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そして野生児は碧眼の姫に出会い、彼女と瞳に恋をした  作者: 内村一樹
第5章 野生児と人魚姫

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第58話 聞き捨てならない

 地面からせり出して来た巨大な花の上で、俺はウンディーネの瞳を見た。

 とても美しい、碧色の瞳だ。

 強い輝きを放っているその瞳に、俺の視線は吸い込まれてしまう。

 そんなウンディーネの放った言葉を思い返した俺は、腹部を押さえながら声を漏らす。

「何を……言ってるんだ?」


 周囲に充満する緑色の光と共に、体中の痛みが薄れ始めるのが分かる。

 ロネリーは完全に気を失っているらしい。

 力なく肩に抱えられている彼女と、必死の形相のウンディーネを見比べ、俺はゆっくりと立ち上がった。

「待ってる……? 必ず来い……? ふざけるな、連れて行かせるわけ、無いだろ!!」


 叫ぶと同時に、大きく一歩を踏み出した俺は、がむしゃらに地面を踏みつけてノームに合図をする。

 しかし、俺の動きに合わせるように、リューゲとメデューサは、足元の影の中にゆっくり沈み始めていた。

 このままじゃ間に合わない。

 反射的にそう思った時、リューゲとメデューサを取り囲むように、4つの声が周囲に響き渡った。


「行かせないチ!!」

「これでも喰らえ!!」

「トリモドス!!」

「返してもらうよぉ~」


 空中から風を駆使して攻撃を仕掛けるペポとシルフィ。

 メデューサに目掛けて火弾を放つサラマンダー。

 それらの合間を縫うように駆けて、リューゲの懐に潜り込むガーディ。


 膝辺りまで影の中に沈んでしまっているリューゲ達は、4人の攻撃を避けることなんてできないだろう。

 そんなことを考えた俺が、ようやく足元から飛び出て来た岩の柱に飛び乗った瞬間、リューゲがニヤッと笑みを溢した。

「往生際が悪いですねぇ」


 ボソッとそう言った直後、彼は迫り来るガーディの眼前で一度、指をパチンと鳴らして見せた。

 それとほぼ同時に、メデューサは自身の髪を使って、サラマンダーとシルフィとペポの攻撃を打ち消してしまう。


 それでも、果敢にリューゲへと飛び掛かったガーディは、もう少しでロネリーに手が届きそうという所で、勢いよく後方へと吹き飛ばされてしまう。

「ガーディ!!」

 地面と平行に伸びる岩の柱の上を駆けながら、俺は吹き飛ばされていったガーディを振り返った。

 ゴロゴロと砂浜を転がるガーディは、顔を歪めてはいるけど、無事そうだ。


 それだけ確認し、俺は改めてリューゲの元に駆けた。

 奴らは既に、腹のあたりまで影の中に沈んでしまっている。

 必然的に、肩に担がれているロネリーの足や、髪の毛先も、少しずつ見えなくなりつつあった。


「逃げる気か!!」

「戦略的撤退ですよ」

 怒りに任せて叫ぶ俺の様子を楽しむように、そう言ったリューゲ。

 その隣にいるメデューサもまた、非常に楽しそうな表情でロネリーを見つめると、不意に彼女の手を取った。

 そして、自身の髪である数匹の蛇に、ロネリーの手を噛ませ始める。


「なっ!!」

「いいなぁ、いいなぁ。アンタにはこんなにきれいな髪があって、それに肌もきれいだし、さっき見た時、瞳も綺麗だった。そりゃ、こうやって仲間たちが助けに来てくれるよなぁ」

