第56話 2つの影
「それじゃあ、私はもう出発するね」
日が昇り、海の底に居た俺達が出発の準備を整えたところで、テレサがそう言った。
少し寂しげな表情を浮かべる彼女と、俺達はしばし別れの言葉を交わす。
「テレサさん。色々とありがとうございました。……その、仲間の方々と会えると良いですね」
「うん。ありがとう。ロネリーも、色々と頑張ってね。私、応援してるから」
「サカナうまかった! ツギあったらオデが、ウマいものトッてくる」
「本当? 楽しみにしてるからね、ガーディ」
「本当に行っちまうんだな。こんだけ広い海の中だ、気を付けて行けよ?」
「ダレンに心配されなくても、私は人魚なんだから、大丈夫だよ」
「次に会うときは、テレサさんの仲間達に挨拶しなきゃだね、僕、なんだか楽しみになって来たよ」
「あはは。君たちのことはしっかりと伝えておくから、その時は一緒に楽しくご飯でも食べよう」
ひとしきり挨拶を交わした後、大きく頷いたテレサは満足げな笑みを浮かべていた。
「うん……ちょっと名残惜しいけど、君達も急ぐ理由ができたみたいだし、この辺にしておこう。ところで、本当に私の案内が無くて大丈夫?」
「オイラが付いてるんだぜ? 大丈夫さ。それに、テレサが岸まで行くのは危ないだろ? 気にするな。絶対にまた会える」
「そうだね。うん。分かった。それじゃあ、また会えるのを楽しみにしてるよ!」
最後まで笑ったまま、元気に踵を返したテレサは、竜宮城から北に向かって泳ぎ去っていく。
「行っちゃったねぇ」
泳ぎ去っていくテレサの後姿を見送りながら、ポツリと呟くシルフィ。
そんな彼女に応えるように、俺も呟いた。
「……あぁ。俺達も出発しよう」
誰からと言うわけでも無く、俺達は一歩を踏み出して竜宮城を後にした。
方角で言うと西に向かって、元来た道を戻っていく。
底が見えないくらい深い谷や、潮の流れが激しい場所、それに色とりどりの魚やサンゴに囲まれている幻想的な場所。
そんな道を黙々と歩いていると、不意に前を歩いていたロネリーが俺の方を振り返ってきた。
「ダレンさん」
「ん? どうかしたか?」
「いえ、その……なんか疲れちゃったので、話でもしたいなぁって思いまして」
「おいおいロネリー、ダレンと話してたら余計に疲れるんじゃねぇか? 長年一緒に居るオイラが言うんだ、間違いねぇぞ?」
「おい! それは一体どういう意味だよ!?」
「言葉通りの意味さ!」
「ふふふ」
俺達のやり取りを見たロネリーは、口元を手で隠しながら笑う。
「やっぱり、ダレンさんと……皆さんとこうして一緒に居ると、なんだか元気になれる気がします」
「そ、そうか?」
笑っている彼女の様子に、少し気を取られていた俺は、思わず言葉を詰まらせながら応えた。
「はい、こういうのを、癒されるって言うんでしょうか」
「まぁ、楽しいとかなら、分からなくもないチ。でも、癒されるって……それは無いっチね」
ロネリーの言葉を聞いて、自然に会話の中に入って来たペポは、チラッと俺の方を見た。
「おい、なんでこっちを見て言うんだよ、ペポ」
「別に、深い意味は無いチ」
浅い意味はあるってことか!? 言葉の通りってことか!!
と、ツッコミを入れようとした俺よりも先に、ガーディが会話に入ってくる。
「オデもタノシイぞ! チィ!」
「それはマネっチ!? やめるって言ってるチ!!」
「僕も楽しいですけどね。チ、チィ」
「恥ずかしいならやるなチ!!」
なぜか得意げに胸を張るガーディと、少し恥ずかしそうにしながらも、便乗するサラマンダー。
そんな彼らとペポのやり取りを聞いて、俺達の中に小さな笑いが生まれた。
ロネリーの言う通り癒されてるのかもしれない。
そうやって、自分の中に生まれているその感情を俺が噛み締めていると、頭の上のノームが口を開いた。
「ま、どうせまだまだ先は長いんだ。旅をするなら、楽しい方が良いだろ。オイラはそう思うぜ?」
「そうだな。足取りが重いんじゃ、進む速度も落ちるし。ガスだって、何事も楽しんだ奴が勝ちだって、よく言ってたしな」
「はい。私もそう思います。って、こんなこと話してたら、そろそろ陸に着きそうですね。たった一日だけだったけど、海から出るのが久しぶりな気がしてます」
「僕も同じ気分だな。どうやら空も晴れてるみたいだし、最高だね」
そして、海底の長い道のりを歩き切った俺達は、ザブザブと音を立てながら海から上がり、砂浜に到達する。
サラマンダーが言ったように、空は快晴だ。
少し眩しさを感じながらも空を見上げた俺は、流れるように西の方に目を向けた。
「西って言うと、あっちだよな……」
俺の言葉を聞いた全員が西の方に目を向け、俺と同じものを見つめる。
「随分と大きな山がありますね」
「あれを登るのは、大変そうチ」
山頂辺りが白くなっているってことは、雪が降ってるってことなんだろう。
と言うことは、当たり前だけど寒いってワケだ。
これは確実に、サラマンダーのお世話になるだろうなぁ。
そう思いながらサラマンダーに目を向けた俺は、彼と目が合ったことに気が付く。
すると、彼は少し言いづらそうに口を開いた。
「実は、僕たちはあの山の方から逃げて来たんです。途中までなら、案内できると思います」
「そうなのか。それは助かる!」
思っても居ない情報に、俺が思わず声を上げた直後、聞き覚えのある声が空から降りかかってきた。
「おやおや、話を聞いていれば、あなた方はもしや、カルト連峰へ向かうつもりですか?」
「っ!?」
咄嗟に空を見上げた俺達は、そこに2つの影があるのを見て取った。
1つは、翼と尻尾と角の生えた兜という、見たことのあるシルエット。
もう1つは、ウネウネとうねる長い髪を持った女性らしきシルエット。
それだけ確認できれば状況を把握することは簡単だ。
すぐに身構えた俺は、空に浮かんでいる影の内の1つ、リューゲに向かって叫んだのだった。
「リューゲ!! また邪魔しに来たのか!!」




