第54話 想いの種:君のせい
視界を眩い光が覆い尽くし、思わず目を閉じた俺は、直後、賑やかな話し声と音楽を耳にした。
少し曇って聞こえてくるそれらの音は、多分部屋の外から聞こえて来るんだろう。
そう思って目を開けた俺は、足元に一人の女性が座り込んでいることに気が付いた。
『ロネリー!? どうしてここに?』
そう言った俺は、即座に自分の声がおかしいことに気が付く。
口から声が発せられていない。あくまでも頭の中だけで響いている感じだ。
『どうなってるんだよ』
『それはオイラにも分からねぇな』
『ノーム!?』
いつも通り、頭の上に鎮座しているノームに気が付いた俺は、少し安心を覚えた。
不思議なことに、彼の声も俺と同じように頭の中で響いている。
『ダレン、外の音と人の気配には気づいてるか?』
『え? あぁ、うん』
『オイラ、本気で驚いたぜ。何の前触れもなく、音楽とか話し声が聞こえて来た上に、気配まで現れたからな』
『そうなのか。それより、ロネリーもここにいるのは、どういう状態だ?』
『よく見ろよダレン、彼女はロネリーじゃないぜ?』
『は? 何言って……』
ノームに言われて、足元に座り込んでいる金髪の女性の顔を覗き込んだ俺は、言葉を失った。
『誰だ!? この人!!』
『さぁな。どっちにしても、彼女の方もオイラ達に気づいてない様子だから、多分、突然現れた外の奴らと同じってことだろう』
膝を抱え込んで、うっすらと涙を零している女性の顔をマジマジと観察した俺は、一つため息を吐く。
『はっきりと顔を見れてないけど、ロネリーじゃないな。目は似てるけど』
ロネリーと同じ碧い瞳を持ったその女性は、微動だにすることなく座り込んでいる。
傍から見ていると、何か落ち込んでいるようにも見えるけど、どうしたんだろう?
そんなことを俺が考えていると、部屋の入り口に垂らされていた布をかき分けて、見知った女性が飛び込んできた。
黒い髪を持った人魚のテレサは、器用に部屋の中に泳ぎ入って来ると、座り込んでいる女性の頭上に到達する。
「レ~ン~。ほら、さっきの人間達が美味しい果物を持ってきてくれたよ? 一緒に……」
手にしていた果物を渡そうと、座り込んでいるレンの顔を覗き込んだテレサは、即座に口を噤んでしまった。
多分、泣いていることに気が付いたらしい。
そんな推測をすると同時に、俺はレンという女性のことを思い出した。
たしか、砂浜でテレサがロネリーと間違えたっていう、知り合いの名前だ。
『レン……ってことは、今俺達が見てるのは昔の光景か? でもなんで?』
『……さっき、ダレンが光に触ったことが原因なんじゃないか?』
ノームの推測を考察してみたいところだけど、今はまず、この光景を目に焼き付けよう。
そう思う俺の目の前で、テレサとレンの会話が続く。
「レン? どうしたの? なんで、泣いてるの?」
「テレサ……私、私……」
「何? 焦らなくていいから、私に話して」
膝を抱えながら震えだすレンの背中を、テレサが優しく撫でつける。
そんな彼女の思いやりのおかげで、少し落ち着きを取り戻したのか、レンはゆっくりと口を開いた。
「テレサ、ありがとう……話、聞いてくれる?」
「うん。親友だもん! 当たり前じゃん!」
「うん。あのね、私、あの人を見てからずっと、胸が苦しいの……」
「苦しい? え? どうして?」
「それは……」
テレサの問いかけに言葉を濁らせたレン。そんな彼女の言葉を引き継ぐように、レンの背中から姿を現したウンディーネが、いつもの口調で告げた。
「テレサよ、レンは今、恋に落ちているのだ」
「恋? ……なぁんだぁ。びっくりしちゃったぁ。すっごい深刻そうな顔で泣いてるんだもん……で? 誰? 誰に恋しちゃったの!? いや待って、分かった、あのダンって人間でしょ!? 絶対にそうだ!!」
「テレサ……ちょっと落ち着いて」
「えぇ~。良いじゃん。今までレンが色恋の話をしてたことなんてないんだから。気になるんだもん」
動揺しているレンとは対照的に、興奮気味のテレサ。
彼女に質問攻めにされるレンは、少し頬を赤く染めながら、何度も首を横に振っていた。
