなり始めている気がする。
ぼやける視界を眺めつつ、強烈な睡魔に襲われた俺は、脳裏を駆け巡る記憶を見ながら、小さく呟いたのだった。
「ロネリー……今、助けに……」




