第43話 取り囲む群れ
「みんな、1箇所に集まるんだ! 迎撃しながら突破口を探ろう」
俺の呼びかけで集まった皆は、四角を作るように位置取って立つと、周囲に警戒をし始める。
どこを見ても大きな蜘蛛の魔物の姿があり、逃げ場所があるようには思えない。
おまけに、蜘蛛の魔物の前足2本は巨大な鎌になっていて、非常に凶悪だ。
そんな様子を観察していると、俺の右肩越しに、フェルゼンが呟いた。
「こいつら、普通なら俺達ウルハ族を怖がって襲ってこないはずなんだが……」
そうなのか。と少し納得した俺は、同時に彼の疑問の答えを頭に思い浮かべた。
まず間違いなく、この蜘蛛の魔物達はリューゲが使っていた笛によって呼び出された奴らだ。
と言うことは、自然に生息している奴らとは別物だって考えた方が良いだろう。
その証拠に、ベックスとケイブは蜘蛛の魔物に襲われるとは微塵も思っていない様子だ。
まぁ、自分が呼び出した魔物に襲われてたら、目も当てられないよな。
「アタチが空から皆を逃がすのはどうっチ?」
「ダメだ、奴らの糸はかなり射程がある。飛んでいる間、無数に飛んでくる糸を、全て避けることができるか?」
「……無理っチ」
ペポの提案は即座に却下されてしまった。
それならばと、俺も右肩越しに提案してみる。
「だったら、岩で壁を作って、強引に逃げるのは?」
「奴らは普段、地面に穴を掘って暮らしてることが多い、あの数だ、あっという間に壁が壊されるだろう」
樹海に住んでいるだけあって、フェルゼンは経験も知識も豊富だ。彼がそう言うのなら、あまり良い策とは言えないってことだな。
そうやって自分を納得させた俺の真後ろで、突然姿を現したウンディーネが、しびれを切らしたように言う。
「それなら、ワラワが辺り一帯を水没させてしまおう」
「それはダメよ、ウンディーネ! 今ここには、サラマンダーと赤ちゃんが居るんだから。溺れちゃう」
ロネリーの言う通り、サラマンダーと赤ん坊の身を危険にさらすのは得策じゃない。
って言うか、サラマンダーたちはこの局面をどうやって乗り切るつもりなんだろう。
出来れば共闘したいところだけど、話を聞いてくれるかな?
俺がそんなことを考えていると、頭の上のノームがポツリと呟いた。
「そうなると……全部倒してしまうってのが、一番現実的か」
「ははは……見たくない現実ってヤツだな」
「おいおい、オイラに任せとけって。この間みたいに魔物どもをがんじがらめにしてやるよ」
考えるだけでもしんどい光景を思い描いた俺は、思わず苦笑いを浮かべた。
対して、自信満々のノームは早速両腕をグネグネと動かし始めている。
と、その時。しばらく黙っていたベックスが、相変わらず笑みを浮かべながら告げた。
「作戦会議は終了ゴブ? もう待つ必要も無いゴブね」
それだけ言った彼は、待っていたかのように右手を上に掲げると、パチンと指を鳴らす。
直後、ずっとこちらの様子を伺っていたはずの蜘蛛の魔物達が、一斉に襲撃を開始した。
ありとあらゆる方向から襲い掛かって来る蜘蛛。
巨大な鎌や顎で俺達を切り裂こうとしたり、無数の糸を浴びせて絡めとろうとしたり。
単体でも厄介な相手だと思いそうなやつらが、ひしめき合って迫り来る恐怖は、かなりのものだ。
それでも俺達は、できうる限りの反撃を加え続ける。
ノームが植物を操って蜘蛛どもの足や体を絡めとり、岩の槍でとどめを刺す。
シルフィは飛んでくる蜘蛛の糸を吹き飛ばして、俺達が絡めとられるのを防いでくれている。
ウンディーネは、無数の水弾を蜘蛛の頭目掛けて撃ちまくって、奴らを窒息にまで追いやっている。
そして俺とフェルゼンは、接近してきた蜘蛛どもをナイフと斧で撃退した。
いくら撃退しても、次から次に湧いて出て来る蜘蛛は、本当に厄介だ。
おまけに、奴らの死骸が増える程、俺達は自然と壁に囲まれたような状態になっていく。
このままじゃ、本当に逃げ道が無くなってしまう。
俺がそんな危機感を覚えながら、ナイフを振り回していると、背後にいたロネリーが叫んだ。
「ダレンさん! サラマンダーと赤ちゃんが!」
