第37話 強烈な解放感
ペポの要望に沿って、俺達はノームが生やした大樹の上で一晩を過ごした。
と言っても、木の上で焚火をするわけにもいかない。
真っ暗闇の中でどうしたものかと悩んでいた時、俺はロカ・アルボルで使ったペンダントのことを思い出す。
そう言えば、あれってどうしたんだっけ?
なんて考えた俺は、ズボンのポケットにペンダントが入っていることに気が付く。
ってことは、この遺跡の中でも松明なんていらなかったじゃん。
などというツッコミを自分にしつつ、俺達はペンダントの灯りを頼りに、夜を越したのだった。
朝が来て辺りが明るくなった頃、次の目的地を探すために、俺はペポに周囲の偵察をお願いした。
それからしばらくして、彼女が戻ってくる。
両翼を羽ばたかせながら木の上に降り立った彼女は、開口一番に告げた。
「少し離れたところに湖があるチ。他には、特に何もないチ」
少し目を落としながらそう言った彼女の様子を見て、俺はゲベト達が居た村のことを思い出す。
多分、あの村も見えたけど、敢えて言わなかったんだろう。
まぁ、あんな目にあった場所の事なんて思い出したくも無いよな。
そう言えば、剣とか盾を奪われたまま出て来たけど、取りに戻ることは出来なさそうだ。
せっかくラルフに貰ったナイフもあったけど、仕方がない。
今はノームの作る岩のナイフで我慢するしかなさそうだ。
そんなことを考えた時、ロネリーが口を開いた。
「海の方には何も無かったんですか?」
「崖しかないチ」
「そうなると、とりあえずはその湖を目指すか。流石にそろそろ、水を確保《kあくほ》したいよな。木の幹から得られる水だけじゃ、色々と足りないし」
「おぉ~。ダレン、珍しく気が利くじゃん。ウチもそろそろ、水浴びとかしたかったんだよねぇ~」
「私もシルフィさんに同感です。ロカ・アルボルを出てから、湯あみもできませんでしたので」
「ってことは、次に目指すのはその湖ってことだな。それじゃあ、道案内はオイラに任せてくれ!!」
「すぐに出発するチ?」
「あぁ、皆の準備が良いなら、すぐにでも出よう。俺も早く水浴びしたいしな。ロネリー、背中流しあいっこしようぜ。ペポも、背中のあたりとか流すの大変だろ? 手伝ってやるよ」
「……え?」
ずっとジメジメとした樹海の中を歩いてきたんだ。やっぱりみんなもさっぱりしたいんだなぁ。
なんて思った俺が1人でウキウキしていると、ロネリーが短い声を上げながら固まった。
心なしか、彼女の碧い瞳が軽蔑の色に変わっている気がする。
若干の違和感を俺が覚えていた時、不意にペポが問いかけてきた。
「……ダレン、まさか一緒に水浴びするつもりチ?」
「ん? 当たり前だろ? 自分だけだと、ちゃんと汚れを落とせているか分からないし。ガスも言ってたぜ? 清潔感ってのは大事なんだって」
俺がそう言った途端、姿を現したウンディーネの言葉を皮切りに、一斉口撃が始まった。
「よもやワラワとロネリーの素肌を見ようと目論むとは……」
「えっと、ダレンさん。それはさすがに……」
「あはは~。流石ダレンってところだねぇ。ウチは別にいいけど、やめた方が良いんじゃない?」
「やっぱりダレンは最低チ」
「ダレン、良く分からないけど、お前が悪い。そうだ。オイラは何も悪くない」
「お、おい、なんだよ? どうしたんだ!? 俺、何か悪いことしたか?」
ウンディーネの素肌ってなんだよ、とかいうツッコミが喉から出そうになるけど、全力で抑え込む。
言っても良い未来を想像できない。
と、俺が釈然としない気持ちを抱え始めた時、仕方なしとばかりにロネリーが口を開いた。
