第48話 脅し文句
この世界のどこかに、衰えることのない生物がいるとしたら、皆はどう思うだろう?
自分も、その不可思議な生物の力を手に入れたいって、思うのだろうか。
北に広がる海を指し示したシンが話したのは、そんな眉唾のような話を信じた人間達の物語だった。
人魚の肉を喰らえば、衰えることは無い。
どこからともなく湧いて出た話を信じた人々が、大陸の北の海に集まり、幻の人魚を探すために船を出す。
そして皮肉にも、酷く荒れると知られているその海に出た彼らは、悉く命を落としてしまったらしい。
「あるいは、彼奴等の落とした命を、海の底で拾えるかもしれんな」
薄っすらと笑いながら嘯いたシンは、転じて真面目な表情を浮かべると、こう告げた。
「だが、北の海に人魚がいることは事実だ。そして、火のないところに煙は立たぬとも言う。もしかしたら、あの者達であれば何かを知っているかもしれないな」
それらの話を終えたシンは、これ以上話すべきことは無いようだと言い残して、空へと飛び立ってしまった。
曰く、久しぶりに起きたから、世界中を見て回りたいらしい。
出来れば、その背中に乗せて霊峰アイオーンまで連れてってくれよ。
と言いたかったけど、流石に怒るよな?
「吾輩を馬車か何かと思っているのか!?」と、険しい表情を浮かべるのが見て取れる。
それから、色々あったせいで疲れを感じていた俺達は、ウルハ族の砦で一泊させてもらうことにした。
もちろん、サラマンダーやガーディ、そして赤ん坊も一緒にだ。
まぁガーディに関しては、ウルハ族達と当の本人が渋ってたけど、ロネリーの説得とサラマンダーの懇願で事なきを得た。
なんだかんだ言って、ベックスとケイブの襲撃を退けることができたのは、2人のおかげでもある。
明日礼を言わないといけないな。と思いつつ眠りに落ちた俺は、翌朝、良い香りで目を醒ました。
なんでも、ウルハ族達が湖で取れた魚を焼いてくれたらしい。
その香ばしくて胃をくすぐるような匂いに急かされて、朝食を平らげた俺達は、膨れた腹のまま出立の準備をする。
そして今、俺達は砦の入り口に集まって、フェルゼンに別れの挨拶をしているところだ。
「もう行くんだな。昨日会ったばかりだってのに、もう少しゆっくりしていけば良いのによ」
「まぁ、昨日の話を聞いた後だしな。のんびりしてる気にはなれないよ」
「そうですね。早く私達の役目を果たさないと」
「アタチ達も、暇じゃないってことっチ」
「そうだな」
「フェルゼン、色々ありがとうな。短かったけど、助かったよ。皆にもよろしく言っといてくれ。それと、ザクロの果汁旨かった。帰りに寄る時は、もっと沢山準備しといてくれよ。多分、ペポが飲みたがるだろうし」
「べ、別にそんなことないチ! で、でも、美味しかったのは本当チ。……できればもう一杯飲みたいチ」
「欲望だだ洩れじゃねぇか」
「ノーム、何か文句があるチ? 一緒に空の散歩チながら聞くチ?」
「や、やめろって。目が笑ってねぇだろ! 悪かった。オイラが悪かったから」
「いいじゃん空の散歩~。ウチも行きたいなぁ~」
「私も行ってみたいです。少し怖いですけど……風が気持ちよさそうです」
「俺も行きたいなぁ。ペポの羽毛は気持ちいいし」
「へ、変な目でアタチを見るなチ!!」
「見てないぞ!?」
俺のツッコミで皆が一斉に笑い、俺もつられて笑う。
そうして、賑やかな空気が一旦落ち着いたところで、俺は遠巻きにこちらを見ているサラマンダーに目を向けた。
どこか居心地の悪そうな表情で俺達を見ている彼は、何か言いたそうに口をモゴモゴと動かしている。
「あ、あの……」
「どうした? サラマンダー」
「えっと。その。僕たち、どうしたらいいのかなって、思って」
口ごもりながらもそう言ったサラマンダーに対して、ノームが口を開く。
「どうって、何を言ってんだ? 昨日の話聞いてたろ? オイラ達は」
役目を果たさなくちゃいけない。
多分ノームはそんなことを言おうとしたに違いない。
だけど、彼が最後まで口にすることは無かった。なぜなら、ノームの言葉を遮って、ロネリーが口を開いたからだ。
「ノームさん。話を遮ってごめんなさい。でも、私に少し話をさせてくれませんか?」
「ん? 良いけどよ」
「ありがとうございます」
ノームに対して礼を告げたロネリーは、その碧い瞳を輝かせながらサラマンダーの元に歩み寄ると、まるで目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
そうして、話し始める。
