第38話 ウルハ族の集落
「いやぁ、悪い悪い。てっきりまた、魔王軍の奴らが悪さしてんのかと思ってなぁ。すまなかった」
頭をボリボリと掻き毟りながらそう言ったのは、屈強な体を持った大男。
服装は上半身裸で、身に着けているズボンは泥で汚れているといった格好だ。
水浴びのためにノームが作り出した壁を、簡単に覗き込めるってことは、身長は2メートル以上あるだろう。
背が高いだけでなく、腕っぷしまでもゴツゴツとしている彼らは、唖然としている俺達を見下ろしながら続ける。
「俺の名はフェルゼン。この湖の近くに住んでるウルハ族のモンだ。で、こいつが俺のバディのストゥン。良い名だろ?」
「ストゥンだ。よろしくな」
フェルゼンの右肩に乗っているツバメ型のバディが、短く告げる。
「あ、あぁ。よろしく」
少し戸惑いながらも、そう返事をした俺は、そっとロネリー達の方に視線を投げた。
この流れで俺達も自己紹介した方が良いのか、尋ねようと思ったんだけど、そんな俺の思惑を余所に、彼女たちはまだ動揺しているらしい。
全く俺と目を合わせてくれない。
ちょっと裸を見たくらいで、何をそんなに動揺してるんだか。ここは俺がしっかりしないとだな。
「と、ところでフェルゼン。きょ、今日は天気が良いな」
「おいダレンどうした? なに動揺してるんだ?」
「べ、別に、動揺なんかしてないぞ!?」
頭の上のノームにそう返しながらも、俺はさっき見た光景を思い浮かべる。
壁を飛び越えて着地した時に、俺は視界の端で確かに見たんだ。
一糸まとわぬ格好でしゃがみ込み、フェルゼン達を見上げているロネリーの姿を。
胸元や股辺りを両手で隠しながらしゃがみ込む彼女の素肌が、白く輝いていたように見える。
その輝きは、ペポの羽毛の柔らかさとはまた違った魅力を持っているように、感じられた。
おまけに、しっとりと濡れた金髪が素肌に貼りついている様子も、俺の胸中をざわつかせる。
そんな光景を思い出す度に、俺の心臓が早鐘を打つんだ。
ダメだ、思い出すと動揺してしまう。でも、思い出さないようにすると、逆に意識してしまう。
今はそれどころじゃないってことくらい、分かってるんだけど。
意識しないなんて、できるわけが無かった。
「ダレンもロネリーも、少し変だチ」
そう言うペポは、殆どいつも通りの姿のままだ。
ロネリーと一緒に水浴びをしてたはずだけど、彼女の羽は水を弾いてしまうらしい。
便利だよなぁ。
なんて考えて意識を逸らそうとした俺は、だけど、否応なしに視界に入って来るロネリーの後姿を見て、再び動揺した。
「ダメだこりゃ。こいつら、さっきので完全に動揺してるぜ。仕方がねぇから、オイラ達で話を聞こうぜ、ペポ」
「仕方がないチ」
「ウチも居るんだけどなぁ~」
「真面目に話を聞けるのか?」
「ウチが真面目に? そりゃ無理だねぇ~」
「だと思ったぜ。ってことだフェルゼン。ちょっと今はダレンの調子が悪いから、オイラが話を聞く」
「そうか。まぁ、誰でも良いんだが」
「で、オイラは初めて聞いたんだけど、ウルハ族ってなんだ?」
「おぉ、ウルハ族と会うのは初めてか? 俺らみたいな黒髪と身体を持った種族のことだ。たいていは、洞くつを掘って、鉱物なんかを喰ったり加工したりして暮らしてる」
「鉱物を食べるチ!? それ、旨いのチ?」
「あぁ、うめぇぞ! “歯ごたえ”と“のど越し”がたまらねぇんだ!」
「信じられないチ」
「今度試してみろよ。ところで、お前たちはこんなところで何をしてたんだ?」
「あぁ……それはだな」
フェルゼンの唐突の問いに言葉を濁したノームが、ペポの方に視線を投げる。
その視線を受けたペポは、小さくため息を吐いた後、意を決したように告げた。
「アタチ達、サラマンダーを探してるっチ」
「サラマンダーだって!?」
ペポに対して驚いて見せたフェルゼンは、驚いた直後に身構えて、俺達を見比べ始めた。