 これ見よがしにロネリーの身体に触れ始めたメデューサが、不意に俺の方に目を向けようとする。

 咄嗟に視線を外した俺は、足元の何かに躓いて、そのまま岩の柱の上から転げ落ちてしまった。


 砂の上を転がりながらも、俺はメデューサの声を耳にする。

「だけどさぁ、もし、助けに来た時、アンタの腕が足が瞳が、毒で爛れて腐り落ちてたら、アンタの仲間たちは、本当にアンタを受け入れてくれるのかねぇ」

「やめろ!! この娘に触れるでない!!」

「おや、良いのかい? あんたは今、この小娘の身体から毒を浄化することに専念するべきだろう? 私なんかの相手をしていたら、本当に腕が腐り落ちてしまうよ?」

「くっ!」


 聞き捨てならない会話をしている2人の声に駆り立てられるように、急いで体勢を整えた俺は、再び走り出す。

 だけど、その時にはもう、遅かった。

「それじゃあ、これにて我らは退散するとしよう。また会えることを、そしてあった時の絶望の表情を、楽しみに待っていますよ」


 地面にできた影の穴から、片手だけを出したリューゲが、そんな言葉を残して消えてゆく。

 その様子を目にして、俺は無我夢中で影の穴に目掛けて飛び込んだ。

 だけど、既に閉じてしまったらしい影の穴は、砂浜のどこにも見当たらない。

 当然、砂の上を滑ることになった俺は、四つん這いの状態で茫然としてしまう。


「嘘だろ……おい、嘘だろ!?」

「ダレン……」

「ノーム!! 早くロネリー達を探してくれ!! まだ、まだそんなに遠くまでは」

「ダレン! ダメだ、もう見当たらない」

「は?」

「さっきから何度も探してんだよ!! でも、もういない。消えちまった」


 ノームの言葉を聞いた俺は、どうしても、彼の言うことを信じることができなかった。

 両手が痛むまで、砂をかき分けて穴を掘ってみても、ノームに頼み込んで、もう一度地面の中を探してもらっても。

 もうどこにも、ロネリーとウンディーネの姿は無かった。


 何か方法は無いか。

 奴らの後を追いかけて、彼女を取り戻す方法は。


 必死に思考を繰り広げてみるけど、何も答えは見つからない。

 方法があるとすれば、奴らが言っていたように、西の山脈を越えて、魔王のいる場所に赴くしかないのだろう。

 だけど、それは絶望的と言って良いほどに時間が掛かるのは明白だ。


 その間、彼女がどれだけひどい目にあわされるか。考えただけでもおぞましい。


 砂で埋め尽くされている視界の中、波の音だけが時間の経過を教えてくれる。

 どれだけ考え込んでいたのか分からないくらい、ずっと四つん這いで砂浜を見つめていた俺は、誰かが近づいてきたことに気づく。


 その人物は、俺の傍らに立つと、地面を引きずるほど大きな翼で俺を包み込んだ。

「ペポ……」

「ダレン……アタチ、見たチ」

 そう告げたペポは、俺を包んでいた翼を元に戻して、周囲を見る。

 彼女の視線に釣られて周りを見た俺は、こちらにやってくるガーディとサラマンダーの姿を目にした。

 ガーディは全身に擦り傷を負った状態で、目元を赤く腫らしている。

 そんな彼の足元にいるサラマンダーは、すごく暗い表情で俯いている。


「連れていかれる時、ウンディーネが、泣いてたチ」

「え……?」

「あのウンディーネが、泣いてたチ!」

 思わず聞き返してしまった俺に向けて、ペポが語気を強めて言う。

「僕も見ました。ほんの一滴だけですけど、涙を落として……怖かったんだと思います」


 涙を必死にこらえるような声音で、口々に告げるペポとサラマンダー。

 そんな2人の話を聞いて、俺が動揺していると、ガーディが俺の両肩を鷲掴み、真剣な眼差しを向けて来る。


「タスケにいく!! スグにいく!!」

 あまりに力強く肩を揺さぶられた俺は、四つん這いの状態をやめてその場に座り込むと、両手に視線を落とした。


 ウンディーネが言っていた。待っていると。必ず来いと。

 まるで、今の俺達じゃ、あの状況からロネリーを取り返すことができないと、分かっていたかのように。

 そのことに、俺は憤りを感じていた。

 でも、実際どうだ?

 結果としてリューゲとメデューサに、ロネリーとウンディーネは連れ去られてしまった。

 急いで行って、本当に助け出すことができるのか?


 そんな考えが脳裏に浮かんだせいか、俺は思わず呟いてしまう。

「俺達が行って……助けることができるのか?」


 言った直後、俺は強烈な痛みを右の頬に感じながら、背後に吹っ飛ばされる。

「許さないチ!!」


 耳に入ってくる彼女の声を聞いて、俺はペポの翼の一撃を受けたんだと理解した。

 地面に転がっている俺の元に飛び込んで来たペポは、その小さな身体で俺に馬乗りになると、涙を溢しながら叫び出した。

「どこの誰が諦めても、ダレンが諦めるのだけは許さないチ!! 絶対に助けに行くチ!!」


 叫ぶペポの涙が、俺の頬にぽたぽたと落ちて来る。

 それらの涙を手で拭った俺は、歯を食いしばりながら彼女に言い返した。

「俺だって諦めたくないさ!! でも、奴らは強かった!! ペポだって、圧倒されてたじゃねぇか!! それに、あのメデューサって悪魔の能力はどうするんだ!? ロネリーが居ない今、俺達だけで対処する方法があるのか!?」


「それでもダメッチ!! 諦めるのは許さないチ!!」

 言い返した俺を、更に翼で一度ぶっ叩いてくるペポは、再び叫び声を上げる。

 新たに左の頬に翼の一撃を受けた俺は、怒りに任せて叫び返した。

「なんでだよ!!」


 直後、ペポは更に大粒の涙を溢しながら、告げる。

「ウンディーネを……ロネリーを助けることができるのは……ダレンだけチ」


 彼女を助けることができるのは、俺だけ?

 助けたいのは山々だけど、俺だけじゃなくて他の誰かが助けることだってできるだろ。

 そう考えた俺が、疑問を口にしようとしたその瞬間。

 背後から大柄なゴブリンのケイブがやってきて、告げたのだった。


「あぁ、それって、ウンディーネにかけられた呪いが関係してるゴブゥ?」

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