第40話 進入路
切なさとも、喜びともとれるフェルゼンの笑みを見た俺は、思わず呟いてしまった。
「大切な人だったんだろ? 辛いよな」
そんな俺の呟きを聞いたフェルゼンは、鼻を小さく鳴らしながら更に笑う。
「子供に心配されるようじゃ、俺もまだまだだな」
「大人だとか、子供だとか、私はあんまり関係ないと思います」
彼を励まそうとしているのか、そう告げたロネリーは、少し元気がない。
対するフェルゼンは彼女の励ましを聞きながらも、すました顔で言ってのける。
「言っただろ? 覚悟はできてたんだ。俺達に足りなかったのは確信だけさ。だけど、こうして事実を知れたんだ。それだけで俺達は、奴を弔ってやれる」
そう言ったフェルゼンは慣れた手つきでカップを手に取り、中身を飲み干そうと口を付ける。
しかし、先ほど一気に飲み干してしまっていることを忘れていたのか、彼はカップの中身が空であることに気が付くと、肩を竦めながらため息を吐く。
空いたカップを机の端に退けたのは、再び手に取らないようにするためだろう。
そうして彼は、机の上で両手を握り合わせて、元気良く告げた。
「今日は盛大に祝わねぇとな!!」
「祝うのかよ」
故人を偲んで思いを馳せる、とか。普通はそんな感じじゃないのか?
なんてツッコミを俺が言う前に、フェルゼンが言葉を並べたてた。
「当たり前だろ? 奴の頑張りの結果、今日こうしてお前たちが俺達の前に現れたようなもんだ。これを祝わずして、いつ祝うってんだ? ……それに、俺は酒が飲みてぇ」
「ただの酒好きっチ」
最後の最後に漏れ出たフェルゼンの呟きを、聞き逃さずに拾い上げたペポ。
彼女の鋭いツッコミに、部屋に居た全員が小さな笑みを溢した。
ひとしきり笑いが部屋を満たした後、思い出したようにフェルゼンが呟く。
「でもなぁ……肝心の酒がねぇんだよ」
手持無沙汰な両手を頭の後ろに回して、上半身を伸ばすフェルゼン。
その豪快な動きに床が軋む中、俺は疑問を口にした。
「無いって、作ったりしてないのか?」
「もちろん作ってるに決まってるだろ? だけどよ、最近食糧庫に、泥棒が入るようになったんだ」
「泥棒!? この砦の中に侵入できる泥棒なんているんですか?」
驚くロネリーに、フェルゼンは説明を続ける。
「それが不思議なんだよ。見張りはしっかりと立ててるはずなのに、気づいたらゴッソリ持っていかれちまってる。……だから残念だけどな、お変わりはねぇぞ?」
上半身のストレッチを終えたフェルゼンは、その大きな目をペポに向けて、静かに言った。
一瞬、沈黙が小屋の中に広がり、視線がペポに集中する。
すっかり空っぽになってしまっているカップと葦を、翼でいじっていたペポは、沈黙と視線に気が付くと、慌てたように声を上げた。
「チ! 違うチ!! 別に、おかわりが欲しいなんて思ってないチ!!」
「物欲しそうにコップの中を覗き込んでたけどな」
「ダレン、黙るチ!!」
キッと睨みつけて来る彼女の様子を楽しんだ俺は、背もたれに体を預けつつ、両手を頭の後ろに組んだ。
「まぁ、冗談はさておき。この砦に入れる泥棒って、ただ者じゃないよな」
「そうですね」
ボンヤリと天井を見上げながら言う俺に賛同するロネリー。
更に、俺を睨んでいたはずのペポまでもが、視界の端で頷きながら言った。
「何か怪しいチ」
「ペポもそう思うか?」
「なんだ? お前ら、泥棒に心当たりでもあるのか?」
俺達を見定めるように視線を動かすフェルゼン。彼の疑問は至極当然だ。
でもまぁ、俺達が心当たりがあるのは少し違う奴らなんだよなぁ。なんて思いつつ、フェルゼンに目を向けた俺は、小さく頷きながら言った。
「いや、泥棒にって言うか、コソコソと何かを企んでる奴らになら、心当たりはあるかもしれないって話だ」
「企んでる?」
何かを訝しむような表情で呟くフェルゼンを見た俺は、頭の上にいるノームに声を掛けた。
「ノーム、食糧庫を漁った泥棒なら、何かしらの痕跡を残していくと思わないか?」
「ん~、まぁ、可能性はあるだろうな?」
「ってことは、ノームの力があれば、そいつの元に道案内することもできるよな?」
「流石にそれは無茶じゃねぇか? ……って言いたいところだけどよ、まぁ、やってみる価値はあるかもしれねぇ」
少し言葉を濁しながらノームが告げた直後、ロネリーやペポが次々に口を開いた。
「流石ノームさん!!」
「使える男っチ」
「頼れるバディだねぇ~」
既視感のある流れに思わず苦笑いを浮かべながら、俺は流れに乗ってノームに提案する。
「じゃ、そう言うことだから、頼んだぜノーム」
「なんか良く分からねぇけど、頼まれてくれるか? ノーム」
この流れに乗り遅れるなと言わんばかりに、フェルゼンまでもが俺の頭上に向かって告げた。
再び訪れた沈黙。
当然ながら小屋の中の視線は全てノームに注がれている。
「……おい、ちょっと待て!! また便利な道具扱いしてるだろ!! もうオイラ、泣いちまうぞ!!」
数秒の沈黙に耐えかねたようにノームがそう叫ぶと、それを合図にしたかのように、ロネリーの背中からウンディーネが姿を現した。
「ワラワのためと思えば苦ではあるまい?」
「苦だよ!! なんならオイラ、絶句しちまうよ!!」
ノームがそう叫んだ直後、俺とノームは全身ずぶ濡れになっていた。
いやまぁ、確かに流れには乗ったけど。まさかこんな目に合うとは思ってなかった。
少し釈然としない気持ちを抱きつつ、なんとかノームを説得した俺達は、その足で食糧庫に向かう。
そうして、地面に潜ったノームを待つこと数分。
あっという間に戻って来た彼は、開口一番に気になることを言った。
「なぁ、食糧庫って普通、床から外に繋がる穴とか作らないよな?」
「穴!? そんな穴、俺達は知らないぞ!!」
驚くフェルゼンだったが、実際にノームの指示通りに床板を剥いだ俺達は、そこに小さな穴を見つける。
大きさは子供が1人通れる程度だ。
「これは……完全に穴ですね」
「間違いなく泥棒の進入路チ」
「大手柄だな、ノーム」
「ま、まぁな。でも、この穴……」
「何か変なのか?」
何かを言い淀んだノームに問いかけてみるけど、彼は頭を傾げながら口を噤んでしまう。
まぁ、本当にヤバい何かがあれば、迷わず言うだろ。と俺が思った時、気を取り直したらしいノームが告げる。
「いや、まぁ、穴の先に行けば、何か分かるかもしれねぇな。とりあえず、オイラが案内してやる、全員着いて来い!!」
そう言ったノームに付き従う形で、俺達は砦の北、樹海の中へと足を向けたのだった。