彼女の言葉を聞いて、咄嗟に蜘蛛の死骸の上に飛び乗った俺は、サラマンダー達の方を見やった。
炎を放って蜘蛛を焼き殺しているサラマンダーは、しかし、敵の数を捌き切れていない。
このままじゃ、あっという間に背後を取られてしまう。
「俺が向かう! 3人はそのまま……」
ここで俺が抜けたら、3人の負荷が増えてしまう。
そんなことが頭の中をチラついた直後。
俺は、真っ赤な何かがサラマンダー目掛けて駆け抜けてゆくのを、視界の端で捉えた。
群がる蜘蛛の間を縫うように駆けるその赤い影は、通り抜けざまに周囲の蜘蛛を切り裂いている。
飛び散る蜘蛛の緑色の血飛沫と、繰り出される爪の斬撃は、とても鮮やかだ。
そして俺は、その斬撃を見たことがある。
「ガーディか!!」
留まることを知らない様子のガーディは、全く速度を落とすことのないまま、あっという間にサラマンダーの元に辿り着いて、彼らを援護し始めた。
その様子に、俺は大きな違和感を覚える。
同じような違和感を覚えたらしいペポが、激しく乱れる軌道で俺達の頭上を飛び回りながら言った。
「なんか変っチ。蜘蛛の魔物が、全然反応してないチ」
それとほぼ同時に、ベックスとケイブの声が聞こえてくる。
俺は迫り来る蜘蛛の目にナイフを突き刺しながら、その声に耳を傾けた。
「あいつはなんだゴブ!?」
「きっと、ハグレのウルハ族ゴブゥ。バディがいないんだゴブゥ」
「どうしてこんなところにハグレがいるゴブか!?」
多分、ガーディのことを話している彼らは、少し焦りを抱いているらしい。
魔物が反応していないことと、ガーディがハグレであることに何か関係があるのか?
そんな疑問を抱いた俺は、更に変化する状況に対応するため、目の前の蜘蛛を蹴り飛ばした。
「オラ達も出た方が良いかもゴブゥ」
「チクショウ! せっかく高みの見物してるだけで昇進できると思ったゴブに」
視界の端で、各々《おのおの》武器を構え始めるベックスとケイブ。
そんな二人に意識を削がれそうになった俺は、再び別の声を耳にした。
「ガーディ!! アパルを頼むよ!!」
「まかせろ!!」
そんなやり取りが聞こえたかと思うと、赤ん坊を抱いたガーディが、素早い動きでサラマンダーの傍から離れ始めた。
直後、サラマンダーを取り囲んでしまう蜘蛛の群れ。
このままじゃサラマンダーがヤバい!!
そう思った俺は、サラマンダーに覆いかぶさるように群がる蜘蛛の隙間から、煌々とした光が漏れ出てきていることに気が付く。
次第に明滅を始めたその光は、なぜか俺の胸をざわつかせた。
「なんだ!?」
「おいダレン! オイラ、なんか嫌な予感がするぜ!?」
「私も嫌な予感がします!」
「ペポ!! シルフィ!! 一旦こっちに戻れ!! 壁を作るぞ」
徐々に速くなってゆく明滅に、猛烈な危機感を覚えた俺は、ペポ達にそう叫ぶと同時に、岩のドームを形成する。
皆を取り囲むように作ったそのドームが、完全に出来上がる直前。
ギリギリ隙間から中に入って来たペポの背中をさすっていると、鈍い衝撃音が響き渡った。
それと同時に、岩のドームを掘ろうとしていた蜘蛛の音が一斉に止む。
取り敢えずの危機が去ったのかと、恐る恐るドームの外に顔を出した俺は、周囲を見て呟いた。
「爆発……したのか?」
俺達を取り囲んでいた蜘蛛たちが、真っ黒こげになって地面に転がっている。
少し離れたところに居たベックスとケイブは、吹き飛ばされてしまったのか、2人が重なった状態で横たわっていた。
「いたた……頭打ったゴブ」
「ベックス。早くどいてくれゴブゥ~」
微かに聞こえるそれらの声に、少しうんざりした俺は、ドームから外に出るとサラマンダーに目を向けた。
ぐったりとへばっている様子の彼は、地面に突っ伏したまま動かない。
でも、呼吸はしているようなので、生きてはいるようだ。
と、その時。先ほど遠くに離れていったガーディが赤ん坊を抱えたまま戻ってくる。
「だいじょうぶか! サラマンダー!」
「僕は大丈夫だよ。それよりも、アパルは?」
「へいき。オデ達、かくれてた」
そんな彼らのやり取りを聞いて、俺は少し安堵したのだった。




