第41話 赤いハグレ
「結構樹海の奥まで入って来たな」
ノームの案内に従って歩を進めていた俺達は、随分と樹海の深いところまでやってきていた。
周囲の木々《きぎ》は鬱蒼と茂っていて、人の気配は完全に無い。
代わりと言っては何だが、時折、俺達を狙うような鋭い視線が、至る所から感じられた。
「あの、ノームさん。目的地はまだ遠いんですか?」
周りの視線に警戒をしながら、ロネリーが先頭を行くノームに尋ねる。
そんな彼女に目を向けながら、ノームは軽い口調で答えた。
「あぁ、もう少し先まで続いてるみたいだぜ」
ノームの言う“もう少し”がどれくらいなのか、俺達には見当もつかない。
目的地が明確に分かっているのと、そうでないのでは、このあたりの感覚に大きな違いが生まれる。当然だよな。
具体的にどれくらいの距離なのか聞いておこうか。なんて俺が考えたその時、しびれを切らしたのか、ペポが両翼を広げながら告げた。
「アタチ、ちょっチ飛んで先を見て来るチ」
「やめておけ。このあたりは蜘蛛の魔物が出る。数日前、樹海の上を飛んでる鳥が、無数の糸に絡めとられるところを見てだな……」
「……やっぱりやめとくチ」
フェルゼンの言葉を聞いた彼女が、そして俺達が、強烈な不安を抱えたのは言うまでもない。
気のせいかもしれないけど、周囲から注がれる視線に、猛烈な殺気を感じる。
「それが良い。奴らに捕まると悲惨だからな。最悪、生きたままミノムシにされて、動けないまま数週間は吊るされるぞ」
「フェルゼンさん……不安になること言わないでくださいよ」
「大丈夫だ。俺の傍にいれば、奴らが襲ってくることは無いだろう。なにしろ俺は、ウルハ族だからな」
「ウルハ族だから襲われないって、どんな理屈だよ」
不安げな表情で辺りを見渡しながら口を開くロネリーと、何故か自信満々に言ってのけるフェルゼン。
そんな2人の、主にフェルゼンの発言に俺がツッコミを入れたところで、ノームが勢いよく振り返った。
直後、ノームは血相を変えながら告げる。
「……っ!? ダレン!! 気を付けろっ!!」
「!?」
声を聞くと同時に、ポケットにしまっておいた岩のナイフを取り出し、構えた俺は、直後、何者かの襲撃を受けた。
真っ直ぐ前方から、一直線に俺に向かって飛びこんでくる赤い影。
一瞬目にしたその赤が、長い髪の色だと気が付くのに、数秒かかった。
まるで、獣のように低い体勢で地を駆け、俺達を翻弄したそいつは、鋭い爪を使って切りかかってくる。
「この野郎!! 魔物か!?」
爪の攻撃をナイフで捌きながら俺が叫ぶと、ほぼ同時にフェルゼンが同じく叫んだ。
「ハグレか! ダレン、そいつから離れろ!!」
「そうは言っても、うわっ!!」
長くてゴワゴワとした赤い髪を盛大に揺らしながら、爪の猛攻を繰り出すそいつに、俺が少し押され気味になった時。
周辺の空気が、一気に騒めいた。
「ダレンから離れるチ!!」
頭上から聞こえて来るその声に釣られるように、俺の身体が勢いよく浮かび上がり、後方に退避させられる。
何事かと視線を上げた俺は、宙に浮かんでいるペポとシルフィを見て、事態を察した。
「ダレンさん!!」
俺の傍に駆け寄って来るロネリーに、大丈夫だと頷いて見せた俺は、赤髪を警戒しながら、フェルゼンに声を掛けた。
「おいフェルゼン、こいつは何者だ?」
「こいつは……あぁ、間違いない。ハグレのウルハ族だ」
「サレ!! そのサキ、イクナ!!」
身構えているフェルゼンに呼応するように、唸り声を上げながら声を発する赤髪のハグレ。
言われてみれば、少し硬めの髪質や体つきなんかは確かに、かなり小柄なウルハ族にも見える。
少しカタコトなのは、育った環境が影響してるんだろうか?
取り敢えず、俺達の向かってた方向から姿を現したこいつが、食糧庫に忍び込んだ奴と関わりがあるのは間違いなさそうだな。
「この先にこいつの住処があるってことだな」
「泥棒はこいつってことチ?」
「その可能性は高いだろうな」
ペポの言葉に賛同して俺が頷いた時、隣にいたロネリーが首を傾げながら呟いた。
「でも、それじゃあ地面の中の穴って、何のために掘ったんでしょうか?」
彼女の言葉を皮切りに、一瞬、沈黙が訪れそうになった時。
気が付けば姿を見せていなかったノームが、地面から飛び出て来て声を上げた。
「おい、皆聞いてくれ!! オイラ気づいちまったぞ」
「どうしたノーム」
俺をほったらかして、先の様子を見に行ってたのかよ!!
