第47話 気づいてはいた
「ふむ……吾輩が眠っている間に、世界は大きく変わってしまったようだ」
「そうなんですよ、でもまぁ、まさか魔王のことも知らなかったなんて、驚きだなぁ」
まさかシンに対して得意げに話せると思ってなかった俺は、ここぞとばかりに胸を張った。
が、こんな俺を彼女が見逃してくれるわけもなく、当然ツッコミが入る。
「ダレンもつい最近知ったばかりチ。偉そうにできないチ」
ちょっとくらい良いだろ?
なんていう文句はさておき、今の俺達の状況を話すとなった時、俺達はサラマンダーとガーディにも話を聞いてもらうことにしていた。
まぁ、後でもう一回話すなんて面倒くさいからな。
呼ばれて渋々話を聞いていたサラマンダーは、今となっては興味深そうな表情を浮かべている。
「僕も知らなかったや……だから父さんと母さんは、僕たちを逃がしたんだね」
「その話を信じるのであれば、やはり、貴様らの役目を果たすことが、ドラゴニュートの望んでいたことなのであろう。しかし……」
各々、感想を述べ始めるサラマンダーとシン。
その中でも特に、シンはなにやら考え込んだ後、納得したように頷きながら告げた。
どうでも良いけど、彼が頷くたびに、ブォンブォンと低い音が鳴るのは多少なりとも威圧感を覚えるよな。
「今の貴様らが霊峰アイオーンに向かったとて、前回同様に失敗するのは間違いないだろう」
「どうしてそう思うんですか?」
ロネリーの素朴な疑問を受け、シンは鼻先で砦の方を指し示した。
「見てみよ。あそこにあるのはなんだ?」
「ウルハ族の砦チ」
「……砦がどうかしたんですか?」
「魔王軍がこの世界を壊滅させたと言っておったな。それにしては、こうして普通に生活できている者共がいる。それはなぜだ?」
そんなシンの問いかけを聞いた俺は、思わずフェルゼンの方に目を向けてしまった。
なんていうか、この質問に対する彼の反応を見たかっただけなんだけど。
案の定、キラキラとした瞳で元気を取り戻したフェルゼンの姿を見た俺は、思わず苦笑してしまう。
「それはもちろん、俺達が強すぎて、奴らの手には負えないってことだろう」
「違うな。答えは簡単だ。完全に攻め滅ぼす必要が無いのだ。そのようなことせずとも、貴様らは少しずつ滅んで行く」
苦笑した俺の予想通り、シンの回答に撃沈したフェルゼンは、再び肩を落として項垂れる。
いちいち忙しい人だなぁ。
なんて、もはやフェルゼンの反応を楽しみ始めた俺の頭の上で、ノームが口を開いた。
「それはどういう意味だ? オイラ達、少しずつ滅んで行ってるのか?」
「分からぬか? ならば、貴様らはもう少しこの周囲に住んでいる生き物に目を向けるべきであろう」
「生き物に……?」
シンの言葉を受け、俺はこの樹海で見た生き物のことを思い出す。
と言っても、大きな蜘蛛の魔物だとか、遺跡の中で襲ってきた魔物達とか。
そんな奴らしか遭遇してない気がするなぁ。
もちろん、道中にチラッと小動物を見ることもあったけど、数はかなり少なかった気がする。
と、俺が頭の中で思考を巡らせている間にも、シンの話は続く。
「吾輩の分かる範囲で検知できる生き物は、貴様らを除いて殆どが、生命を大きく欠落した個体だ」
「生命を大きく欠落した個体?」
「貴様らの言葉でいう所の、魔物だ」
「えっと……それってつまり」
困惑するロネリー。彼女の反応とは裏腹に、俺は妙な納得感を覚えた。
確かにシンの言う通りかもしれない。
そして、彼の言う言葉の真意を、俺がゆっくりと理解し始めた時。
ロネリーの背中から姿を現しているウンディーネが、神妙な面持ちのまま告げた。
「ワラワ達が知らぬ間に、いや、気づいてはいたが特に問題にしなかった間に、世界中に魔物が溢れかえっていた、というワケか」
「そういうことになる」
ウンディーネの言葉を聞いて、俺を含むその場の全員が、多少なりとも危機感を覚えたに違いない。
生命のバランスを整えることができていないから、世界中に魔物が溢れている。
そして、その魔物は魔王軍の戦力になる可能性がある。
うん、ヤバいなこれ。
ってことはなおさら、俺達は役目を全うする必要がある訳だけど……。
そこまで俺が考えた時、シルフィが宙を漂いながら言った。
「それと、ウチらの役目が失敗するって話に、何の関係があるのさ~」
「それほどまでに崩れてしまったバランスを、貴様らの力だけで整えることができるとは、到底思えん。と言う話だ」
「オイラ達じゃ力不足だってことか?」
少し納得がいかない様子のノーム。
彼に対して、小さなため息を吐いて見せたシンは、面倒くさそうに言葉を並べる。
「例えるなら、お前達がしようとしているのは、海の水を全て真水に変えようとするのと、ほとんど同じなのだぞ? どれだけ全力で真水を海に注いだところで、海水が真水になるわけあるまい?」
「あの海の水を……」
シンのたとえ話で納得したらしいロネリー達。
でも、俺にはよく理解できなかった。海の水も、その真水も、どっちも水なんじゃないのか?
「ごめん、俺はあんまりピンと来てないんだけど……」
「海の水はしょっぱいチ。そのしょっぱい海に普通の水を注いで、全部普通の水にするって話チ」
「あの海を!? そりゃ無理だ」
ペポの説明で事の重大さを理解した俺は、遺跡の中から見た海を思い出しながら言った。
あれだけ大量のしょっぱい水を、普通の水で薄めるってことだろ?
無理だよな。普通に考えて。ウンディーネでもできないんじゃないか?
なんて、俺が一人で衝撃を受けていると、ずっと黙って話を聞いていたサラマンダーが、小さな声で言った。
「ってことは、僕たちに足りないのは何なんだろう? 欠けていない生命、それも大量に、とか?」
「中々に察しが良いではないか。吾輩、頭の回る者は好ましく思うぞ」
「えへへ、ありがとうございます」
褒められて嬉しそうなサラマンダーと、そんな彼を認めたような表情を見せるシン。
ん? なんか、扱いが違うような?
ノームに対する態度の差を思い返しながらそう思った俺は、必死に言葉を飲み込んだ。
すると、ここまでの話を整理するように、シンが告げる。
「サラマンダーの言ったとおり、貴様らに足りないのは莫大な生命力と言うものだ」
生命力かぁ。それってどんなものなんだろう?
それっぽいものを色々と想像した俺は、ふと、遺跡での出来事を思い返す。
「そう言えば、ノームなら何とかできるんじゃないか? ほら、俺の怪我を治してくれてたろ? あれって、生命力って感じだよな?」
「うーん……まぁ、試してみても良いけど、オイラ、あんまりうまくいく気がしねぇなぁ」
「どうしてだよ?」
「あれはなんて言うか、借りて来たものって感じがするんだよ。まぁ、気のせいかもしれないけど」
なにか思う所があるのか、そんなことを言うノーム。
手がかりになりそうだと少し期待したけど、ダメだったみたいだ。
なんて、少し気を落としそうになったところに、シンが語り掛けてくる。
「安心するがいい。幸いにも、吾輩は莫大な生命力について心当たりがある」
そう言ったシンは、北の方を鼻先で示しながら、話し始めたのだった。




