第5話 洞窟の中
ロネリーに案内されてシェルターにやってきた俺は、地面に空いている小さな穴を見下ろして、思わず呟いた。
「シェルターって、この穴のこと?」
「見た目はただの穴ですけど、中は意外と広いんですよ? コロニーの住人以外が入ったら、絶対に迷っちゃいますし。ほら、行きましょう」
「どうしたダレン、怖いのか?」
「怖くねぇよ」
ロネリーに促され、ノームに茶化された俺は、小さなため息を吐きながら穴の中に身を投じた。
先に降りていたロネリーが、壁にかけてあるカンテラを手に取り、俺の様子を伺ってくる。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だぞ。思ってたよりもいい雰囲気で、心が躍ってるところだよ」
じめじめとしていて、かつ、真っ暗な洞窟を見渡しながら、俺は軽い口調で告げる。
「そうですか。それじゃあ、ゆっくりと私の後に着いて来てくださいね」
「分かった」
そういう彼女の後を追うように歩きながら、俺はシェルターの中を見渡す。
基本的に人が1人通れるくらいの狭い通路が、延々《えんえん》と続いているみたいだ。
そして、その通路は少し歩けばすぐに分岐に差し掛かるため、さっきロネリーが言ってたように、道を知らないとすぐに迷ってしまうだろう。
「こんな穴、よく掘ったな。ロネリーも掘ったのか?」
「私は掘って無いですよ。聞いた話だと、ずっと昔からあった穴を活用してるらしいです」
「ふ~ん。ずっと昔からあった、ねぇ」
「まぁ、気持ちは分かります。え~っと、そろそろ着きそうなので、少し静かにしててください。コロニーの皆を刺激したくないので」
「はいよ」
もう幾つの分岐を通って来たのか分からないくらい進んだ頃、ロネリーが俺にそう言った。
確かに、賊から逃げ込んだ先で、警戒も無しに寛いでるわけないもんな。
彼女の言葉に納得しながら、なるべく足音を立てずに歩いた俺は、直後、なにやら通路の中を動く気配を感じた。
前方に2つ、後方に2つ。
襲撃者と思われるそれらの気配を察知した俺が、咄嗟に背後を振り返った瞬間。
闇の中で、なにやら牙のような物が鈍く光った。
その生物はかなり低い位置を、ものすごい速度で進んでくる。
対する俺が、その襲撃者を返り討ちにしてやろうと身構えた時。
カンテラを高く掲げたロネリーが、焦ったように声を上げた。
「やめて!! 私よ!! ロネリーよ!!」
「ロネリー!? コリー!! 止まれ!!」
彼女の声を聞いたらしい何者かが、慌てたように声を張り上げる。
その慌てた声に反応するように、俺に向かって駆けて来ていた小さな生物が、急停止した。
ロネリーの持ってるカンテラの光では、その生物の姿を完全に照らすことはできていない。
仕方がないので目を凝らしてみた俺は、その生物が小型犬だということに気が付いた。
「犬?」
「コリーって名前ですよ。デニスさんのバディです」
補足するように告げたロネリーは、改めて前方に目をやると、暗がりに向かって声をかけ始めた。
「デニスさん? カークさん? 皆は無事ですか?」
「ロネリー!! どうして戻って来たんだ!?」
「そうだぞロネリー!! あいつらがまだ上にいるかもしれないんだ。こんなところに居たら、逃げられないだろ!?」
ロネリーの問いかけに対して、返答になっていない言葉を並べながら、2人の男が姿を現した。
前方から出て来た男は、茶髪に髭を生やしたオッサンという風貌。
後方から出て来た男は、茶髪をオールバックにしたオッサンという風貌。
2人共、ロネリーに向かって声を掛けた後、俺に視線を投げて警戒心をむき出しにする。
まぁ、見たことない男が居たら、そりゃ警戒するよな。
男達の反応に俺が内心理解を示していると、髭を生やしたオッサンが口火を切った。
「ロネリー。この貧相なガキは誰だ? なんでここに連れて来た?」
「デニスさん、大丈夫です。彼は味方ですよ」
正面に居るひげ面の男が、デニスという名前らしい。
と言うことは、俺達の後方にいるオールバックの男はカークという名前なんだろう。
「味方? ロネリー。何度言えば分かるんだ? 世の中には悪い人間が大勢いるんだ。どこの誰とも知らない男を信用するな」
「カークさん。私ももう子供じゃないので、それくらいは分かってますよ。ですけど、彼が悪い人じゃないことも分かってるつもりです」
「しかしなぁ」
ロネリーの言葉を聞いても腑に落ちていないらしいデニスとカーク。
そんな2人を説得するのは少し時間が必要になりそうだと感じた俺は、ロネリーが話し出す前に、話に割って入ることにした。
「あの。長くなりそうなら、俺は外で待っておくけど」
「ガキにしては弁えてるな」
「ちょっと、デニスさん。そんな言い方」
「まぁまぁ、ロネリー。落ち着けって。俺は別にいいから。それより、また賊の奴らが戻ってくるかもしれないのは本当だろ? 俺は外で見張りついでに、奴らが来たら追い払ってやるよ。その間に、そっちで話を付けててくれ」
「でもっ!!」
「おいおい、流石に自信過剰すぎるんじゃないか? たった1人で、大勢の賊を追い払えるわけ無いだろ」
「まぁ、やばくなったら、ファングを呼んで山に逃げるよ。山なら俺の庭みたいなもんだしな」
「待って、ダレンさん。あなたが強いのは私も知ってるけど、地上までの道を覚えてるんですか? 道を知らないのに単独で行動しちゃうと、絶対に迷っちゃいますよ!!」
どうしても俺を引き留めたいらしいロネリーが、そんなことを問いかけてくる。
そんな問いを聞いた俺は、思わず笑ってしまいそうになった。
地上までの道を覚えてるのかって? 変なことを聞くよな。
心の中で独白しながら、俺は自信満々に答える。
「ロネリー。流石に俺のことを馬鹿にしすぎじゃないか? 1度通った道で迷うことなんて、ある訳ないだろ? なぁ、ノーム」
「あっ!!」
「……ノーム?」
俺の答えを聞いたロネリーは、短い声を上げる。
ゲイリーとカークはと言うと、ノームの名前を小さく呟いた後、黙り込んでしまった。
そこでようやく、自分のしてしまったことに気が付いた俺は、苦笑いを浮かべながら、ロネリーに向かって問いかける。
「……あれ? もしかして、ノームの事言っちゃダメだった?」
「ノームって……あのノームか!? ロネリー!! どういうことだ!?」
「ちょ、落ち着いて下さいデニスさん!! ちゃんと説明しますから!!」
洞窟の中に、ロネリーの声が響き渡る。
そんな声を聞きながら、俺はただ、苦笑いをし続けるしかないのだった。