そんな彼の背後で待機していた他のウルハ族の面々も、顔を強張らせながら身構えている。
その様子を見た俺は、今しがたまで胸中を占領していた動揺が吹き飛んでいったのを感じ取った。
その代わりに、フェルゼン達は何かを知っているかもしれないという小さな希望が、湧き上がってくる。
「お前達、やっぱり魔王軍と関係があるんじゃないだろうな!?」
フェルゼンがそう言った直後、ずっと黙っていたロネリーの背中から、勢いよくウンディーネが姿を現し、声高に告げた。
「ワラワ達をそのような者共と一緒にするでない!!」
「な、なんだ!? おまえ、さっきの水女か」
「ワラワの名前はウンディーネであるぞ!! 水女などと呼ぶな!!」
「ウンディーネ? 知らねぇなぁ!!」
あからさまに敵意を持ち始めたフェルゼン。
このままだと、ウンディーネとフェルゼンが戦い始めるんじゃないかと俺が危惧した時。
間に割って入ったペポが、フェルゼンに叫んだ。
「シルフィとノームも知らないチ!? ウンディーネも含めて、16年前にサラマンダーと一緒に戦った4大精霊チ!!」
「4大精霊? んなもん……」
「じゃあ、グスタフ様のことも知らないチ!?」
「グスタフ!?」
ペポの口から告げられた名前を聞き、フェルゼンは驚きの表情と共に硬直する。
よほど衝撃的な名前だったんだろうか。そんな名前、俺は聞いたことないんだけどな。
ペポはまだ、4大精霊について俺達に話していない情報を持っているようだ。あとで詳しい話を聞いておこう。
そんなことを思う俺を置いてきぼりにするように、フェルゼンとペポは会話を続けた。
「その名を、オルニス族がなぜ知ってる」
「アタチはちっちゃい頃から、4大精霊の話を聞かされてたチ。グスタフ様は、16年前にサラマンダーを宿してたウルハ族だっチ聞いてるチ」
「ちょっとまて、ペポ。ってことは、サラマンダーもシルフィみたいに、ウルハ族にしか継承しない、とかあるのか?」
「そんなことは無いらしいチ。前回が偶然、ウルハ族だっただけっチ」
「なるほど」
「……」
ペポの言葉を聞いたフェルゼンは少し黙り込んだ後、警戒を解いた。
そして、思い出すように話し始める。
「16年前か……グスタフは俺達の反対を押し切って村を出たんだ」
そこで言葉を切ったフェルゼンは、大きなため息を吐いた後、踵を返した。
そうして、立ち尽くす俺達に手招きをしながら、告げる。
「そう言うことなら仕方がねぇ。立ち話もなんだ、俺達の村で話そう」
そう言うフェルゼンの背中を見た俺達は、自然と顔を見合わせる。
本当に彼のことを信じても良いんだろうか。なにせ、ゲベト達のこともあった後だし。完全に信じるのは危ないかもしれない。
多分、俺以外の皆も同じことを考えたんだろう。
互いに頷き合った俺達は、各々緊張したような表情を浮かべたまま、一歩を踏み出した。
危険はあるかもしれない。
だけど、手がかりもあるかもしれない。そう考えると、向かわない手は無かった。
次も同じような目に合わないように警戒をしながら、俺達は歩く。
フェルゼンに先導されながら、ウルハ族の面々に連れられて湖の畔を歩いた俺達は、景色を楽しむ間もなく、たどり着いた。
そこは頑強な砦と言ってもいいだろう。
見張り台や集落を囲う石壁と、壁の外側にある堀。これだけでもここを落とすのが簡単じゃない事が分かる。
なにせ、それだけの防衛施設に加えて、守っているのが全員ウルハ族なんだ。
普通の人間が攻めても、落とせるとは思えない。
そうして、樹海の中、湖のすぐ傍にあるその砦に足を踏み入れた俺達は、無数の金属音を耳にした。
それらの音は、砦の中心に空いた深い穴の奥から聞こえてくる。
どうやら長年をかけて掘られたらしいその穴には、多くのウルハ族が潜って、採掘をしている。
もしかしてここの岩、全部食ったんだろうか?
俺がそんなことを思った直後、砦の中を先導していたフェルゼンが告げたのだった。
「どうだこの岩肌、旨そうだろ?」