そんな折、不意に部屋の入り口の布をかき分けて、1人の男が入ってくる。
「お~い。テレサ。って、ここにいたのか。なぁ、さっき言ってた話なんだけど……って、ウンディーネ!?」
「ダン? テレサは居た?」
「リサ、それにホルーバとシルフィ! ウンディーネが居たぜ! やっぱり、オイラの案内は正しかっただろ?」
男の後から次々に姿を現した面子を見て、俺は頭が真っ白になりそうだった。
20代半ばの快活そうな黒髪の男、ダンは、右肩にノームと思しきバディを乗せている。
そんなダンのすぐ後ろから部屋に入って来たのは、これまた黒いロングヘアーを持った女性。その振舞から、気品のようなものを感じられる。
多分、彼女はリサって名前なんだろう。
リサの後から来たのは、シルフィを従えたオルニス族の女性、ホルーバだ。その大きな翼と鋭い眼光からは、気高さを感じることができる。
『間違いないな。これは16年前の光景だ』
『そうみたいだな』
確信を滲ませて言う頭の上のノームに賛同しながら、俺はダンとリサの姿を凝視していた。
状況から推測するに、この2人が、俺の両親ってことだ。
こんなところで姿を見れると思っていなかったから、正直腰を抜かしそうだ。
それでもしっかりと立ち続けた俺は、事の成り行きを見守ることにする。
「ウンディーネの継承者と話がしたい……と思ってたんだけど、なにか取り込み中だったか? 悪いな」
「本当だよ。ダンはタイミングが悪いよね」
頭を掻きながら謝罪するダンを、テレサが責め立てる。
そんな様子を見ていたホルーバが、小さな笑みを浮かべながら口を開いた。
「取り込み中とあれば、アタイらが邪魔をするわけにもいかないだろう。リサ、ダン、ここは席を外すとしよう」
「そうだね。ダン、行こう」
「あぁ」
ホルーバとリサに腕を引かれたダンは、座り込んでいるレンとテレサを、心配そうな表情で見つめる。
と、見つめることで何かいいアイデアでも思いついたのか、ハッと目を見開いたダンは、左手の親指を立てながら、レンたちに向かって言った。
「何か手伝えることがあれば、言ってくれよな!!」
「……君のせいなんだけど?」
「え……?」
自信たっぷりの表情で言った言葉を、予想外の言葉であしらわれたダンは、力なくリサ達に引っ張り戻されていく。
そうして、再び部屋の中に穏やかな雰囲気が漂い始めた時、テレサがレンに抱き着きながら話し始めた。
「もしかして、このまま出発するのが嫌になっちゃった?」
「え? ……ううん。いやじゃ、無いけど」
「そう? でも、ここを出発しちゃうと、もう会えないかもしれないんだよ?」
「……そう、だけど」
テレサの返事を境に、部屋の中に小さな沈黙が舞い降りる。
すると、部屋の外から聞こえて来る賑やかな声に、耐え切れなくなった様子のテレサが、首を傾げながら告げた。
「そう言えば、ダン達はウンディーネと話がしたいって言ってたけど、何なんだろうね ウンディーネは知ってる?」
「ワラワは知らぬな。間違いなく、レンも知らぬであろう」
「そっかぁ」
ついに話題が無くなってしまったことに焦りを見せるテレサだったけど、彼女の焦りも長くは続かなかった。
「ねぇ、テレサ」
「ん? どうしたの?」
「竜宮城を出て、どこまで行くんだったっけ?」
「う~ん。分からないよ。魔王の力が及んでない大陸を探して、大移動をするんだから。でも、きっとどこかに良い場所があるはずだよ」
「……その大移動にさ、一緒に着いて来てもらうことは、できないのかな?」
「ダン達にってこと?」
テレサの問いに、小さく頷いて見せるレン。
そんな彼女を見て、にんまりと笑みを浮かべたテレサが、口を開きかけた時。
まるで隙を突くように、レンが切り出した。
「テレサ、話しておかなくちゃいけないことがあるの。私のこと。それに、ウンディーネのこと」
「……レン?」
不意に真剣な眼差しを向けられたテレサが、一瞬言葉を詰まらせる。
そうして見つめ合う2人の姿を見ていた俺は、ゆっくりと周囲の光景が薄れていくことに気が付いたのだった。




