第39話 端的に、簡潔に
屈強なウルハ族の視線を集めながら砦の中を歩いた俺達は、フェルゼンの案内で小屋に通された。
小屋と言っても、ウルハ族が使うことを想定した小屋なので、俺達にとっては何もかもが大きく感じられる。
当然、備え付けられている机や椅子も、よじ登らないと座れない程だ。
そんな椅子に腰を下ろした俺達は、落ち着かないながらも一息吐く。
まるで小人にでもなってしまった気分だなと思いながら、俺は頭の上のノームを盗み見た。
「おい、なんでオイラを見るんだ?」
「いや別に」
そう言って、視線の意味をごまかした俺は、ペポとロネリーに目を向ける。
「ちょっと待っててくれ、客人なんて久しぶりだからなぁ。準備してくるぜ」
そう言って小屋から出て行ったフェルゼンを見送ったところで、ロネリーが口を開いた。
「とりあえず、何が出て来ても皆さんは何も食べたり飲んだりしないようにしてください。まずは私が毒見をしますので」
「わかったチ」
「そうしてくれると助かる。頼んだよ、ロネリー、ウンディーネ」
「それにしても、ウルハ族……想像よりも大きかったチ」
「ペポはウルハ族の事知ってたんだな? それも、小さい頃に聞いてたのか?」
「聞いてたチ。2人は知らなかったチね?」
「私は知りませんでした。まさか、あんなに大きな種族がいるなんて、想像もしたことなかったです」
「だな。オイラも驚いたぜ」
「背の高さだけなら、オルニス族と同じくらいって感じだよな」
「そうチ? アタチたちは、あんなに大きくないチ」
なぜか不服そうに否定してくるペポに、俺はそれ以上追及することをやめた。
オルニス族もウルハ族も、顔を見上げる感じが同じだから、多分背丈はほぼ同等なんだと思う。
違いがあるとすれば、体格だな。
大きな翼を綺麗に畳んで立つオルニス族は、風を切って飛ぶためなのか、縦長でスマートなシルエットをしている。
それに対してウルハ族は、採掘をするためなのか、全身の筋肉が発達しているらしく、筋骨隆々だ。
おまけに、フェルゼンを含む多くの者が、まるで獣のような黒くて長い頭髪を持っているため、豪快な印象を与えてくる。
見た目だけなら、かなり粗暴なイメージを抱きそうになるけど、フェルゼンみたいに話の出来る奴が居るらしいから、大丈夫だろう。
胸の中に沸いた小さな安心感。それを確認するように、俺はペポに問いかけてみた。
「さっき話した感じだと、敵ってわけじゃなさそうだけど……大丈夫だよな?」
「分からないチ。16年前の話だと、ウルハ族は魔王軍と戦ってないチ」
「そうなんですか?」
意外な返答に少し驚いた俺は、ロネリーの疑問に賛同するため、ペポを見つめて言葉の先を促すことにした。
「そうチ。サラマンダーを探している時に、偶然、グスタフと出会ったらしいチ」
「そのグスタフってのが、16年前にサラマンダーをバディに持ってたウルハ族の事なんだな?」
「チ」
短かな声と共に頷いて見せるペポ。
そんな彼女に、俺がもう一つ質問をしようと口を開きかけた時。小屋の扉が開かれ、フェルゼンが戻ってきた。
「おう、待たせたな。ちょっとばかし多いかもしれねぇが、気にしないでくれ」
そう言ったフェルゼンが机の上に並べたのは、俺の頭くらいはありそうなデカいカップ。
どう考えても、飲み干すことなんてできない。おまけに、並々までカップを満たしているのは、見たことのない赤い液体だ。
そもそも、カップを持ち上げる事が出来ないし。
苦笑いを浮かべながら俺がそんなことを考えていると、フェルゼンは俺達の前に並んでいるカップに、筒状の棒を挿し入れた。
「葦だ。それで吸えば飲めるぞ」
「ありがとうございます。ところで、この飲み物は何ですか?」
