第46話 バランス
「あの……ダレンさん? これは一体どういう状況ですか?」
「んー。俺も正直、どういう状況なのかは良く分かって無いんだ」
駆け寄って来たロネリーが、横目でシンを見ながら問いかけてくる。
そんな彼女に対して、肩を竦めながら応えた俺は、気を取り直すように言葉を続けた。
「とりあえず、紹介するよ。彼は深霧のドラゴン。名前はシンっていうらしい」
「ド……ドラゴンって、あのドラゴンチ!?」
「初めて見ました……」
「おっきいねぇ~」
シンを見上げながら口々に告げる彼女たちを横目に、俺はこちらを見下ろしているシンに向かって、声を掛ける。
「それで、2人はロネリーとペポ、ペポの上を飛び回ってるのがバディのシルフィ。ウンディーネは……姿を見せてくれるつもりは無いんだな」
「ごめんなさい。ほらウンディーネ。少しくらい顔を見せてよ」
俺とロネリーの働きかけに渋々応じてくれたらしいウンディーネが、ロネリーの背中から姿を現す。
「ワラワがウンディーネじゃ」
「で、彼はウルハ族のフェルゼンだ」
最後に後からやって来たフェルゼンを紹介した俺は、ウルハ族の多くがまっすぐ砦の方に返っていくのを視界の端で確認した。
ドラゴンがいるのに、全然興味が無いのかな?
まぁ、鉱物にしか興味が無いとか言われても、少し納得できるけど。
と、1人で納得していた俺の頭上で、シンが呟く。
「ノームに、シルフィ、それにウンディーネか……」
「シンは4大精霊のことを知ってるチ?」
「4大精霊? とやらは知らんが、同じ名前の神となら会ったことがある」
「神様ですか!?」
「かつての人間はそう呼んでいた。吾輩はただ、その呼び名を使っているだけにすぎん。もっとも、彼奴等が神だと思ったことなど、一度もないがな」
ふん、と鼻を鳴らしながら言うシンを見ていた俺は、ふと、さっきまでシンが言っていたことを思い出した。
「もしかして、さっき言ってた“奴”ってのは、その神様ってことですか?」
「そうだ。地と植物を操り、携えた笛で自らの眷属を生み出す神。奴は人間どもに住処を与えるため、そこいらの地面の中をほじくり回していた」
シンの話を聞いてピンと来たのか、ロネリーとペポが同時に声を上げる。
「……それって」
「あの遺跡は、神様が作った建物ってことチ!?」
彼女たちの反応は当然のものだろう。なにせ、つい先日まで、その遺跡に居たんだから。
「つまりはオイラのご先祖が、あの遺跡を作ったってことだよな? どおりでデカいわけだ。感心しちまうぜ」
やはりというか、なんというか。頭の上で得意げに言うノームに俺が呆れていると、ロネリーがシンに問いをぶつけていた。
「ところで、シン様はいつからここに居たのですか?」
「あ、ロネリー。それはもう聞いたよ。湖の底で眠ってたらしい。で、例の笛の音で起こされたって」
「湖の底で……息苦しくて眠れそうにないチ」
「問題ない。眠るときは違う姿になるからな」
「違う姿?」
サラッと変なことを言うシンに、俺が思わず呟くと、まるで待ってましたと言わんばかりに、シンが口から霧を吐いた。
先ほどまでとは比べ物にならない程の濃い霧が、辺りに充満する。
そして、あっという間に霧が晴れていったかと思うと、先ほどまでいたシンの姿が消え、代わりに巨大な二枚貝が湖の畔に現れる。
俺達の何倍もある巨大なその貝は、貝殻の真っ暗闇な隙間から例の黄色い目を覗かせながら告げた。
「吾輩は眠るとき、狭い空間に入らないと落ち着けない性分なのだ」
「そんな堂々と言うことじゃないだろ……」
頭の上でぽつりとツッコむノームを無視したシンは、あっという間に元の龍の姿に戻ると、俺達の背後の樹海を睨みながら問いかけてくる。
「ところで、先ほどから気になっておるのだが、あ奴らは何者だ?」
「ん?」
「あ、サラマンダーとガーディさんですね。それに、赤ちゃんもいます」
