第33話 新しいチカラ
リューゲの言葉を聞いて真っ先に反応を示したのは、ロネリーだった。
「バカにしてるんですか!!」
そう叫んだ彼女の背中から、ウンディーネが上半身を発生させ、間髪入れずに水弾を放つ。
一瞬、慌てたように両手を大きく広げ、「ひぃぃぃ」と叫んで見せたリューゲは、しかし、軽々とそれらの水弾を避けてみせた。
「おっかないですねぇ」
「このっ!!」
「ロネリー! 落ち着け!」
「アタチもいるでチ!!」
俺の制止も聞かず、追撃を始めるロネリー。
そんな彼女に合わせるように、ペポまでもがシルフィと共にリューゲに目掛けて飛び掛かって行った。
「くそっ。ノーム、動けるな?」
「当たり前だ!!」
元気よく答えるノームから岩のナイフを受け取った俺は、今まさにリューゲの頭上に到達しそうなペポ目掛けて走る。
ロネリーもペポも、リューゲと直接やり合ったことが無い。
だからこそ、俺達がロカ・アルボルで一度撃退した事実だけで、こいつのことを判断している可能性がある。
だけど、あれは単に運が良かっただけだ。
「ペポ!! 気を付けろ!!」
言いながらナイフを構えた俺は、リューゲの動きに意識を集中した。
飛び交う水弾の中、隙を突いて急降下するペポの蹴りが、リューゲの頭に迫る。
オルニス族としての飛行能力と、シルフィの風が合わさった彼女の蹴りは、かなりの威力がありそうだ。
しかし、落下する勢いのままに繰り出された彼女の蹴りが、奴の脳天にぶち込まれることは無かった。
例の如く、突如として姿を消したんだ。
消える直前、一瞬だけリューゲが笑みを浮かべたのを見た俺は、咄嗟に足を止めた。
そして、身体が痛むのも厭わず、踵を返してロネリーの方を振り返る。
「ノーム!!」
叫びながら大きく足を踏み込むと同時に、地面から岩の槍が飛び出してきて、ロネリーの方へ伸びる。
直後、槍の進路上、ロネリーのすぐ目の前にリューゲが姿を現した。
「ごきげんよう!」
「っ!?」
突然のことで驚いている様子の彼女に、リューゲが掴みかかろうとする。
そんな奴に目掛けて伸びる岩の槍の上を走った俺は、ナイフを振りかざしながら飛び掛かった。
「おい!! こっちだ!!」
叫んで飛び掛かる俺に気が付いたらしいリューゲは、振り返りざまに、岩の槍を全身で受け止めてしまう。
まさか受け止められると思っていなかった俺は、驚きつつもリューゲに切りかかった。
首筋から胸元にかけて、力任せにナイフで切りつける。
鎧の類を身に纏っていない奴にとって、この一撃は確実に痛手になる。
そう確信していた俺はしかし、切りつけた直後に大きな違和感を覚えた。
岩のナイフが、甲高い金属音と共に弾き返されたんだ。
まるで、鎧にでも切りつけたように、いともたやすく弾かれるナイフと俺の右腕。
困惑と共に、反動で後ろに仰け反った俺は、目の前にいたはずのリューゲの姿が、揺らいで薄れてゆくのを目の当たりにする。
そして、代わりに姿を現したのは、全身に鎧を身に纏ったゴブリンの姿。
「さすがに、痛いゴブゥ」
巨大な戦斧で岩の槍を受け止めているゴブリンのケイブは、そんな声を漏らすと、勢いを失った岩の槍を砕いてしまう。
そうして、振りかぶった戦斧をロネリーに向かって打ち付けた。
「きゃあ!!」
ウンディーネが咄嗟に水のバリアを張ったけど、重量のある戦斧を受け止めることはできなかったらしい。
勢いよく後方に吹っ飛ばされたロネリーは、崩れた壁付近に横たわったまま、動かなくなる。
そんな様子を見ながら、バランスを崩して岩の槍の上から転げ落ちた俺は、直後、ペポの悲鳴を耳にした。
咄嗟にペポの方を見た俺は、長い槍を手にした小柄なゴブリンによって、翼を切りつけられているペポを目撃する。
「ロネリー!! ペポ!!」
翼を切りつけられてバランスを失ったペポが、地面に落下して転がっている。
ロネリーも、仰向けに横たわったまま動く様子が無い。
彼女たちの様子を目にした俺は、歯を食いしばりながら2人のゴブリンを見比べた。
「また会ったゴブ!! 今度は絶対に逃がさないゴブ!!」
「本当に上手く行ったゴブゥ。流石、リューゲ様ゴブゥ」
「お前たち、ロカ・アルボルにいたゴブリンか!」
立ち上がって改めてナイフを構えた俺は、前後にいるゴブリン達に警戒しながら告げた。
状況が悪すぎる。
挟み撃ちを仕掛けられている上に、ロネリーもペポも動けない。俺が迂闊に動けば、2人が殺されてしまうかもしれない。