俺と同じように苦笑いを浮かべているロネリーが、葦で赤い液体をかき混ぜながら尋ねた。
「ザクロの果汁だ。これもまた旨いぞ。なにしろ、今日採れたてのザクロを使ってるからな」
「果汁……ですか」
質問に答えたフェルゼンが、ザクロの果汁を一気に飲み干したのを見て、ロネリーが口を噤む。
そうして、一瞬躊躇した彼女はそっと葦を咥えると、目を閉じて呼吸を止めた。
それらの動作を横目で見ていた俺は、彼女の仕草に少しドギマギとしながら反応を待つ。
直後、一瞬にして目を見開いた彼女は、葦から口を放して告げた。
「美味しい!! すごく甘いですね」
「だろ? 仕事の合間に飲むザクロの果汁は、身体に染み渡るんだぜ」
満面の笑みを浮かべるフェルゼンとロネリーを見た俺は、一瞬ペポと顔を見合わせた後、慌てるように葦を咥えた。
「旨いチ!!」
「おぉ、確かに。これは美味しいな」
「おいダレン。オイラにも飲ませろ!!」
「落ち着けって」
「気に入ってもらえたみたいで、何よりだ」
俺達の様子を見たフェルゼンは、そう言いながら向かいの椅子に腰を下ろし、話し始める。
「それじゃあ、話の続きをしようか」
端的に切り出したフェルゼンは、昔を思い返しながら話し始める。
「グスタフは、俺達の中でも群を抜いて強い男だった。バディのサラマンダーと戦えば、何者にも負けない力と知略を持っていたし。何より、腕力で敵う奴は居ねぇ。だから当然、俺達にとって憧れの存在だったぜ」
「そうなのか」
「そんな奴が、16年前のある日、突然この砦を出るって言いだしたんだ。俺達も理由を聞いたけどよ。奴は何も言わずに出て行っちまった。俺もガキだったからよぉ、文句垂れてたのを覚えてるぜ」
「何も言わずに……ですか」
「そうだ。事情を知ったのはそれから数年が経ったある日のことだ。魔王軍の奴らが、この砦に攻め込んで来やがってな。まぁ、当然。返り討ちにしてやったけどよ」
「返り討ちに……流石っチ」
「まぁな。俺達に掛かれば、魔王軍の奴らなんざ敵じゃねぇ。そん時、奴らの狙いが俺達ウルハ族の殲滅だってことを知ったんだ。奴ら、グスタフと戦ったらしいな。結果、俺達が脅威だって認識したんだろう」
「それでこの砦を作ったのか?」
「その通りだ。撃退するために岩を掘れなくなったら、本末転倒だからよ」
「そっちの方が重要なんですね……」
「当たり前だろ? で、ペポとか言ったか? グスタフのこと知ってるってことは、奴が今どこにいるのか知ってるんだろ? 教えてくれねぇか?」
フェルゼンのその問いかけを聞いた俺達は、思わず口を噤んでしまった。
『セルパン川に架かる橋の上で、まず初めにサラマンダーが命を落とした』
いつしか、ロカ・アルボルでホーネットが言っていた話。
霊峰アイオーンに辿り着いた4人が、何もできずに撤退する最中のこと。
魔王軍に追われる一行の殿を務めたのがサラマンダーだという話。
今の口ぶりからすると、フェルゼンは魔王軍と4大精霊の戦いなんて知りもしないんだろう。
だとするなら、この話を伝えるのは酷かもしれない。
なんといえば良いのか。言葉を選ぶ必要がある。
そう考えた俺が、ペポやロネリーと顔を見合わせた時。
深いため息を吐いたフェルゼンが、落ち着いた口調で言った。
「聞かせてくれ。俺達はもう、覚悟はできている。それに、なんとなく想像もついている」
その言葉を聞き、ペポがゆっくりと話し始めた。
ロカ・アルボルでホーネットが話していたのと同じ話を。
俺達が、16年前のやり直しをしようとしている話を。
グスタフとサラマンダーの結末を。端的に、簡潔に。
それらの話を聞いたフェルゼンは、満面の笑みを浮かべて、そっと漏らしたのだった。
「……そうか、そうだったんだな」




