第35話 ワイルド
得意げな表情で俺に向かって宣言するノーム。
そんな彼を見た俺は、多くの違和感を覚えた。
まず初めに、ノームの姿がいつもと違う。
いつも頭にかぶっている赤い三角帽子は、緑色に色を変え、身に着けている衣服も樹木の葉を模したデザインになっている。
おまけに、短かったはずの髪の毛が長くなっており、まるで触手のようにウネウネと動いていた。
背丈や声などに変わりが無い分、余計に見た目の違和感が半端ない。
次に気が付いたのは、俺の周りの状況だ。
妙な緑色の光に包まれているなと思った俺は、そこでようやく、自分が巨大な花の上に寝そべっていることを知る。
更に言えば、さっき負傷したはずの胸元の傷が無い。
大量に吐き出した血も、傷口から零れていたはずの血も、臭いさえ感じなかった。
そんな不可解な状況が、俺を包んでいる緑色の光によって引き起こされているんじゃないかと思ったその時。
巨大な花びらをかき分けるようにして、ロネリーが走り寄ってきた。
「ダレンさん!! 大丈夫ですか!?」
「ロネリー……これは一体」
心配の表情で見つめて来る彼女にそう声を掛けた俺が、改めてノームに目を向けると、彼は何やら両手を動かしていた。
何をしているんだろう。
そんな疑問を抱いた俺は、直後、その答えを知ることになる。
というのも、幾本もの植物の根に絡まれた状態のペポが、俺の隣に運び込まれてきたんだ。
その様子を見た俺は、慌ててペポを隣に寝かせると、頭を整理する。
「新しいチカラって、ノーム、お前……」
「その通りだぜダレン。オイラ、植物を操れるようになったみたいだ」
「ダレンさん見てください! ペポさんの傷が塞がっていきます!」
驚きの声を発するロネリーにつられて、唸っているペポに目を向けた俺は、確かに、彼女が翼に受けていたはずの傷が治っていく様を目にした。
つまり、俺の傷が治ったのもノームの力のおかげってワケか。
などと感心しかけた俺は、この広間の真ん中で戦闘を続けているリューゲの姿に気が付く。
ゴブリンのベックスとケイブは、既にノームの操る根によって拘束されているが、奴は違うらしい。
こうしている今も、奴を拘束しようとする根が蠢いているが、それら全ての根を、奴は1本の剣で捌き切っていた。
「とんでもないな……」
一言、そう呟いた俺は、隣に寝そべっていたペポが目を醒ましたことに気が付いた。
「ペポ、大丈夫か!?」
「……ダレン? ロネリー? 何が起きたっチ?」
「ノームさんが、私達を助けてくれたんです」
「ノームが?」
「ほら見てごらんよぉ~。辺り一面根っこだらけでしょ? あれ全部、ノームがやったんだって」
もぞもぞとペポの頭の羽毛の中から姿を現したシルフィが、少し眠そうに告げる。
そんな彼女の言葉に得意げになったのか、ノームが胸を張りながら言った。
「どうだシルフィ、すごいだろ? もっとオイラのこと、褒めても良いんだぜ?」
「これだけ根っこだらけだと、虫が出そうだよねぇ~」
「もっと言うことあるだろ!?」
「シルフィは素直じゃないですね」
ノームとシルフィのやり取りを聞いて苦笑いをするロネリーが、そんなことを呟いた。
さっきまでの緊迫感はどこへ行ったのやら、ロネリーと同じく苦笑いを浮かべた俺は、大きく息を吐く。
突然のノームの覚醒のおかげで、なんとか窮地を脱することはできたけど……。
「まだ完全に終わったってわけじゃないんだよな」
気を引き締める意味を込めて、そう呟いた俺は、立ち上がりながらリューゲに視線を向ける。
相変わらず、迫る根を払いのけ続ける奴の動きに、少しだけ余裕が生まれ始めている気がした。
多分、根の動きに慣れ始めたってことだろう。
やっぱり侮れない。今のうちに無力化しておいた方が良さそうだ。
そう判断した俺は、足元に落ちていた岩のナイフを拾い上げると、皆に声を掛ける。
「ロネリー、ペポ。援護を頼めるか? ゴブリン達が動き出さないように見ててくれ。奴は俺とノームで叩く」
「分かったチ。シルフィ、やるチ」
「まぁ~、助けられっぱなしは嫌だしねぇ~」
「分かりました。でも、気を付けてください」
口々に言う彼女達に、笑いかけて返事をした俺は、改めて頭の上にいるノームに声を掛けた。
「ノーム、行けるよな?」
「何を言ってんだ? それはオイラのセリフだぜ? なんなら、オイラだけでもやってやるっての」
「油断したら命とりだって、さっき教わったばかりでね」
「それもそうだな。それじゃ、本気を出すとしようぜ!!」
そう叫ぶと同時に、俺の頭から飛び降りたノーム。
彼が地面の中に潜り込むのを待たずして、俺は緑に輝く花の上からリューゲに向かって駆け出した。
ナイフを握る右手も、胸元も、もう痛むことは無い。
異常なまでに軽く感じる身体に充足感を覚えながら、俺は張り巡らされている根の合間を縫って走る。
まるで、俺が通る道を作るように、ジワジワと動きを見せる根に沿って駆けた俺は、リューゲとの距離が近くなったところで、勢いよく地面を踏みしめた。
直後、リューゲを取り囲むように岩の槍と根が地面から伸び出ると、一斉に奴に襲い掛かる。
これはさすがのリューゲでも捌き切れないだろう。
そう判断した俺は、唯一の可能性を読み取り、即座に行動した。
地面からの攻撃を避けるとすれば、上しかないよな?
