第49話 ずっと続けばいい
ウルハ族の砦付近で、ダレン達が笑い声をあげていた頃。
2人のゴブリンは、ダンドス樹海の奥深くにいた。
四肢を投げ出し、空を仰ぎながら横たわっている二人は、目の下に隈を作りながら、茫然としている。
「ベックス……」
「……」
「ベックス……!」
鎧を身に纏った大柄なゴブリンのケイブが声を掛けても、小柄なベックスは返事をする様子が無い。
ただひたすらに空を眺め続けている彼の様子を見たケイブは、大きなため息を吐いた。
「ベックス……そうやって空を眺めてたら、もう日が昇ってるゴブゥ」
「……」
「そろそろ行かないと、奴らを見失うゴブゥ」
「……」
「それに、オラ、腹が減ったゴブゥ」
「……どうしてゴブ」
そこでようやく、ボソッと呟いたベックスは、次の瞬間、腹を摩りながら座り込んでいるケイブに向かって叫び出した。
「どうしてお前は!! そんなに呑気でいれるゴブ!?」
「ちょ、ベックス、落ち着くゴブゥ」
「落ち着け!? 落ち着けるわけがないゴブ!! お前も聞いたゴブ!? 聞いたゴブな!?」
「聞いたけど……オラ達にはどうしようもないゴブゥ」
怒りに任せて叫ぶベックスから視線をそらすために、ケイブは自分の足元に視線を落としながら、指先で地面をいじり始めた。
そんな彼の様子を見たベックスは、チッと舌打ちをすると、勢いよく立ち上がって近くの木を全力で殴りつける。
太い木を殴った彼の拳から、ポタポタと鮮血が零れる。
しかし、小さな怪我など意にも介さないのか、ベックスはもう一度木を殴りつけた。
「俺達が!! 俺達魔物が!! 生命の欠けた欠陥品ゴブ!? ふざけるな!! ふざけるなゴブ!!」
「ベックス、それ以上殴ったら手が酷いことになるゴブゥ」
「知らないゴブ!!」
ケイブの制止を無視して、更にもう一度強く木を殴りつけたベックスは、流石に腕の痛みに耐えきれなくなったのか、その場にうずくまってしまう。
まるで、悲しみと怒りに打ちひしがれるように動かなくなってしまったベックス。
そんな彼の丸まった背中を見たケイブは、流れるように周囲の木に目を向けた。
2人のいる周囲の木々には、今しがたベックスが殴りつけたのと同じような痕跡が刻まれている。
10本どころじゃない。20本、あるいは30本を超える木々に、彼の怒りと憎しみが染み込んでいた。
すっかり赤黒くなってしまっているそれらの痕跡を見て、大きなため息を吐くケイブ。
彼もまた、落ち着いているようで、心の中はざわついているのかもしれない。
なにしろ2人は昨日、シンと名乗った深霧のドラゴンの言葉を耳にしてしまったのだから。
かのドラゴンは、自分の声が辺り一帯にまで響き渡っていることに気が付いていなかったのだろうか。
バカでかいドラゴンから逃げるために、樹海の中を駆けていた2人の耳に飛び込んできたのは、長らくベックスとケイブが知りたがっていた事。
魔物にバディが存在しない理由。
世界を牛耳っている魔王軍に所属し、下っ端とはいえ働いてきた2人には、欲しいものがあった。
それは、バディだ。
魔王軍に虐げられ、自由に生きることの叶わない人間達が、生まれた時から持っているバディ。
自分達には無いバディと言う存在に、幼い頃のベックスとケイブが憧れを抱くのは、おかしな話じゃないだろう。
そして、自分達よりも劣っていて、虐げられている筈の人間に、ある種の憎しみを抱くのも必然だった。
どれだけ願っても、欲しても、思考を巡らせても。バディを手に入れることは叶わない。
だからこそ2人は、いつも2人で居るのかもしれない。
何かを思い出したように、瞬きを細かくして見せたケイブは、ゆっくりと立ち上がってベックスの傍に向かった。
そして、彼の背中に手を添えながら、口を開く。
「ベックス。そろそろ行くゴブゥ」
「……どこに行くゴブ? 俺達が何をしても、どうにもできないゴブよ」
項垂れながら告げたベックスを励ますように、ケイブが話を続けた。
「まだ分からないゴブゥ。バランスが崩れたのは、奴らが役目を全うしてなかったからって、シンが言ってたゴブゥ」
「……何を言ってるゴブ?」
「簡単ゴブゥ。奴らが役目を果たして、バランスが元に戻れば、オラ達にバディが生まれるかもしれないゴブゥ」
「ケイブ……お前、何を言ってるか分かってるゴブか!?」
「分かってるゴブゥ」
「そんなことしたら、あの悪魔にぶち殺されるゴブ!!」
「そうゴブゥ」
「だったら!! そんなバカな考え持つなゴブ!!」
「バカはベックスゴブゥ。オラ達、なんで魔王様のために戦ってるゴブゥ?」
「それは、出世して、魔王様の役に立って、褒美としてバディを……」
「その魔王様が、奴らの邪魔をして、生命のバランスを崩そうとしてるゴブゥ」
「それは……」
ケイブの言葉にハッとさせられた様子のベックスは、頭を抱え込んで考え出した。
そんなベックスを見つめながら、ケイブは何も言わずに待ち続ける。
しばらくの間、沈黙が続いた後、不意に顔を上げたベックスは、ケイブを見上げながら告げた。
「ケイブ、俺、決めたゴブ」
「遅いゴブゥ。オラはもう、とっくに決めてたゴブゥ」
「うるさいゴブ! そんなことより、早く出発するゴブ!! あいつらの後を付けるゴブ!」
「後をつけるゴブゥ? 仲間に入れてくれって、言いに行った方が……」
「お前は馬鹿ゴブか!? そんなことで仲間に入れてくれるわけがないゴブ!!」
「じゃあどうするゴブゥ?」
「こっそりついて行って、影から手助けするしかないゴブ」
「そんなこと、本当にできるゴブゥ?」
「やるしかないゴブ!! あと、あの悪魔に見つからないようにするゴブ!!」
さっきまで項垂れていたとは思えない程、元気よく立ち上がったベックスは、しっかりとした足取りで歩き出した。
そんな彼の後をケイブが追いかけて歩き出す。
この時、図らずもケイブは、ダレンと全く同じことを考えていたのだった。




