第31話 抗い続けて
「ペポさん!! 一旦ここから離れましょう!!」
「よっしゃ、それじゃあオイラが先導するぜ!!」
「シルフィ、ロネリー達を援護するっチ!!」
「やってるよぉ~」
「逃がすな! 全員で囲むんだ!!」
ペポの羽毛に顔を埋めたまま、俺は飛び交う声を耳にしていた。
視界の端で少しだけ見える光景を確認する限り、ペポ達は今、樹海の中を走っているらしい。
鬱蒼と茂った木々の合間を抜け、集落から遠ざかる方向に進んでいる。
シルフィやウンディーネの援護のおかげか、追手からの追撃は少しずつ弱まっているように感じられる。
これで少しは余裕ができたか。
そんなことを俺が考えた時、樹海の中にゲベトの声が轟いた。
「そっちに行かせるな!! なんとしてでも止めろ!!」
心なしか、ゲベトの声が響き渡った直後、樹海中に緊張が走った気がする。
まぁ多分、俺の勘違いなんだろうけど。
それにしても、ノームはペポ達をどこに先導してるんだ?
そんな疑問を抱いた俺は、何とか首を回して前方に目を向けようとするが、身体が痺れて動けない。
かろうじて目にすることができたのは、ペポの足元に敷き詰められている古い石の道。
そして、道の両脇に転がっている不可思議な文様の入った石柱くらいだ。
いつの間に樹海の中から出たのかと疑問に思うが、良く見れば石柱の奥には相変わらず深い森が続いている。
と言うことは、この遺跡のような痕跡は、樹海の中にあるってことだろうか。
少し重たい頭でそんなことを考えた時、ペポが声を上げた。
「ちょっチ!! まさかあそこに行くつもりっチ!?」
「こんな樹海の中で、奴らから身を隠せるのはあそこくらいしかないだろ!! 安心してオイラの後に着いて来い!! 今日のオイラは、絶好調だぜ!!」
「本当に大丈夫チ?」
「ペポさん! 今はノームさんを信じましょう!!」
「みんな~! 頭上に気を付けてねぇ~」
走りながら会話するペポ達に向けて、シルフィが唐突に警告を発する。
そんな警告を聞いたペポは、改めて俺を強く抱きしめると、大きく身を翻しながら降って来た岩を避けて見せた。
「や……やわらけぇ」
「へ、変なこと言うなっチ!!」
思わず呟いた声が聞こえてしまったらしい。
すかさず文句を挟んだペポは、しかし、次の瞬間には真剣な表情で走り続ける。
「もう少しだ!! まっすぐ進んだ先に入り口っぽい場所があるから、全員飛び込んでくれ!!」
「行き止まりだったらどうするんですか!?」
「そこはオイラに任せてくれ!! 何とかしてみせる!!」
不安そうなロネリーに自信満々に返答したノーム。
やっぱり大地の大精霊の言葉にはそれなりの説得力があるのか、ペポもロネリーも意見を言うことは無かった。
そうして、もうなんどか降り注いできた岩を退けたペポ達は、勢いそのままに遺跡の入り口らしき場所に飛び込む。
遺跡の中だけあって、辺りは真っ暗だ。
そんな暗闇の中、長い廊下と深そうな階段が、薄っすらと見て取れる。
息を切らしたままのペポとロネリーが、遺跡の中に入り込んだタイミングを見計らって、ノームは急ぐように入り口の方に向かった。
そして、迫り来るゲベト達に向けて小さな手を振りながら告げた。
「悪いが、この遺跡は狭すぎてお前たちの入る場所が無いんだ。引き返してくれよ」
そう言うノームの足元から、岩の柱がボコボコと姿を現す。
それらの柱が遺跡の入り口を塞いでしまったのは言うまでもない。
外から聞こえるゲベト達の叫び声を耳にしながら、しばらく沈黙して息を整えるペポ達。
完全に真っ暗闇の中で幾つかのため息が聞こえたのち、初めに口を開いたのはロネリーだった。
「何とかなりましたね。とりあえず、ウンディーネはダレンさんの毒を浄化してくれる?」
「分かっておる」
「ここに寝かせるチ」
「あたっ!! ちょっとペポ、壁に頭をぶつけないでくれよ」
「文句言うなチ!! ここまで運んだのはアタチだチ!!」
「ほれ、文句を言うておる暇があるなら、一気に飲め」
そっと床に降ろされた俺は、眼前に何かが近づいて来ることに気が付いた。
声の位置関係から、それがウンディーネによる何かだと察した俺は、とりあえず口を大きく開ける。
直後、大量の液体が俺の口の中に入り込んできた。
むせ返りそうになりながら、それらを飲み干した俺は、苦しさのあまり上半身を跳ね上げる。
「かはっ!! がはっ!!」
「ダレンさん!? 大丈夫ですか?」
「……だ、大丈夫だ。ちょっと、窒息しそうになったけど」
「おいおい、情けないなダレン。でも、もう毒は抜けたみたいだな」
「ん。あぁ、そう言えば確かに。これはすごい効き目だな。ありがとう、ウンディーネ。また助けられたよ」
「それくらい、どうってことない」
「いやいや~。毒を消せるって、結構凄いことじゃんねぇ」
「アタチもそう思うチ」
「か、からかうでない!!」
「ウンディーネったら、別に皆からかったりしてないのに」
