第52話 語り継がれて
泳いで、と言うよりも海底を歩いて、テレサについて行った俺達は、紆余曲折を経て竜宮城に辿り着いた。
とてつもなく巨大な花のような物の上に、磨かれた岩で作り上げられた竜宮城。
赤や白、そして青に彩られた華やかな見た目の城からは、遠くからでも見えるチラチラとした灯りが、時折顔を覗かせていた。
あの光は何だろう?
そんな疑問を抱きつつ、俺達は竜宮城に続く階段を上がる。
「それにしても、本当に海の底を歩いて来れましたね。流石、シルフィさんです」
「まぁね。でも気を付けなよ? ウチから離れすぎたら、空気が切れた時に直してあげられないからねぇ」
「それは怖いなぁ……僕、絶対にシルフィから離れないようにするよ」
おっかない話をしているシルフィたちを余所に、俺の横を走って駆け上がって行ったガーディが、上の方を指さしながら叫んだ。
「オイ! あれなんだ!? さっきのサカナってやつとチガウゾ!?」
彼の指さす先には、何やら大きな布のような生き物が、優雅に泳いでいる。
テレサ曰く、それはエイと言う魚らしい。
「興奮しすぎですよ、ガーディ」
笑いながらガーディに語り掛けるロネリー。そんな彼女を横目に見ながら、俺はガーディをフォローすることにした。
「まぁ、見たことない景色だし興奮するだろ。正直、俺も色々と見て回りたいのを抑えてるくらいだ」
「気持ちは分かるチ。アタチも海の底を歩いたことは無かったチ」
「ペポに関しては、ずっとシルフィと一緒に居たわけだから、来ようと思えば来れたんだよなぁ?」
俺の指摘を聞いたペポは、心外な! とでも言いたそうに目を見開いて、告げた。
「シルフィがこんなことできるなんて、知らなかったチ!」
「そりゃそうだよ~。だって、ペポに言ったら、絶対に連れ回されるに決まってるじゃん。ウチは昼寝したいってのに」
それもそうかと俺が言おうとしたその時、先導していたテレサが、俺達の方を振り返って言う。
「さぁさぁ、おしゃべりはその辺にして、これを見てごらんよ」
言われるままにテレサの後について、竜宮城の中に入った俺達は、入り口の広間と思われる場所で、荘厳な壁画を目の当たりにした。
「わぁ……これは」
「この壁画はね、私達の間でずっと語り継がれてる伝承を示してるんだよ」
彼女の言う通り、この壁画は横長で、何やら物語性のありそうな絵が描かれている。
思わず感心して壁画を見上げていると、不意にサラマンダーが周囲を見渡しながら言った。
「私達って言う割に、他の人魚はいないみたいだけど?」
「……あぁ、うん。そうなんだよねぇ。実は私たち、もう残り少ないんだ」
「そっか。ごめん」
「ううん。良いの」
少し気まずい空気が、周囲に充満した。……ここは海底だし、この場合、充満したのは海水かな?
なんて、どうでも良いことを考えていると、話題を変えようとするようにペポが口を開く。
「……その伝承ってどんなものチ?」
「とても古いお話で、この竜宮城にまだ沢山の人魚が住んでた頃のお話なんだ」
「それがこの絵かな? 竜宮城の周りに沢山の人魚が描かれてるね」
テレサの話を補足するように、サラマンダーが鼻先で壁画を指し示した。彼の言う通り、壁画の左端の方に多くの人魚と竜宮城が描かれている。
竜宮城の見た目が、今いるこの竜宮城と少し違う気もしたけど、まぁいいだろ。
「そう。そんなある日、この海の上に冷気を纏った幻獣が現れたんだ。名前は、雹幻獣ネージュ。そのネージュのせいで、このあたりの海が殆ど凍り付いちゃうんだよ」
「海が凍り付いたチ!? それはヤバいチ」
「それはこっちの絵だね。この白い鳥がネージュかな?」
「そう。その当時の人魚たちも慌てたけど、ネージュは冷気を纏った鳥型の幻獣だったから、手も足も出せないままに、皆次々に氷漬けにされてくの」
「ひどい……」
テレサの話した光景を想像したのか、ロネリーがぽつりと呟く。
そんな彼女の様子を見て、小さく笑みを浮かべたテレサは、更に言葉を続けた。
「海は凍っちゃって、食べ物の魚も数が減って、人魚たちは全滅寸前だったらしいんだけど、そんなとき、別の幻獣が姿を現すの」
「別の幻獣?」
「そう。壁画でいう所の、ネージュと対を成すように描かれてる赤い鳥だよ。名前は陽幻獣フェニックス。別の名を不死鳥って言うんだって」
その名を聞いた俺達が、反応しないわけがない。真っ先に声を上げたのは、ペポだった。
「不死鳥……さっきも思ったけど、それって、不死ってことチ!?」
「私も詳しいことは知らないけど、そう言われてるみたいだよ?」
「それで? フェニックスは何をしたんですか?」
食い気味に反応するロネリーに圧倒されて、少し戸惑いながらもテレサは話を続けた。
「うん。フェニックスがやって来たのを見たネージュは、一目散に西に逃げちゃったんだって。そんなネージュを追いかける前に、フェニックスは自分の身体を燃やして、凍ってた海をとかしたんだ」
「すごい……僕でも、凍っちゃった海をとかすのは大変そうなのに」
少しズレた感想を述べるサラマンダーに、苦笑いしながらテレサは語り掛ける。
「サラマンダーもできそうだけどね。そして、ここからが肝心だよ? 海をとかしたフェニックスは、氷漬けにされてた人魚や魚たちを見て、涙を落としたの。そして、その涙が海に落ちた途端、息絶えそうだった多くの海の生き物が、一気に元気を取り戻したんだって」
一息で言ったテレサはそこで一旦言葉を切った。
聞いていた俺達も、まるで自分の中で何かを噛み締めるように、黙り込む。
「これが、私達に代々伝わってる伝承」
「壁画でも確かに、フェニックスが涙を落としてるね」
「ってことは、そのフェニックスこそが、莫大な生命を持ってるってことだよな」
まるで話を整理するようにそう言った俺は、自分の中で1つの道筋が見えた気がした。
取り敢えず、フェニックスを探すのが最優先らしい。
もし見つけることができれば、16年前に失敗した俺達の役目とやらを、完遂できるかもしれない。
「道が見えたな」
頭の上でそう呟いたノームに、俺は頷きながら応えたのだった。
「あぁ」
書き方を少し変えてみました。
読みにくい等のご意見がありましたら、教えて頂きたいです。




