第29話 赤く輝く炎の色
脳天をつんざくような鋭い刺激が、俺の顔を覆い尽くす。
その冷たい刺激で一気に覚醒した俺は、勢いよく上半身を起こした直後、額に痛みを覚えた。
思わず額を押さえた俺は、直後、自分の顔がずぶ濡れになっていることに気が付く。
多分、水でもぶっかけられたのか、などと考えを巡らせた俺の耳に、聞き慣れた声が飛び込んでくる。
「いたっ!!」
ゴンッという鈍い音と共に聞こえたロネリーの声。
咄嗟に声のする方を見た俺は、傍らに座り込んで額を押さえている彼女の様子に気が付いた。
「ロネリー……?」
「ダレンさん、無事でよかったです。どうやら、即効性の睡眠薬でも飲まされたみたいですね」
額を摩りながらそう言うロネリーの肩には、肩を竦めているノームが乗っている。
そんな2人の背後から、俺を覗き込むような体勢のウンディーネも居た。
「まったくだぜ。オイラ、このまま死んじまうのかと思ったよ」
「ノーム、それはどういう意味だ?」
「ワラワが居なければ、全員殺されておったかもしれぬな」
呆れたように告げるウンディーネの言葉を聞いて、急激に冷静さを取り戻した俺は、改めて周囲の様子を見渡す。
ここは、どこかの小部屋だろうか。薄暗い空気の中、埃っぽい臭いだけが漂っている。
4大精霊を拘束もせずに閉じ込めるなんて、なんて意味のないことをするんだろう。
なんてことを考えた俺は、1つ息を吐き出した後、部屋の中にペポとシルフィが居ないことに気が付いた。
「ペポとシルフィは? どこにいる?」
「連れていかれちゃいました。逆らうと、ペポの命が無いって脅されてしまいまして……」
「くそっ。油断しすぎたな」
「だな。オイラがもっと、ここの奴らのことを調べてればよかったぜ」
「で、あの爺さんたちの狙いはなんだ?」
「分かりません。ただ、私達にはあまり興味がなさそうでした。その代わり、ペポに対する扱いが……その」
俺の問いかけに応えながら、少しずつ表情を暗くするロネリー。
ペポに対して、それだけの扱いをしていたってことだろうか。
どんな事情があるにしても、まずはペポを助け出す必要がありそうだ。
「ノーム。とりあえず、敵の居場所とペポの居場所を探せるか?」
「分かったぜ。ちょっと見て来る!!」
意気揚々とそう言ったノームは、木製の床の隙間を通って、地面の中へと潜り込んでいった。
彼を見送った後、俺は背負っていた剣と盾、そしてラルフに貰ったナイフが無いことに気が付く。
流石に武器は没収されたらしい。
となると、素手で戦う必要がありそうだ。
自分の両手を見下ろしてそう考えた俺は、ふと、意識を失う直前のことを思い出して、ロネリーに声を掛けた。
「そういえばロネリー。どうしてロネリーはお茶を飲んでも無事だったんだ?」
「それは……」
「ワラワに毒物の類は効かぬ」
「……ということです。彼女の力で、毒物とか睡眠薬とか、そう言った物の効果は浄化されるんです。ダレンさんを起こしたのもウンディーネなんですよ?」
「そうか。それは助かった。ありがとう、ウンディーネ」
どおりで顔が濡れてたわけだ。と納得した俺は、上から見下ろしてくるウンディーネに感謝を述べる。
すぐにそっぽを向いて、フンッと鼻を鳴らすウンディーネ。
きっと、照れ隠しでそういう反応を見せているんだ。そうに違いない。可愛い所もあるじゃないか。
なんて、考えていることがバレたら、どうなるんだろうか。
まぁ、絶対に口にはしない方が良いだろう。
「さてと。ペポを助け出すにはここから出なくちゃいけないけど……」
そう言いながら立ち上がった俺は、この部屋にある唯一の扉の前に歩み寄った。
一応、鍵は掛けられているみたいだけど。ノームの力を借りれば、すぐにでも抜け出せそうだ。
「襲ってきた割りに、警備が手薄だよなぁ」
「そうですね。私もそれが少し気になってました」
「彼奴らにしても、ワラワ達の来訪を予期していなかったのであろう」
「計画的じゃないってことか。それならどうして、ペポだけ別の所に連れてったんだろう?」
「彼女がオルニス族だから、とか、関係あるでしょうか?」
「う~ん。オルニス族。まぁ、確かに。一番分かりやすいっちゃ、分かりやすいけどなぁ。もう1つ、気になることがある」
そこで言葉を区切った俺は、意識を失う前にゲベトが告げた言葉を思い出した。
「あの爺さん、バディが居ないって言ってたけど、本当かな?」
「分かりません……でも、そういう方が生まれることもあるって、私は聞いたことがあります」
「そうなのか」
「平原のコロニーでは、お会いしたことはありませんでしたけど」
「だとしたら、なんで爺さん達はこんな山奥に居るんだろうな?」
「それは……」
何か言い難そうに言葉を濁すロネリー。その様子を見た俺は、彼女が何かを知っていると直感した。
すぐにでも、その“何か”を聞き出したい。
そんな衝動に駆られるように、俺が口を開こうとした時、床の隙間からノームが飛び出して来る。
「おい!! ペポ達を見つけたぜ!! でも、結構ヤバいから、急いで向かうぞ!!」
そう言うと同時に、再び地面の中に潜り込んでいったノームは、床を突き破るような岩の槍を作り出し、入り口の扉をこじ開けた。
彼の焦りに満ちた様子に圧倒された俺とロネリーは、一度頷き合った後、すぐに部屋から飛び出す。
案内のために、一定間隔で地面から突き出してくる岩の柱に沿って、俺達は建物から駆け出した。当然逃げ出した俺達を見て、住民達は慌てている。
そうして、建物の並んでいる集落の、さらに奥へと進んだ俺達は、ついにペポの姿を見つけ出した。
なにやら石で作られた祭壇の上に、磔にされているペポ。
彼女の周囲を、複数人の住民達が取り囲んでいる。
幸い、今の所は大きな傷などを追っている様子はない。
だけど、そんな彼女のすぐ傍には松明を持ったゲベトが立っている。
彼は、手にしている松明をペポの身体に近づけて、何やら話をしているようだ。
その姿を見た俺は、嫌な予感を覚えた。
なぜなら、まるでゲベトがペポの身体に火を付けようとしているように、見えたからだ。
恐怖と不安に満ちたペポの瞳が、赤く輝く炎の色に染まっている。
そんな彼女と目を合わせた俺は、地面を強く踏みしめながら、大声で叫んだのだった。
「やめろぉぉぉ!!」




