第57話 取り返しがつかねぇ
「邪魔とは心外ですね。私はただ、あなた方を止めに来たのですよ。特に、ノームの継承者であるダレン、あなたの息の根をね」
俺達を見下ろしながら告げるリューゲは、どこか楽し気な表情を浮かべている。
どうやら奴は、人をおちょくるのが好きなようだ。
そんな表情を見た俺は、胸元に嫌な予感を覚えながら、彼を睨みつける。
「みんな気を付けて! 前回みたいに、幻かもしれません!」
ロネリーの言葉で更に警戒心を高めた俺達は、大きな翼を使って宙に浮く2人だけでなく、周囲にも警戒を向けた。
「あのゴブリン共がいるかもしれないチ!!」
「ノーム! 念のために周囲の状況を探っててくれ」
「おうよ!!」
「こいつらが魔王軍……ダレン、僕たちはどうすれば良い?」
「オデ、ソラとべない。あいつら、トドかない」
そうやって警戒する俺達を、宙に浮いたまま見ていたリューゲ達。
その内の1人、見たことのない女が、不意に口を開く。
「なんだよ、本当にガキ共じゃん。まぁ、16年しか経ってないし、当たり前っちゃ、当たり前だねぇ」
「ガキとはいえ、ワイルドに覚醒したノームも居る。油断はしないで頂きたい」
「油断? そんな予断を許さないのが、私だろ?」
そう言った女は、甲高い笑い声をあげたかと思うと、俺達を鋭い眼光で睨みつけてきた。
直後、俺は自分の身体に違和感を覚える。
「なっ……んだ!?」
「身体が……固まってるチ!!」
「ダレン!! オデのアシがうごかない!! どうなってる!?」
身動き一つとれなくなった状況に、混乱する俺達。そんな俺達を見下ろして楽しそうな表情を浮かべる女は、言葉を続けた。
「予測も推測も、私の前にはすべて通じないんだよ!! 油断なんて、する隙があると思っているのかい!?」
「それを油断と呼ぶのだよ!!」
「何だって!? あんた、私の……っ!?」
女の言動に呆れた様子のリューゲは、首を横に振りながら俺達の方を指さした。
その途端、俺はすぐ傍から響いて来る声を耳にする。
「ウンディーネ!! お願い!!」
「分かっておる!!」
彼女たちがそう叫んだ直後、俺達は全員、大量の水を被っていた。
何が起きたのか、深く考える前に身体が動くようになったことに気づいた俺は、すぐに理解する。
「浄化か!!」
ずぶ濡れの状態で俺がそう言った直後、ウンディーネが大声で叫んだ。
「全員、あの女の目を見るでない!! 目を見たが最後、全身を石に変えられてしまうぞ!!」
「なっ!? なぜあいつが私の秘密をっ!?」
女の驚愕の声を耳にした俺は、ウンディーネの言葉を信じ、足元を軽く踏みしめた。
俺の合図に合わせるように、地面からノームが飛び出して来て、俺達を囲むような岩のドームを造り上げる。
これでひとまず、女の視線から逃れることはできるだろう。
「ダレンさん! 大丈夫ですか!?」
「あぁ、助かった。ありがとうロネリー、ウンディーネ。他の皆は無事か!?」
「アタチは大丈夫チ! ガーディもサラマンダーも、無事っチ!!」
サラマンダーの身体が放つボンヤリとした光のおかげで、なんとなく全員の様子を見て取れた。
こうなれば、まずは対策を考えるべきだろう。まぁ、あんまり悠長にしてる暇はないだろうけど。
「ひとまずは、凌げたけど。目を見たら石になる? そんな奴、どうやって戦えば」
「あやつはワラワとロネリーで対応しよう。ワラワの浄化の力があれば、奴の石化攻撃も……」
「おやおや、そんな見え透いた作戦で良いのでしょうか?」
ウンディーネの言葉を遮るように、突如として俺達の中心に現れたリューゲが、両腕を広げながら告げた。
「っ!? リューゲ!?」
「私が何を司っているのか、忘れたわけでは無いですよね? まさか、この私を度外視して、勝利することができるとでも、思ったのでしょうか!? そうなのだとしたら、愚かだと言わざるを得ませんねぇ。この私を!! 無視できるわけが!! ないであろう!!」
「ノーム!! 道を作れ!! 外に出るぞ!!」
明らかに怒りを滲ませているリューゲから逃げるために、俺達はノームが即席で作った穴を通って外に飛び出した。
「逃がすものか!!」
なるべく空を見上げないようにしつつ、ドームから這い出した直後、追いかけてこようとするリューゲに向けてサラマンダーが言い放つ。
「これでも喰らえ!!」
直後、穴の中に大量の炎を吹き込むサラマンダー。
彼に続くように、俺達は各々にできることを始める。
「シルフィ! 砂浜の砂を巻き上げるチ! あの女の視界を妨げるチ!!」
「あいよ~」
「ノーム! 合図したら、あの女を拘束するぞ! リューゲはその後だ!!」
「ウンディーネ、私達は水弾で女を攻撃するよ!」
とはいえ、そう簡単に状況が好転するわけもない。
俺達が動き出した直後、穴の中から煤だらけのリューゲが飛び出してくる。
「だから!! 私を無視できると思うなぁ!!」
「んなっ!?」
啖呵を切りながら飛び出して来たリューゲは、サラマンダーの頭上を越えて空に跳び上がったかと思うと、自らの分身を幾つも造り上げる。
「リューゲが分裂したチ!?」
驚くペポがリューゲの分身に攻撃を仕掛けようとしたその時、ついに女までもが動き出した。
