第59話 ヒメゴト
怒りと興奮で煮えたぎっている思考のまま、ケイブの方を振り返った俺は、彼を睨みつけながら問いかける。
「おい……今、なんて言った?」
俺の問いかけを聞いた大柄なケイブが、その大きな口を開きかけた時、彼の脇から姿を現したベックスが、俺を制するように手を出しながら話し始める。
「まぁまぁ、落ち着けゴブ」
「落ち着けって? そんなことできるわけないだろ? なんだよ、呪いって」
「本当に聞いたこと無いゴブゥ? 有名な話ゴブゥ」
「だな。俺達ですら知ってるゴブ。4大精霊のウンディーネを宿した者は……」
「殆ど全員が短命だチ!」
まるで、ベックスの言葉を遮るように叫んだペポ。
一瞬、辺りに沈黙が訪れた後、思い出したようにベックスが口を開いた。
「は? いや、そりゃがうあ!?」
ベックスが話を始めようとした瞬間、俺の上にいたペポが彼の元に飛び掛かり、その口を足で閉ざしてしまう。
そして俺は、彼女が微かに呟いた言葉を耳にする。
「……少し黙るチ」
間違いなく、ベックスに向けて放たれた彼女の言葉には、どこか必死さを感じる。
ベックスが言おうとした内容も、ペポがそれを遮った理由も、俺には分からない。
だから、とりあえずその場に立ち上がった俺は、彼女に状況を問うことにした。
「おい、ペポ。どうしたんだ?」
「なんでもないチ」
「いやいや、どう見ても何かあるだろ。それくらい、オイラでも分かるぜ」
気まずそうに視線を泳がせながら応えるペポに、ノームがいつも通りツッコミを入れる。
しかし、いつもとは異なりノームのツッコミの後には、静かな沈黙が漂った。
微妙な空気が流れる中、何か話の糸口を掴もうとしていた俺の元に、ガーディがやってくる。
「ダレン、タンメイって、なんだ?」
「それは……」
一瞬、言葉に詰まった俺。
そんな俺をフォローするように、ガーディの隣に居たサラマンダーが説明してくれる。
「短命ってのはつまり、あまり長く生きられないって事だよ。ガーディ。でも、ロネリーさんが……元気そうだったし、そんな風には見えなかったけどなぁ」
サラマンダーの説明を聞いて、ガーディはショックを受けている様子だ。
まぁ、気持ちは分かる。俺もショックだ。
と、そんなやり取りをする俺達を見て気を取り直したのか、ペポは軽く咳払いした後に、言葉を並べ始めた。
「事実としてウンディーネを宿した人の命は短いらしいチ。だから、ウンディーネの呪いって言われてるチ」
ウンディーネの呪い。
それが本当だとして、ロネリー自身は知っているんだろうか。
いや、知っていたに違いない。なぜなら、俺はその片鱗を既に見たことがあった気がするからだ。
ロネリーと初めて出会った後。
ゴールドブラム爺さん達の住んでいたコロニーを出発する前日に、俺はとあることを問いかけられた。
『お主はあの娘の決意を理解しておらんようじゃな』
あの日、ゴル爺が言っていた言葉が、ここにきて重みを増してくる。
自分の命が長くはないと知っていたら、俺はどんな選択をするだろうか?
