第55話 涙の代弁
「ダレンさん!!」
気が付いた時、俺の耳に飛び込んできたのは、そんなロネリーの声だった。
少しずつ焦点が合う視界の中に、皆の姿が浮かび上がってくる。
心配そうに見下ろしてくる皆の様子から察するに、俺は光に触れた後、そのまま倒れてしまったらしい。
取り敢えず、少し痛む頭を押さえながら立ち上がった俺は、心配してくれているロネリー達に向けて言った。
「大丈夫だ。ちょっと変な夢を見てただけだから」
「本当? すごい音を立てて倒れたみたいだけど。私、びっくりしちゃった」
「そうか。心配かけて悪かった」
「何があったチ? 光が見えるとか言ってたけど」
「あぁ、そのことなんだけど……」
ペポの言葉できっかけを得た俺は、今しがた見た光景について、皆に話した。
光に触れた途端、恐らく過去のものと思われる光景を見たこと。
レンとウンディーネのことや、サラマンダー以外の継承者達を見たこと。
その場にテレサが居て、部屋の外には他にも多くの気配があったこと。
そして、テレサ達が「大移動をする」という話をしていたこと。
俺が話をしている間、皆は、黙ったまま話を聞いていた。
全ての話を終え、改めてテレサに目を向けた俺に、彼女は寂し気な表情を浮かべながら語り掛けてくる。
「そっか……そういえば君は、ノームの継承者だったね。ってことは、ダンの言ってたことも本当だったんだ」
「それはどういう意味だ?」
「ワイルドに覚醒したノームとその継承者は、人の遺した強い想いを目にすることがあるって。ダンが言ってたんだ」
「強い想い……」
テレサの言葉を反芻するロネリーは、何か思う所があるのか、少し陰りのある表情で俯いてしまう。
「ダンはそれを、想いの種って呼んでたよ」
「想いの種? そうか。ってことは、俺とノームが見たのは、レンの強い想いってことか?」
「そう……だね。そうだと思う」
「ちょっと待つチ。だとしたら、ダレン達が見たのは、本当の事チ? ならどうして、テレサはここにいるチ?」
ペポの疑問を聞いた俺は、そこで初めて気が付いた。
彼女の言う通りだ。
多分、さっきの光景の中で聞いた『大移動』って言うのは、人魚たちが計画していたもののはずだ。
魔王の力が及んでいない場所まで逃げる。
それが過去に実行された結果、今の竜宮城にテレサしか居ないのだとしたら……。
彼女はどうして、未だにここに居るんだろう。
『そんなの、分かり切ってるよな』
歯を食いしばりながら、心の中でそう呟いた俺は、今しがた見た仲睦まじい2人の様子と、少し前に見た彼女の大粒の涙を思い出す。
待ってたんだ。16年間。親友が帰ってくることを。
仲間たちがこの地を去り、たった一人取り残されてでも。
そうまでしてでも、自分の親友が帰れる場所を、遺してあげようとしたんだ。
気が付いてしまった俺は、迸る熱い何かが目頭に集うのを感じ、漏れだすのを防ぐために天井を仰いで目を強く閉じた。
そんな俺の様子から何かを感じ取ったのか、部屋の中に沈黙が漂う。
このまま落ち込んでいても仕方がない。俺達にとって、魔王を倒す理由が1つ増えただけだ。
そう考えた俺は、気を取り直すようにテレサに声を掛ける。
「そう言えば、もう話は良かったのか? ロネリーと積もる話でもしてたんだろ?」
「え? あぁ……うん。大丈夫だよ」
「はい、色々と教えてもらいました……」
「そ、そうなのか」
より一層落ち込んでしまった2人の様子を見て、俺は動揺する。
一体どんな話をしてたって言うんだよ……。
と、俺自身も更に深く落ち込みそうになった時、不意にガーディが口を開いた。
「ダイジョウブ。オデ、みんなをマモル。だから、ナクナ。オデまでカナシクなる」
「ガーディ……そうですね。落ち込んでても、仕方がないですね」
「ガーディは本当に優しいチ。仕方がないから、今日はアタチの翼を布団にして寝ても良いチ」
「ホントウか!?」
「え? それ、すごく羨ましいな」
「ダレンは駄目チ!」
「それじゃあ私は駄目ですか?」
「ロネリーは良いチ」
「それじゃあ僕とアパルもお願いしようかな」
「仕方がないチね」
「なんで俺だけダメなんだよ!?」
「あはは。なんか、ダレンって本当にダンの子供なんだなぁって思ったよ」
少しだけ空気が和んだところで、俺達はこれからの話をすることにした。
まず初めに決まったのは、今後の目的と行き先だ。
簡潔に言えば、フェニックスを探すために西に向かう。
そうすれば、竜宮城と同じようにフェニックスのことを語り継いでいる人や記録に出会えるかもしれないから。
話し合いも終わり、辺りが暗くなり始めた頃。
俺達は休息をとるために竜宮城の一室に集まって眠る準備をしていた。
ペポの翼の周りに集まって、寄り添いながらウトウトとしている皆を、傍から眺めている俺。
少しばかり疎外感を覚えていた俺に気が付いたのか、ペポが仕方が無しとばかりに呼びかけてくれる。
そうして、ゆっくりと意識が薄れかけ始めた頃、不意にロネリーが、テレサに問い掛けた。
「テレサ……あなたはこれから、どうするの?」
「うん……どうしようかな。もう、ここにいる理由も無くなっちゃったし。とりあえず、仲間たちの後を追って、旅にでも出てみることにするよ」
「……そっか」
多分、俺以外の皆も彼女たちの会話を聞いていたと思う。
だけど、誰も何も言わなかった。ただ、柔らかなペポの翼の温もりに身を任せ、この優しいひと時に浸りたかったのかもしれない。
唯一声を上げたのは、サラマンダーの背中で横になっているアパルだけだ。
きっと、赤ん坊なりにこの状況を理解しているんだろう。
まるで、俺達の気持ちを代弁するかのように、アパルは大声を上げて泣き始めたのだった。