言われて樹海の方に目を向けると、ロネリーの言う通り、サラマンダーとガーディが茂みの中からこちらの様子を伺っている。
「サラマンダー……本当に全員揃っているのだな。となるとやはり……」
「えっと、シン様? どうかしたのですか?」
なにやら俺達の顔を見比べながら考え込み始めたシンに、ロネリーが問いかけると、彼は鋭い眼差しと共に問いかけてきた。
「貴様ら、このような場所で何をしている? 役目はどうした?」
でたよ、役目。んなこと聞かれても分からないんだけどなぁ。
なんて思いつつ、俺は情報を得るために質問をする。
「結局、その役目って何のことなんですか?」
「無論、生命の循環だ」
「生命の循環?」
考えもしていなかった単語に困惑した俺は、とりあえず、彼の言葉をそのまま反復してみる。
でも、知らないものは知らないんだ。反復したところで理解できるわけがない。
そんな俺を置いてきぼりにするように、シンはさらに続けた。
「貴様らがこのような場所で道草を食っている間にも、この世界の生命は少しずつバランスを崩し始めている。それを肌で感じないというのか? 吾輩ですら、手に取るように分かると言うのに」
「ちょっと待つチ! 生命が少しずつバランスを崩し始めているって、どういうことっチ?」
「分からぬというのか? では、そこにいる赤い髪の者を見よ。明らかにバランスが崩れているではないか」
そう言ったシンは、茂みからこちらを見ているガーディのことを鼻先で示した。
そこでようやく、話に入り込める隙を見出したのか、フェルゼンが口を開く。
「いや、あいつの髪が赤いのは、長いこと鉱物を喰っていないせいで……」
「そのようなことを言っているのではない、戯けが! 目に見える形で、奴の生命は大きく欠けているではないか」
なぜか叱責されたフェルゼンは、少し歯を食いしばった後、力なく肩を落とした。
まぁ、その、なんだ。気にするなよ。
俺がフェルゼンに対して、心の中で密かに励ましの言葉を送っていると、何かに気が付いたらしいロネリーがゆっくりと言う。
「……もしかして、バディが居ないってこと?」
「バディ? そう。それだ。貴様らがそう呼ぶバディというものは、あくまでも貴様らの生命の一部にすぎん。それが居ないという時点で、バランスが崩れているのは明白であろう?」
「それと、俺達の役目に、何の関係が?」
「生命のバランスを保つのが、貴様らの役目だったはずだ。少なくとも、かつての地の神ノームは、吾輩に対して自慢げに話しておったぞ」
そこで一度言葉を区切った彼は、改めてシルフィやウンディーネ、そしてサラマンダーの方を見ながら言う。
「そしてそれは、ノームだけでなく他の3神にも通じる話だったはず」
「そんな話、アタチは聞いたことが無いチ。シルフィも知らないチ?」
「知らないねぇ~」
「私も無いです。ウンディーネは?」
「ワラワも知らぬ。知っていれば、早々に伝えておったはずじゃ」
「変な話だ。役割を担うべき本人たちが、何一つ知らなかったとはな。そうとなれば、もう1つ疑問が生じる。貴様らがバランスを保っていなかった間、誰がその役目を担っていた?」
誰も担っていなかったんじゃないか? だから、バディが居ない人が生まれているんだろうし。
そもそも、そんなことを知っていたら、真っ先に4大精霊を集めようと……。
そこまで考えた俺は、とあることに気が付き、思わず、考えていることをそのまま言葉にしてしまった。
「……ドラゴニュート」
俺の呟きに、ロネリーもペポも即座に反応する。
ハッとしたような表情の皆に視線を配った俺は、改めて確認するようにゆっくりと、疑問を言葉にする。
「なぁみんな。ドラゴニュートが言ったっていう話、霊峰アイオーンに俺達が集まったら、魔王軍に対抗できるってやつ。あれってもしかして、シンの言ってる役目のことを指してたんじゃないかな?」
「……何の話だ?」
当然、話の流れに着いて来れないシンに、俺は淡々と説明をすることになったのだった。




