第30話 よく切れる切り札
ドンッという鈍い衝撃と共に、俺の足元から岩の槍が飛び出す。
飛び出した岩の槍は、地面と平行に伸び始めると、まっすぐにゲベトの元へと突き進んだ。
そんな槍の上を、軌跡を描くように飛んで行くものがある。
俺の背後から発射されたらしいそれらの水弾は、岩の槍よりも速く空を切り、ゲベトに命中する。
彼の全身を包むほどの大きさの水弾に、為す術も無かったらしいゲベトは、手に持っていた松明ごと、奥の方へと弾き飛ばされた。
ペポに近づけられていた松明の灯が消えたのは、言うまでもない。
それらの光景を目にしながら、伸び続けている岩の槍の上に飛び乗った俺は、振り返ることなくロネリー達に告げた。
「周りの奴らは任せた!!」
「分かったわ!!」
「ワラワ達に任せておけ!!」
即座に帰って来る返事が心強い。
そんなことを考えながら、すぐに意識をペポに戻した俺は、伸び続ける岩の槍の上を疾走する。
槍のおかげで、住民達の邪魔が入ることもなく走れた俺は、すぐにペポの元に到達した。
「ダレン……」
「ペポ!! ちょっと待ってろ、すぐに解放してやるからな!!」
言いながら背中に手を伸ばした俺は、剣を没収されていることを思い出した。
小さく舌打ちをして、周囲に何か使えるものが無いかと見渡すが、これと言って使えそうな刃物などは無い。
仕方なく、足元を二回タップした俺は、即座に飛び出て来たノームに声を掛ける。
「ノーム、ペポの拘束を解きたい。何か作れるか?」
「そうだな。ラルフからもらったナイフの偽物なら、作れそうだぜ」
「それでいい!! 急いで造ってくれ!!」
「分かった、少しだけ時間を稼いでてくれよな!!」
「時間稼ぎね、はいよ」
再び地面に潜り込んでゆくノームを見送った俺は、祭壇の周囲に目をやる。
突然の奇襲で動揺していたらしい住民達が、流石に状況を把握し始めたのか、武器を手に集まり始めている。
少し離れた位置では、ロネリーの背中から姿を現しているウンディーネが、大量の水を駆使して戦っているけど、全員を止めることはできていないみたいだ。
棒や桑、鎌などと言った作業用の道具を手にしている住民達が、ジワジワと包囲を狭めて来る。
そんな彼らに対抗するため、落ちていた松明を拾い上げた俺は、のそのそと起き上がったゲベトに向かって声を掛けた。
「おい、俺達に薬を飲ませたな? それに、ペポにこんなマネして、何が目的だ!?」
手にしていた松明を杖のようにして、何とか立ち上がったゲベトは、キッと俺を睨みつけると、ゆっくりと話し始める。
「目的? そんなもん、いちいち説明せんでも分かるじゃろ」
「教えたくないって言うならいいさ。アンタがそこまで怒ったのは、ペポに話し方を馬鹿にされたからって思っとくよ」
「バカにしとるのはお前さんらだろうがぁ!!」
「はぁ?」
ワナワナと震えながら怒りをぶちまけるゲベト。
そんな彼の反応に困惑した俺が、小さく声を漏らした時、いつの間にか俺達の傍にやってきていたロネリーが声を掛けてきた。
「ダレンさん。彼らはきっと、鬼の子と呼ばれる人々です」
「ロネリー? 鬼の子ってなんだ?」
「……はい。簡単に言うと、バディを持たずに生まれて来た人々が、そう呼ばれてます」
「それはさっきも話してたよな? それがどうしたんだ?」
「ダレンさん。この世界において、バディを持って生まれてくるのは、人だけなんです。つまり、バディを持っていないということは、獣とか、魔物だとみなされるんです」
「え……?」
想像もしていなかったロネリーの説明を聞いた俺は、一瞬思考が停止した。
俺を睨んでいるゲベトの姿は、どう見ても人間そのものだ。
でも確かに、バディが居ない人間と言われると、そこに大きく欠落した物があるようにも感じられる。
そんなことを考える俺に構うことなく、ロネリーは説明を続けた。
「本来、鬼の子は生まれてすぐに山などに捨てられることが多くて……正直、彼らみたいに生きながらえている人々がいるとは、思ってもみませんでした」
「そんなことが……ってことは、目的は復讐?」
「そのような下らんこと、オラ達が考えていると思ったか?」