というツッコミを我慢して、俺はノームに問いかける。
「こいつの住処っぽい場所がこの先にあるんだけどな? そこに、人間がいる」
彼の言葉に真っ先に反応したのは、フェルゼンだ。
「人間? ハグレが人間と一緒に住んでるってことか?」
「いや、そうじゃねぇ。聞いて驚け、その人間ってのは、赤ん坊だ」
「え? 赤ん坊って、こんな樹海の中にですか!?」
「あぁ、間違いない。確かに赤ん坊だ」
「カエレ!! カエレ!!」
まるで、ノームの言葉を聞いて焦りを抱いたかのように、ハグレが声を張り上げる。
そんなハグレを睨みつけた俺は、ナイフを構えたまま皆に告げた。
「とりあえず、こいつを大人しくさせて、その赤ん坊の所に行こう!!」
「援護するチ!!」
「私も!! ウンディーネ、手伝って!!」
「仕方あるまい」
そうして俺達は、ありとあらゆる手を使って、赤髪のハグレを拘束することに成功した。
まぁ、そう簡単じゃなかったけどな。
木の根とか風とか水で動きを封じようとしても、上手く躱される。
全員で囲い込もうとしても動きが速すぎて捕らえられない。
最終的には俺とフェルゼンが接近戦に持ち込んで、何とかねじ伏せることに成功した。
おかげで、ハグレの全身を岩で拘束出来たってワケだ。
「手こずらせやがって……それにしてもお前たち、中々やるじゃないか」
「まぁな」
身体を拘束されてもなお、喚き散らかしているハグレを見下ろしながら、俺は短く応えた。
少し息が上がりそうになってたけど、まぁ、言う必要はないだろ。
「それよりも、早く赤ちゃんの所に向かいましょう!!」
ノームから赤ん坊のことを聞いた時から、人一倍そのことを気にしていたらしいロネリーに急かされて、俺達は先を急ぐ。
そうして、やたらと太い木の麓にたどり着いた時、ノームが言った。
「そこだ、その大きな木の洞の中に、子供がいる!!」
ノームの指し示す場所には、確かに人が入れそうな洞がある。
多分、入っても大丈夫なんだろうけど、一応警戒しておくか。
そう考えた俺は、皆に目配せをしながら提案した。
「まずは俺が様子を見る、皆は周りに警戒しててくれ」
フェルゼンにはハグレを監視してもらわないといけないし、ここで体を張るべきなのは俺だよな。
なんて思いながら、洞の中を覗き込んだ俺は、こんもりと盛られた草葉の上に寝ている赤ん坊と、トカゲのバディを目にした。
「だ、誰だ!! 僕らに近寄るな!!」
「ん、お前は……その子のバディか?」
赤黒い鱗を持ったそのバディは、少し気弱そうな口調で言う。
「そうだ!! き……お前こそ誰だ!!」
俺のことを一瞬、“君”って呼ぼうとした辺り、このバディは随分と見栄を張っているらしい。
まぁ取り敢えず、罠の類はなさそうだな。そう判断した俺は、素直に名乗ることにした。
「俺はダレンだ。ここに子供がいるって聞いて、助けに来たんだよ」
「た、助けに? ……だ、騙されないぞ!! ガーディはどうした!? 彼がお前達を追い払いに行ったはずだぞ!!」
俺の言葉を聞いてほんの少しだけ驚きと喜びの目を見せたトカゲのバディは、しかし、すぐに視線を尖らせる。
よっぽど俺のことを信頼できないらしい。まぁ、初対面だし、仕方が無いよな。
取り敢えず、彼の口から出て来た名前について触れることにしよう。
「ガーディ? ってのは、赤い髪をしたハグレのウルハ族のことか?」
「まさか……!! お前達、ガーディに何をした!! 許さない!! 許さないぞ!! 僕らから父さんと母さんを奪って、ガーディまで……」
「おい、ちょっと待った……」
少し涙目になりながら話を進めるトカゲのバディ。
そんな彼を制止しようと俺が口を開いたその時。彼は一息に言う。
「許さないからな!! 僕が、このサラマンダー様が!! 仇を討ってやる!!」
「な!? お前、今なんて!?」
驚きで目を見開く俺のことなんて目に入っていないのか、サラマンダーはその大きな口を開いて、猛火を放ったのだった。