見知った仲間達と穏やかに、日々を過ごすことを選ぶだろうか。
それとも、どこの誰とも知らない男の誘いに乗って、旅に出るだろうか。
少なくとも彼女は、俺の誘いに乗って、一緒に旅に出てくれた。
そしてそれは、前のウンディーネの継承者であるレンにも、言える話なのかもしれない。
そう考えると、俺は胸元に強烈な痛みを覚えた。
何が、彼女達にその選択をさせたんだろう。何が、彼女達を突き動かすのだろう。
溢れんばかりの疑問を飲み込み、そこでふと、俺は気づいた。
真面目で優しくて、儚い。
そんなロネリーが見せた、あの悪戯っぽい笑みこそが、隠された原動力だったのだろう。
「……内緒って、これの事だったのか」
「どうした? ダレン」
「いや、ちょっとな。ロネリーとゴル爺が話してたことを思い出してただけだ」
「ん? そんな話してたっけか?」
「お前はチーズに夢中だったからな。聞いてなかったんだろ」
いつの間にか頭の上に上っているノームに、俺がそう言った直後、サラマンダーがしびれを切らしたように告げた。
「ところで、これからどうしよう? 僕らの足で山を越えるのは、とても大変そうだけど」
「安心しろゴブ! 魔王城までの道案内なら、俺達がしてやるゴブ!」
「オラ達なら、近道も知ってるゴブゥ」
得意げに胸を張るベックスとケイブ。
彼らを見た俺は、小さく笑みを浮かべながら口を開いた。
「おぉ! それは助かる……とでも言うと思ったのか? よく考えたら、どうしてお前ら普通に俺達と会話してんだよ」
「確かに……こいつら、魔王軍のはずチ」
俺の言葉に呼応するように、臨戦態勢をとるペポ。
彼女の様子を見たベックスとケイブは、ものすごい勢いで首を横に振りながら弁明を始めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれゴブ! 俺達、もうお前らの敵じゃないゴブ! さっきも見たゴブ? 俺達はあのクソ悪魔に、目を付けられてるゴブ!」
「う~ん。まぁ確かに。さっき2人の助けが無かったら、僕らは全滅しててもおかしくなかったかも」
「そうゴブゥ。オラ達、メデューサの弱点が光だってことを知ってたゴブゥ。だから、お前達を助けることができたゴブゥ。この先、オラ達の知識が役に立つかもしれないゴブゥ」
「確かに助けられたし、言いたいことも分かるけど。なんでお前らは魔王軍を裏切ってるんだ?」
少し納得しつつも、素朴な疑問を抱いた俺は、遠慮することなくぶつけてみることにした。
対するベックスは、言葉を濁らせる。
「そ、それは……」
「オラ達、バディが欲しいゴブゥ。だから、シンが言ってた話を聞いて、魔王軍を抜けることに決めたゴブゥ」
「ケイブ!」
「ベックス、もう隠す必要ないゴブゥ」
2人のやり取りを見ていると、なんだか微笑ましい気分になるのは俺だけかな。
まぁ、それは良いとして、俺は新たに抱いた疑問を投げかけた。
「バディが欲しい? それまたどうして?」
「……どうしてそこまで教える必要があるゴブ!?」
「ベックスは子供の頃、ずっと1人ぼっちだったゴブゥ。だから、いつも一緒にいれるバディが欲しいんだゴブゥ」
「なに全部話してるゴブか!?」
全く隠す気の無い様子のケイブは、ベックスの秘密を洗いざらい話してしまったらしい。
その様子に強烈な既視感を覚えた俺の頭の上で、ノームが呟く。
「なんか、ゴブリンって言っても、オイラ達とあんまりかわらないんだな」
サラマンダーも俺達と同じような感想を抱いたらしく、ベックスとケイブを見ながら小さく笑いながら告げた。
「そういうことなら、信用しても良いんじゃないかな」
「サラマンダーは人が良すぎるチ」
「でもまぁ~。ウチは良いと思うケドねぇ。今のウチらにとって、魔王軍の内情を知る仲間ができるのは、いいことなんじゃない?」
シルフィの言葉を聞いた俺達は、全員揃って我に返ったように、西の山脈に目を向ける。
「それもそうだな」
俺の呟きに賛同するように、ノームとガーディが声高に告げた。
「それじゃあ、早速出発するとしようぜ!」
「タスケにいく!! ハヤクいく!!」
そうして俺達は、ベックスとケイブを案内役として引き入れ、西の山脈、カルト連峰に向けて歩を進める。
目的は当然、ロネリーとウンディーネの奪還。
そのついでに、フェニックスの情報も収集する。
だけど、俺達は気づいていなかった。いや、気づかないフリをしていたのかもしれない。
前を向いて歩く。そうすることで、足元に纏わりついている不安や絶望を、視界に入れないようにするために。
魔王城に向かうと言うことが、何を意味するのか。
その危険度を、理解していなかった。