「あれ? もしかして今、ウンディーネの顔が赤く染まってたりする? おい、ノーム!! すぐに松明を見つけて来てくれ!!」
「ダレン、それは紛れもなくからかってるチ」
「え? でも、ペポも見て見たくないか? ウンディーネが恥ずかしがってるところ」
「ま、まぁ、見て見たい気も、するチ」
「ダレン、ワラワは今すぐにここを水で満たして、そなたを窒息させても構わんのだぞ?」
「ごめん!! 冗談だから!! でも、どっちにしても松明は必要だろ? こんな真っ暗闇の中じゃ、進もうにも進めないし」
「それもそうですね。ノームさん、お願いできますか?」
「分かったぜ……と言いたいが、一つ聞いておきたいことがある。皆、オイラの事便利な奴って思ってねぇだろうな?」
「そんなこと思ってるわけないだろ?」
「そうチ。ノームとダレンが居なかったら……アタチは」
唐突なノームの問いかけに、慌てて答えた俺。
正直に言えば、若干便利だなぁなんて思っていただけに、冷汗が止まらない。
そんな俺とは対照的に、途中で言葉を区切ったペポは、そのまま沈黙した。
彼女に釣られるように俺達は全員沈黙する。
さっき、ゲベト達がペポに対してしていた仕打ちは、想像以上に残酷なものだった。
助け出すのが間に合って、本当に良かったと思う。
こうして、少しふざけながら言葉を交わせているのは、割と奇跡に近いのかもしれない。
そう思うと、俺はペポになんて声を掛ければ良いのか分からなくなった。
きっと彼女も、さっきのことを思い出して、色々な感情を思い返してしまったんだろう。
そう思った俺は、直後、柔らかな羽毛が右肩に触れたことに気が付く。
その羽毛は間違いなくペポの翼で、腕に沿うように動いたかと思うと、俺の右手を取った。
途端に、俺の右手の甲に激痛が走る。
「っ!」
「あっ! ごめんチ!!」
小さく声を漏らした俺に気が付いたらしいペポは、更に優しく俺の手を羽毛で包み込むと、掠れるような声で話し始める。
「怖かったチ」
「……だろうな」
「アタチ、もう死ぬんだって思ってたチ」
「そんなこと、俺達が許すわけないだろ?」
「でも、ダレンは薬で眠らされてたチ」
「ま、まぁ、そうなんだけど」
「アタチ、あんなに恨まれてること、知らなかったチ」
「恨まれてる? どういうことですか?」
「ゲベトが言ってたチ。アタチ達オルニス族が、何度も魔王軍に敵対してるっチ。そのせいで、平等が訪れないっチ」
「恐怖と苦しみに満ち溢れた地獄……だっけか?」
「そうチ。だから、アタチ達は全員死ぬべきなんだっチ。ゲベトが言ってたチ」
「で? ペポはゲベトの考えに賛同するのか?」
「チ?」
「ペポの先祖たちは、魔王軍の襲撃に抗って、抗って、その結果、ロカ・アルボルで生きてるんだろ? そんな先祖たちのやってきたことは、邪魔だったって。思うのか?」
「そんなの、思う訳ないチ!!」
「なら、それで良いんじゃないか? オルニス族も、ゲベト達も。互いに抗い続けてるんだろ」
そう言った俺は、右手を包み込んでいるペポの翼を、握り返した。
ふさふさとした感触と、手の甲の痛みが、同時に伝わってくる。
それらを堪能した俺は、彼女に見えていないことを知りながらも、笑みを浮かべながら告げた。
「俺の師匠、ガスも言ってたぜ? 道を見失った奴がするべきことは、自分が帰りたいと願う場所を見返すことだってな。そうすれば、自分がどうやって足腰を支えて来たのか、良く分かるって」
「帰りたいと願う場所……チ?」
「そうだな。ペポにとっては、それはロカ・アルボルだろ? そして同時に、ロカ・アルボルを守ってる仲間達のことも、帰りたいと願う場所なんだと俺は思うけどな」
「ダレン……」
少しだけ元気の戻ったらしいペポの声が、周囲に響く。
暗闇の中で、手の感触しかない俺は、しばらく黙ったままペポの翼を握っていた。
すると突然、視界の端に煌々とした灯りが飛び込んでくる。
何事かと目を向けると、地面に突き刺さった状態の松明が、ノームの力でゆっくりと近付いて来ているところだった。
「悪い悪い、ダレン達の話が長かったから、途中で松明探しに出てたんだ。それで……ん?」
灯りを俺達の方に向けながら告げるノームが、なぜか途中で言葉を区切る。
その直後、ノームじゃなくロネリーが、口を開いたのだった。
「あれ? もしかしてダレンさんとペポさん。暗いのをいいことに2人だけでイチャイチャしてたんですかぁ?」
「え?」
言われて初めて、俺は正面に視線をやる。
そこには、しっかりと握り合う俺とペポの手が、松明の光に照らし出されていた。
「ち、ちがうチっ!!」
勢いよく俺の手を離すペポが、恥ずかしそうに視線を逸らす。
心なしか、顔を赤らめているように見えるのは、きっと松明の灯りのせいだろう。
そんなことを考えた俺は、「先に進もうか」と提案することで、全力で話を逸らしたのだった。