伸びている根を足場にして、奴の頭上目掛けて跳んだ俺は、次の瞬間、勢いよく跳び上がって来るリューゲの首筋に目掛けてナイフを振るう。
「取った!!」
逆手に持ったナイフで、今まさに斬撃をお見舞いしようとした俺は、勢いに任せてそう叫ぶ。
しかし、結論から言えば、俺の攻撃は決定打とはならなかった。
首筋に放たれたはずのナイフの切っ先が捉えたのは、何やら固いもの。
ギリギリという音を立てながら岩のナイフを削ったそれは、鋭い回転をしながら上昇を続ける。
そんな硬い何かに、ナイフごと弾かれそうになった俺は、ギリギリのところで後方に引き戻された。
腹部に細い何かが巻き付いている感触があるから、多分、ノームの根に引っ張り戻されたんだろう。
咄嗟にそんなことを考えた俺は、背中を引っ張られながら、眼前の光景を目に焼き付ける。
高速で回転しながら跳躍したらしいリューゲは、周囲に張り巡らされていた根や岩の槍を悉く切り裂きながら上昇を続ける。
しばらくして、ようやく上昇と回転を止めた奴は、背中に翼らしきものを生やしていた。
いつの間にそんなものを生やしたんだ?
などという疑問を口にする間もないまま、リューゲがため息を吐く。
「面倒くさいですねぇ。よもやノームが『ワイルド』に覚醒するとは。これは一旦退くのが得策のようです」
「おい、逃げるつもりか!?」
「逃げる? まぁ、そうですね。今回はあなた方に勝ちを譲って差し上げましょう。ただし、それはあくまでも局所的な退避。そもそも、私は無理に勝つ必要はないのです」
「オイラ達から逃げられると思ってるのか!?」
「えぇ。思っていますとも」
そう言ったリューゲは、不意に懐から小さな笛を取り出した。
白くて古く見えるその笛を手にした奴は、ニヤッと笑みを浮かべながら上昇を始める。
「『ワイルド』に覚醒したノームは非常に厄介です。だからこそ、私としても、それなりの準備をして相手をしなければなりません」
そこで言葉を区切ったリューゲは、笛を咥えると、思い切り強く吹き鳴らした。
刹那、周囲の空気が笛の音によって振動する。
また何かを企んでいるのかと身構えた俺は、視界の端で蠢く影に気が付く。
「ダレンさん!! ゴブリン達が!!」
ロネリーの声を聞き、慌てて地面に組み伏せられているベックスとケイブに目をやった俺は、2人が地面の中に沈み込んでいくのを目の当たりにする。
いや、地面の中じゃない。黒い闇の中に沈んで行っている。
十中八九、リューゲの力だろう。
そんな異変を見た俺は、同時にもう一つの異変にも気が付いた。
その異変にはロネリーとペポも気が付いたらしく、2人は慌てたように緑に輝く花の元へと集まり始める。
「魔物が、地面から魔物が湧き出して来てるチ!!」
「地面だけじゃないです、ノームさんが張り巡らせた根と岩からも……」
「ふはははははは!! あなた方はここで、思う存分魔物と遊んでいればいい。そして、思い知るのです。我ら魔王軍を本気にさせてしまったという事実を!!」
「ノーム!! 奴は後だ、2人の所に集まろう!!」
「分かった!!」
両手を広げ、高らかに笑い声をあげるリューゲは、崩れた壁から外へと飛び去ってゆく。
そんな奴の後姿を見やった俺は、急ぎ踵を返してロネリー達の元に駆けた。
途中、生まれ落ちたばかりのスケルトンやゴブリンを何体か倒しながら、緑に輝く花の元に向かう。
そうして、3人が無事に花の元に集まった時、両手を花に添えたノームが大声で叫んだ。
「全員掴まれ!! ちょっと揺れるぞ!!」
彼がそう叫んだと同時に、俺達の足元が大きく隆起し始める。
メキメキと言う音と共に突き上げて来るその巨大な何かは、俺達を乗せたまま遺跡の天井をぶち破った。
互いに支え合いながら、しゃがみ込んでいた俺達は、しばらくして揺れが収まったのを確かめると、ゆっくりと辺りを見渡す。
そしてようやく、ノームが何をしたのか、理解したのだった。
「随分とデカいのを生やしたな」
「ここ、かなり高いですよ? おかげで、魔物達は登って来れないみたいですけど」
「ロカ・アルボルに比べれば低いっチ」
「どうせ生やすなら、もっときれいなのにすればいいのに~」
「仕方ないだろ? オイラも焦ってたんだからよ」
口々に言う俺達に向けて、肩を竦めて見せるノームは、はぁ、とため息を吐いた。
まぁ、ノームの言う通りだなと納得した俺は、巨大な樹木の上から、周囲の景色を見渡す。
ダンドス樹海と海、そして、俺達がさっきまでいた崖際のダンドス遺跡の崩れた壁。
それらの景色が遥か下に見えるせいか、俺はさっきまでの出来事が嘘のように思えてしまった。
既に飛び去ったリューゲの姿も見えない。
爽やかな風が吹き抜けていく中、落ち着いて息を吐いた俺は、同じく落ち着きを取り戻したらしいロネリー達に問いかける。
「で、これからどうしようか」
そんな俺の問いかけに、ペポが短く応えたのだった。
「少し休みたいチ」