そんな考えが頭の中を過った直後、さらに状況が悪化した。
「おやおや、ここまで上手くいくとは思っても居ませんでしたねぇ。流石は私!! かの魔王様の右腕にふさわしいとは思いませんか!?」
そう言って、通路の暗がりから姿を現したのは、言うまでもなくリューゲだ。
今度こそ本物らしい彼は、満面の笑みを浮かべながら歩を進めると、俺のすぐ近くにまでやって来た。
俺が迂闊に動けないのを知っているらしい彼は、腰に剣を携えているにもかかわらず、構えることもしない。
傍から見れば無防備な彼は、まるで久しぶりの友に会ったとでも言うように、両手を大きく広げながら口を開いた。
「さてさて、先日ぶりですね、ダレン。元気そうでなによりです」
「お前こそ、吹っ飛ばされてた割に元気そうじゃないか」
「あの程度で私が命を落とすとでも? いやはや、甘く見られたものです」
そこで一度言葉を区切ったリューゲは、小さなため息を吐いた後に続けた。
「ところで、この状況。分かっていますよね?」
そう言ったリューゲは、両手でロネリーとペポを指さした。
彼女たちに向けて、ケイブとベックスが武器を差し向けている。端的に言えば、人質ってことだろう。
そんな2人の様子を見た俺は、怒りを覚えながらリューゲを睨みつけた。
「おやおや、怒ってしまったのですか? 良いですねぇ。もっと怒ってください。どうせ、ここで全員死ぬのですから。その前に、面白い話をして差し上げましょう」
完全に勝ち誇っているリューゲは、得意げに話し始める。
「この遺跡はかつての人間が、大地の神とやらを崇めるために作った場所とのことです。どう思います? あなたの墓場として、格好の場所だとは思いませんか?」
「大地の神?」
「そう!! 愚鈍で軽薄な、物知らぬ者。それこそが神。だからこそ我らが魔王様が、成り代わろうとしているのです!!」
まるで悦に浸るように天を仰いだリューゲはそんなことを叫んだ。
そんな彼の様子に呆気にとられた俺は、続くリューゲの言葉を止めることができない。
「だというのに!! 貴様らは魔王様に抗おうとする!! きわめて愚かな行為だとは思わないのですか!? あぁ!! 腹立たしい!! 憎たらしい!! ですが、それも今日で最後という訳ですな」
ヒートアップする感情を抑えるように、荒い呼吸を落ち着かせようとするリューゲは、おもむろに腰の剣に手を触れた。
その様子を見て、俺は無意識に、手にしていたナイフを強く握りしめ、右手の甲に痛みを覚える。
おかげで少しばかり冷静さを取り戻した俺は、思考を巡らせる。
『このままじゃまずい。本当に全員殺されてしまう。なんとかしないと。バレないように地中にいるノームに合図を送って、攻撃させるか? でも、リューゲを攻撃すれば、ロネリーとペポが危険にさらされてしまう。どうすれば良い?』
一息で考え、何とか打開策が無いか、周囲に目を走らせようとしたその時。
俺の鼻先を、鋭い何かが縦断する。直後、胸元に違和感を覚えた俺は、恐る恐る視線を落とした。
肩から腰に掛けて、熱くて赤い傷ができている。
その傷を見た直後、全身に痛みと熱を感じた俺は、思わずその場にうずくまってしまった。
身体から力が抜け、それに合わせるように血液も抜け出してゆく。
対称的にひんやりと冷たい地面の感触が、頬に伝わって来た。
目の前に佇んでいるリューゲは、血の滴る剣を持っているようだ。
喉から噴き出してくる血の味に顔をしかめながら、意識が薄れてゆくのを感じていた俺は、不意にロネリーの声を聞いた気がした。
いや、気のせいかもな。
だって、彼女は意識を失って倒れてたわけだし、ペポも動けそうになかった。おまけに俺もこのザマだ。
こんなの、どうしろって言うんだよ。なぁ、ノーム。
不思議と落ち着きを感じながら、そんなことを考えた俺は、ふと、近くにノームが居ないことに気が付いた。
いつも近くに居たはずの彼が居ない。
それも、どんどん俺の元から遠ざかっていく気がする。
深く深く、地の深くにまで潜ってゆくようなノームの後を追うように、俺の意識も沈んでゆく。
音も光も閉ざされた世界の中。まるで全てが終わりだとでも言うように。
しかし、そんな俺の思惑に反して、微かな力が現れた。
その力は、まるで細い針で刺したように暗闇に小さな穴を空けると、あっという間に芽吹いてゆく。
そうして、次に俺が目を醒ました時、聞き慣れた声で彼が声を掛けて来たのだった。
「ようダレン。オイラ、新しいチカラに目覚めちまったらしいぜ」




