第42話 対立じゃない
眼前に広がる熱を感じた俺は、咄嗟に後方に跳び退いた。
当然、後ろも何も見ずに跳んだワケで、背中から着地した俺はゴロゴロと転がった後、大木の洞に目を向ける。
「ダレンさん!!」
「敵チ!?」
勢いよく飛び出して来た俺と、木の洞から漏れ出る炎を目にしたロネリーとペポが、木の洞に向かって身構えた。
そんな彼女たちを見た俺は、慌てて声を張り上げる。
「2人とも待ってくれ!! サラマンダーだ!! サラマンダーがいる!!」
「え?」
「サラマンダー!? こんなところに居るッチか?」
「疑うなら当の本人に聞いてくれよ!!」
洞からノソノソと這い出して来るサラマンダーを見た俺は、ペポに目配せをしながらそう言った。
って言うか、こんな樹海の中でサラマンダーが暴れたら、だいぶマズいんじゃないか?
最悪の場合、ウンディーネが何とかしてくれるだろうけど、そうなる前に何とかした方が良いよな。
「サラマンダー、話を聞いてくれ!! 俺達は」
「ガーディ!! どこにいるんだい? ガーディ!!」
俺の話なんか聞いていないのか、洞から這い出したサラマンダーは、首を大きく動かして周囲を見渡している。
そんなサラマンダーの背中には、なにやらお椀のような物が出来上がっていた。
さっきはそんなもの無かったはずなのに。
そう思った俺は、直後、そのお椀の中に赤ん坊が寝かされていることに気が付く。
鱗で出来ているらしいそのお椀は、赤ん坊を運んでいるだけじゃなくて、ある程度の防御力も備えているんだろう。
一目でそこまで分析した俺は、サラマンダーたちが隠れていた太い木に、少しずつ火が回り始めていることに気が付いた。
「ロネリー! ウンディーネ! 火を」
「分かっておる!!」
「火は私達に任せてください!!」
大きく頷きながら消火を始めたウンディーネ達。そんな彼女たちを例の如く無視して、サラマンダーが叫んだ。
「ガーディ!! 大丈夫かい!? 今助けてあげるからね!!」
そう叫ぶと同時に、岩に身動きを封じられているガーディに向かって口を開けたサラマンダーは、煌々と輝く火弾を放った。
咄嗟に身構えて生身で火弾を防ごうとするフェルゼン。
それはマズいだろと内心で叫んだ俺は、全力を込めた左足で地面を踏みつけると、叫んだ。
「ノーム!!」
「分かってる!!」
俺の叫びに応えるように、地面の中に潜り込んでいったノーム。
直後、火弾の進行方向に岩の壁が出現する。
当然、壁に衝突した火弾はボンッという音を立てて霧散し、細かな火の粉を散らした。
「あぶねぇ」
「邪魔するの?」
「当たり前だろ? って言うか、さっきの火弾がガーディに当たったらどうするんだよ」
「ガーディなら大丈夫だよ。僕の火弾なんて、痛くもかゆくもないのさ」
「そんなわけあるか! それに、周りのことも考えろよ、ここは樹海の中だぞ? 火が樹海中に広がったらどうするつもりだ」
「周りなんて、僕らにとってはどうでも良いんだ。どうせ、お前たちも僕たちを捕まえに来たんだろ?」
「違うチ!! アタチ達は」
「うるさいうるさいうるさい!! 僕たちを守ってくれたのはガーディだけだ!! そんな彼を虐める奴らの言葉なんて、信じるもんか!!」
若干涙を浮かべながらそう叫ぶサラマンダーに気圧されてしまった俺は、口を噤んだ。
サラマンダーの事情もガーディの事情も、俺達は何も知らない。
俺の脳裏にはゲベト達の住んでいた村の様子が浮かぶ。
彼らもまた、迫害を受けて来た人々だった。
それと同じような事情が、2人にもあるんだろうか。
そんなことを考えた時、ノームがさっき作った壁の裏から歩み出てきたフェルゼンが、話し始めた。
「ダレン、そのトカゲの言ってることはあながち間違いじゃねぇ」
「フェルゼン?」
「あのガーディってウルハ族は、間違いなくハグレのウルハ族だ。つまり、俺達ウルハ族が、村から追放した奴ってことだ」
「追放した? どうして?」
「バディを持っていないからだ」
「!?」
言われてみれば、俺はまだガーディのバディを見ていない。
ってことは、これもゲベト達の時と同じように、分かり合えない可能性がある。
「あのハグレは髪が赤くて体格も俺より小さいだろ? あれは、定期的に大量の鉱物を口にしていない証拠だ。ハグレのウルハ族は、皆で採掘することができないからな、必然的に鉱物を口にできないことが多い」
淡々とした口調で説明を続けるフェルゼン。
そんな彼の言葉を聞いたペポが、なにやら疑問を抱いたらしく、呟いた。
「でも、食糧庫に盗みに入れるなら、鉱物も盗れたんじゃないっチ?」
途端、黙って俺達の会話を聞いていたサラマンダーが、まるで釈明するように叫ぶ。
「盗みに入ったのはガーディじゃない!! 僕だ!! 彼は何も悪いことなんてしていない!!」
ガーディに罪をかぶせるのが嫌だったのか、必死にそう叫ぶサラマンダーを見て、俺はふと、合点がいった。
多分、サラマンダーが食糧庫に盗みに入ったのは本当なんだと思う。
理由はいくつかあるけど、食糧庫を確認した時、盗まれていたのは果物が多かった。
つまり、肉とか鉱物じゃなくて、果物だけを盗んだってことだ。
その理由は、深く考えるまでもないだろう。赤ん坊だ。
多分、ハグレとして生きて来たガーディなら、自身の食料を獲ることくらい、自力で出来るはずだ。
サラマンダーも、さっきの攻撃を考えると、なんとかできるだろう。
でも、赤ん坊に食べさせる食べ物に適している物を、彼らが自力で準備できるのか?