「まさかここまでとは……良いですか、ダレンさん。普通、男女が一緒に水浴びをすることは無いんです」
「え? どうして?」
「どうしてって……恥ずかしいからに決まってるからじゃないですか」
「恥ずかしいって。何が?」
「裸を見せることがです」
「それなら、ペポは問題ないんだよな?」
「なんでそうなるチ!?」
「だって、普段から裸みたいなもんだろ?」
「違うチ! いや、違わないけど、違うチ!!」
「どっちだよ!?」
俺を睨みながら全身を両翼で隠そうとするペポ。
そんな彼女を呆れながら見ている俺に、ロネリーが釘を刺してくる。
「とにかく!! 一緒に水浴びはできません。それと、覗き見ることもしないでくださいね?」
「わ、分かったよ。ってことは、俺はノームと2人で寂しく水浴びってことかぁ……」
「まぁ、良いじゃねぇかダレン。それより、はやく出発しようぜ」
額に汗を流しながらそう言ったノームは、逃げるように大樹の中に姿を消すと、下に降りる道を作り始めた。
そうして出来上がった道を通って、大樹の上から降りた俺達は、ペポが見つけたって言う湖に向かって歩き出す。
朝早くから真っ直ぐ西に向かって進み、そろそろ日が天辺に上り始めた頃。ようやく俺達は、件の湖に到着した。
汗だくになってしまっていた俺の脳裏に、さっきの一斉口撃のことはもうない。
今すぐに全身の汚れを落としてすっきりしたい。
そんな考えに取りつかれたように、俺達は湖の水で体を洗い始めた。
と言っても、ノームが作った壁の中での話だ。
おかげで解放感はあんまりない。まぁ、着替えとかを盗まれたりする心配がないってのはあるけど。
少しばかりさみしさを覚えながら、冷たい水に身体を浸した俺は、ふと、自分の胸元に視線を落とす。
ダンドス遺跡でリューゲに切り付けられた傷は、完全に消えて無くなっている。
それをやってのけたのは、まぎれもなくノームだ。
未だに植物を模した衣服に身を包んでいるノーム。
結局、彼のこの変化は何だったんだろう。
そんな疑問を俺が抱いた瞬間。壁の奥から甲高い声が響いてきた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「お前達!! 誰チ!?」
「2人とも!?」
ロネリーとペポの声を聞いた俺は、急いで水から上がると、壁を飛び越えて隣の仕切りの中に着地した。
降り立った場所には少しだけ水があったらしく、踏みつけた水が飛沫を上げて飛び散る。
そんな飛沫を無視して、辺りを見渡した俺は、数人の人影を目撃した。
2つは、ロネリーとペポの物だ。
2人は、裸の状態で水の中に身体を浸している。
そんな2人と離れた位置、俺が飛び越えた壁の反対側の壁の上から、数人の顔が覗き込んできている。
それらの顔は俺達に比べてかなり大きく、全員が真っ黒な頭髪を持っていた。
壁にかけられている腕から見ても、かなり屈強な体格を持っているらしい。
そんな彼らは不思議そうに壁の中を覗き込んできている。
「おい、お前たちは……」
何者だ!!
そう叫ぼうとした俺は、直後、顔面に冷たくて強い衝撃を受けた。
何事かと思った瞬間、俺は、この衝撃を知っている事に気が付く。
「ウンディーネ……?」
弾き飛ばされた衝撃で背中から倒れこんだ俺が、そう小さく呟くと、まるで返事をするように声が返ってきた。
「バカ者!! きちんと服を着て来んか!! ワラワに何というものを見せて……」
「ウンディーネ、落ち着いて!!」
四肢を大きく広げてあおむけに転がった俺は、頭痛と共に、強烈な解放感を覚える。
そんな状態の俺を壁の上から見下ろしているノームと目が合った俺は、思わず苦笑いを浮かべたのだった。