「私も黙って見てる訳にはいかないねぇ!!」
大量の砂塵に囲まれている筈の女は、そう叫ぶと、両腕を大きく広げる。
途端、彼女のうねうねとうねっていた長い髪が、一気に長さを増し、周囲に伸び始めた。
それだけじゃない、うねうねとうねるそれらには赤い目が付いていて、まるでヘビのように俺達に向かって攻撃を始める。
当然、その攻撃は俺にも向かってくるわけで、今まさにリューゲの分身と交戦を始めようとしていた俺は、視界の端でヘビの姿を捉える。
「くそ!!」
「ダレンさん!!」
咄嗟に避けようとした俺は、向かってくる複数のヘビから俺を庇うようにしてロネリーが飛び出して来たのを目にする。
「ロネリー!!」
「隙あり!!」
「っ!?」
思わずロネリーの元に駆けよろうとしてしまった俺の隙を逃すわけもなく、リューゲが重たい蹴りを撃ち込んでくる。
防御するでもなく、腹部に蹴りを受けてしまった俺は、激痛と共に吹き飛ばされて、砂浜を転がった。
「これでおしまいだ」
痛みに悶えながらも立ち上がろうとする俺のすぐ傍に立つリューゲ。
そんなリューゲを見上げた俺は、彼の手に一本の剣が握られているのを目にした。
殺される。前と同じだ。
そう思った時、周囲に仲間たちの声が響き渡った。
「ダレンさん!! いやぁぁぁぁぁ!!」
「ダレン!! 逃げるチ!!」
「ダレンからハナレロぉぉ!!」
「この!! 邪魔をするなよ!! 僕らが何をしたって言うんだ!!」
口々に叫ぶ仲間達。彼らは今、俺と同じように危機に瀕している筈だ。
ここで諦めるわけにはいかないよな。
そう思い、歯を食いしばった俺が素手でリューゲの剣を受け止めようとした時。
眩い閃光と無数の炸裂音が、周囲に弾けた。
「ぎやぁぁぁぁぁ!! 目がぁ!!」
バチバチと言う音と共に光が広がったとともに、蛇の髪を持った女の絶叫が轟く。
それと同時に、俺の傍にいたリューゲが大きく後ろに飛び退いて行った。
「ちっ!」
なぜか舌打ちをするリューゲ。そんな彼の視線の先に目を向けようとした時、俺はこれまた聞き覚えのある声を耳にする。
「どうしよう、ベックス……オラ達、やってしまったゴブゥ」
「うるせぇケイブ! もう取り返しがつかねぇゴブ! 腹くくれゴブ!!」
砂浜を歩いて来る2人のゴブリン達は、俺のすぐ横に立ったかと思うと、リューゲと会話を始めた。
「おやおや、何事かと思えば……何をしているのですか? ベックス、ケイブ?」
「アンタには悪いが、俺達は俺達の動く理由があるゴブ!」
「そ、そうだゴブゥ! もうこれ以上、魔王軍の言いなりになってる訳にはいかないゴブゥ!」
「ぐぬぬぅぅ……くそ、クソがぁぁ!! このゴブリン共めがぁ!!」
未だに砂塵の中で喚いている様子の女の声を聞き、リューゲはため息を吐いた。
「はぁ……まぁ、致し方ありませんね。今回は退くとしましょう。ですが、手ぶらというワケにもいきません」
そう言った彼は、不意に左手を横に伸ばした。すると、それが合図だったかのように、1人の分身がやってきて、抱えていた何かを手渡す。
リューゲが何を抱えているのか、目にした俺は、思わず叫び声を上げてしまう。
「ロネリー!!」
「いやっ! 放して!!」
「この娘は頂いて行きましょう」
そう言ったリューゲは、ロネリーの額に手を当てて、彼女を眠らせてしまう。
いつの間にか手足を拘束されているロネリーが、リューゲの肩に抱えられている。
そんな彼の隣に降りて来た女が、目元を押さえながら、食って掛かるように文句を言い始めた。
「何を言っているリューゲ!! 今すぐにこいつら全員を!!」
「落ち着いてください、メデューサ。それよりも、彼らの絶望する顔を見たくはありませんか?」
「っ!? くくくっ。お前も面白いことを考えるなぁ。いいね。そうしよう」
「と言うことです。この娘は魔王様への贄として預からせてもらいます。まぁ、無事に帰ってくるとは思わないことですね」
あっさりと言ってのけるリューゲに、湧き上がる怒りを覚えた俺は、全力を振り絞って立ち上がる。
「くそ!! おい!! ロネリーを放せ!!」
「おい、まてゴブ!! 今かかって行っても」
痛む腹を押さえながら、リューゲに向かって行こうとする俺を、小柄なベックスが止めようとする。
そんな彼を睨みつけた俺は、怒りに任せて声を荒げてしまった。
「うるさい!! 邪魔するな!!」
ベックスを振り払って、足を踏み出そうとする俺は、直後、地面に倒れこんでしまう。
「おい、ダレン! 大丈夫か! 今オイラが回復してやるから、ちょっと待ってろ!!」
いつの間にか隣にいたノームに声を掛けられても、俺はリューゲを睨み続ける。
そんな俺の視線を楽しむように見返してくるリューゲは、笑いながら告げる。
「どれだけあがいても無駄ですよ。どうしても助けたいのなら、カルト連峰を越えた先、北の荒野にある我らが魔王城にまで来ることですね。そこまで来れたらの……」
得意げに言葉を並べるリューゲが、最後話をまとめようとした直後、不意にロネリーの背中からウンディーネが姿を現したかと思うと、俺に目を向けて叫び出したのだった。
「ダレン!! ワラワもこの娘も待っておる!! 待っておるぞ!! 必ず来るのだ!! 必ず!!」