片や、カタコトで話すウルハ族。片や、生まれたばかりのサラマンダー。
多分、知識とかが足りなかったんだ。
だから、とりあえず一番近くの集落であるウルハ族の砦から、備蓄されている果物を盗った。
そこにある物なら、とりあえず食べれるってわかるから。
そして多分、サラマンダーは地面の中を掘って進める。
だからこそ、彼らは今の今まで誰にも見つからずに逃げ回れた。
頭の中でモヤモヤと浮かんでいた疑問が、次々と鮮明になる感覚に、俺は溺れそうになる。
これらはあくまでも俺の推測だ。だけど、結構あってる気がする。
となると、俺達が今するべきことは、対立じゃない。
そう判断した俺は、地面を2度足で叩き、ノームに合図した。
「どうした?」
合図につられて地表に出て来たノームに、俺は言う。
「あのハグ……ガーディを、解放してやってくれ」
「良いのか? また襲われるかもしれないぞ!?」
「良いから。それに、俺達は1発くらい殴られた方が良いのかもしれないな」
「ダレン、どうしたチ? 何かあったチ?」
「いや、まぁ、色々と気づいたというか。とりあえずは……」
謝ろう。
俺がそう言いかけたその瞬間。
樹海の中に甲高い笛の音が響き渡った。
突然の音に驚いた俺達は、慌てて周囲を見渡す。
「この笛の音、聞いたことあるチ!!」
「ダレンさん!! これって!!」
「なんだ? お前ら、この音を知ってるって言うのか!?」
消火を終えたロネリーがウンディーネと共に駆け寄ってくる。
そんな彼女達と合流した俺達は、身構えながら周囲に警戒した。
俺達に感化されるように、サラマンダーも警戒している。
視界の端で、岩に拘束されていたガーディが解放されているのを見て取った時、俺の耳が聞き覚えのある声を拾った。
「もう少し仲間割れしててくれればよかったゴブ」
「そうゴブゥ。オラたちの仕事を増やさないで欲しいゴブゥ」
そんなことを言いながら樹海の中から姿を現した2人のゴブリンを見て、俺とペポが叫んだ。
「ベックスとケイブ!!」
「デコボココンビっチ!!」
「誰がデコボココンビだゴブ!!」
「でも実際、オラ達の身長はデコボコゴブゥ」
「うるさいゴブ!! ケイブは少し黙ってろゴブ!!」
「ひどいゴブゥ」
後ろを向いて項垂れる大柄なケイブ。
彼を放って俺達を睨みつけて来たベックスは、その赤い髪を撫でつけながら言った。
「サラマンダー。ようやく見つけたゴブ。これで俺達も、昇進間違いないゴブ!!」
「なんなんだお前達は!! 僕に何か用でもあるのか!?」
「もちろんゴブ!! でも、別に対話するつもりは無いゴブ!!」
問いかけるサラマンダーにベックスがそう返した直後、俺達は無数の視線を全身に浴びることとなった。
四方八方、至る所から注ぎ込まれる無数の視線。
木の上からも降り注がれる視線の正体を確認した俺は、思わず顔を引きつらせてしまう。
「デカい蜘蛛だっチ!!」
身体を震わせながらそう叫ぶペポにつられて、俺も全身が震えそうになる。
全部で何体居るんだろうか。真っ赤な複眼を持った巨大な蜘蛛に囲まれている状態は、まさに絶体絶命だ。
そんな俺達をあざ笑うかのように、ベックスが声を張り上げた。
「ここでお前達を全員捕まえれたら、俺達は更に昇進するに違いないゴブ!!」
「でも、これじゃああなた達も逃げれないんじゃ……」
強がっているのか、少し震えながらそう言ったロネリーに対して、ベックスはニヤって笑みを浮かべる。
そして、その笑みを浮かべたまま、告げたのだった。
「それはどうゴブかな?」