俺の至った結論に不満があったのか、ゲベトが首を横に振りながら告げる。
そんな彼に対して身構えた俺に、ゲベトは言葉を投げつけてくる。
「こん世界ば平等じゃねぇ。そんなこた、オラ達も知ってんだ。山ん中で暮らす限り、オラ達はそこいらの獣に比べて、楽に生きれるからのぉ」
言いながら右手を上にあげたゲベト。
そんな彼の腕に合わせるように、住民達の数人が手にしていた手製の弓矢を構える。
咄嗟にペポの前に移動した俺は、改めて松明を構え直した。
「だけんど、オラたちは知ったんだ。あの方々こそが、この世界に平等ばもたらしてくれる。恐怖と苦しみに満ち溢れた地獄を作る魔王。オラたちは、あの方々に協力するために、生きながらえた!!」
「愚かな者共じゃ」
まるで、怒りを解き放とうとするように、大声で叫んだゲベト。
彼が上げていた右手を勢いよく振り下ろすと同時に、ウンディーネが短く叫び、水の膜を展開した。
直後、ゲベトの合図を目にした住民達が、一斉に矢を放つ。
それらの矢は、ウンディーネの両腕から展開された水の膜によって、殆どが絡めとられる。
ペポに向けて放たれたそれらの矢が、悉く落ちたことに一瞬安堵しかけた俺は、しかし、嫌な予感を察知した。
なぜなら、視界の上端を細い影が飛び越えていったのを目にしたからだ。
咄嗟に踵を返した俺は、ペポに向かって駆ける。
そうして、勢いよく彼女の頭上に飛び上がり、ガムシャラに松明を振り回した直後。
俺は、右手の甲に激痛を感じた。
その痛みに半ば安堵しながら地面に落下した俺は、ゴロゴロと転がった後にゲベトの方に目を向ける。
「くっ」
「あぶねぇ。ギリギリ防げたみたいだ……な……」
右手の甲に突き刺さっている矢を抜こうとした俺は、しかし、全身に痺れが回り始めていることに気が付く。
その瞬間、ゲベトが笑みを浮かべた。
「毒か……!!」
「ダレンさん!? ウンディーネ!!」
「分かっておる!!」
「させるな!! もう一度矢を放て!!」
「邪魔をするでない!!」
毒を浄化しようとするウンディーネとロネリー。
そんな彼女たちに矢を浴びせようとするゲベト達。
磔にされたまま涙を流しているペポ。
目まぐるしく変わる状況の中で、打開する方法を考え始めたその時。
満を持して地面から飛び出して来たノームが、高らかに告げた。
「待たせたなみんな!! もう安心しろ!! 何しろこのオイラ、大地の大精霊様が、切り札を持ってきたんだからな!!」
そう言ったノームは、岩でできた小さなナイフを宙に放り投げた。
高く放り投げられたそのナイフを見て、俺は大きなため息を吐きそうになる。
身体が動かない状態でナイフを渡されても、何もできない。これは万事休すか。
半ば諦めかけたその時。高く放り投げられたナイフが突然、ひらひらと舞い踊り始めた。
「おっとダレン。オイラが言った切り札ってのは、小さな岩のナイフじゃないぜ?」
「そうそう~。もっと切れるナイフのことだよぉ~」
そう言って、ノームの後に続くように地面から飛び出して来たシルフィーが、空高く舞い上がってゆく。
まるでおもちゃでも扱うように、ナイフを風に乗せて遊んだシルフィは、そのナイフでペポの拘束を切り裂いたかと思うと、ゲベト達に目を向けた。
「なんたって今、ウチは完全にキレちゃってるんだからねぇ~」
「風の大精霊を地面の中に埋めちまうなんて、とんでもないことをするもんだぜ。まぁ、オイラに掛かれば、すぐに見つけ出せるってもんだけどな!!」
「ノームさん!! シルフィさん!!」
安堵と喜びにあふれたロネリーの声が、周囲に響く。
そんな様子を突っ伏して見ていた俺の元に、拘束を解かれたペポが涙を零しながら近寄ってくる。
「……ダレン」
「よぉ、ペポ……元気そうで何よりだ。ところで、身体が痺れて動かないから、背中に乗せてもらっても良いか?」
「任せろチ!!」
そう言ったペポは、両翼で俺を掴み上げると、胸元にギュッと抱き寄せた。
あれ? これ、後でまた文句言われるやつじゃないよな?
ペポのフワフワとした胸元に顔を埋めながらそう思った俺は、しかし、彼女の羽毛の中でじっとしているしかないのだった。