「サラマンダーさん。私、思うんですけど、私達はきっと、役目とかそんなこと関係なしに、一緒にいるべきだと思うんです」
そう言いながら、ロネリーはサラマンダーの背中に寝かされている赤ん坊、アパルの頭を撫で始めた。
頭を撫でられているアパルは、微かな寝息を立てながらも、顔をくしゃくしゃとしてみせる。
そんな様子を見たロネリーは、穏やかな笑みを溢しながら続けた。
「とても辛いことですけど。私達が個人でどれほど強くても、魔王軍のしつこい追及から逃れることはできないと思います」
「それは……」
彼女の言葉を耳にした瞬間、サラマンダーはその真意を理解したのか、悔しそうに俯いてしまった。
それもそうだろう。
なぜなら、今のアパルがまだ赤ん坊だということは、以前のサラマンダーとその継承者が、ここ数年の間に息絶えたことを意味しているのだから。
それは、その事実は、アパルを見た瞬間に俺も気づいていた。
俺達は今、15~16歳で、16年前の魔王軍との戦い以降生き延びることができている。
この差は多分、環境が大きく違っていたことが一番の要因だと思う。
サラマンダー達がどこでどんな風に生きて来たのか俺達は知らない。
だけど推測はできる。
きっと俺のように、完全に外界から遮断されていなかったんだろう。
きっとロネリーのように、身を隠すこともできなかったんだろう。
きっとペポのように、オルニス族に守られてはいなかったんだろう。
だからこそ、サラマンダーは俺達が知らない苦労を知っているはずだ。
そしてロネリーは、まるで脅し文句のように、現実を彼に突き付ける。
「だから、一緒に行きませんか?」
更に言えば、彼女の言葉は俺たち自身の喉元にも突き付けられているんだ。
シンに聞いた話からも分かったように、俺達は失敗してはいけない。次こそは、成功させなくちゃいけない。
それは、単純な勝利の為じゃない。同時に、複雑な事情の為でもない。
帰る場所を守るため。帰る場所を失わないため。俺達は戦わなくちゃいけない。
「僕は……」
全員の視線がサラマンダーに集まっている中、彼はゆっくりと告げた。
「僕も、皆と一緒に行くよ。役目を果たす。それもあるけど、守れなかった人たちの為にも、そして、守りたい人の為にも」
そう言ったサラマンダーは、ゆっくりと首を動かすと、背後に立っているガーディに目を向けた。
一瞬、2人が視線を交わす。
そんな2人を見た俺は、大きく深呼吸をした後、ガーディの元に歩み寄って、思い切り頭を下げた。
「ガーディ。樹海でのこと、本当にごめん。まさか、サラマンダー達があそこにいるなんて思っても居なかった。そして、守っててくれてありがとうな!」
「ベツに、イイ」
頭を下げている俺を見たガーディは、なにやらモゴモゴと口ごもりながら、短く言った。
そして、何かを考えるように頭を抱えた直後、彼は小さく告げる。
「オデ、もうイラナイ?」
少し震える声でそう言ったガーディの言葉に、俺は思わず絶句してしまう。
思ってもみない受け取り方をされたことで、少し思考が固まった俺は、思い切り首を横に振って彼の言葉を否定すると、はっきりと言った。
「そんなわけないだろ? むしろ、俺達と一緒に来てくれないか? ガーディの力を貸して欲しい」
「オデの、チカラ?」
一瞬呆けたガーディは、慌てたように言葉を並べ始める。
「デモ、オデはバディがイナイ。オマエタチとチガウ。だから……」
「だから何チ? アタチだって、ダレンとロネリーと違うチ」
「そうだねぇ~。全身羽毛に覆われてるし、語尾にチを付けてかわい子ぶってるし~」
「か、かわい子ぶってるわけじゃないチ!!」
「え、それってかわい子ぶってたのか?」
「そうなんですか、ペポさん?」
「違うチ!! 子供の頃の癖が抜けないだけっチ!!」
「癖だったのかよ。オイラはてっきり、わざと奇を衒ってるのかと思ってたぜ」
いつものように俺達がペポを茶化して、茶化された彼女がノームに食って掛かっていると、珍しくガーディがケラケラと笑った。
そんな彼の笑みに、思わず全員が黙った時、ガーディがペポに向かって言う。
「オデは、そのチってヤツ、カワイイとおもう……チ」
「……ッ!! マネするなッチ!!」
ガーディの言葉に一瞬照れかけていたペポが、最後の小さな「チ」を聞き逃すはずがない。
すかさず指摘したペポの声が、湖に反射して空へと打ちあがってゆく。
そんな2人のやり取りを見て、笑いながら視線を上げた俺は、一人思ったのだった。
こんな日が、ずっと続けばいいのにと。




