第27話 珍しい客
「なぁペポ~。少しで良いから背中に乗せて運んでくれよ」
「嫌っチ。どうせダレンはアタチの背中に顔を埋めたいだけっチ」
「そんなことないって、ただ、この、蔦が、うっとうしいからさぁ!!」
背後にいるペポに向けてそう言いながら、俺は貰ったナイフで蔦を切り裂いていた。
ロカ・アルボルを出発してから既に4日目。
辺りの景色が岩肌から生い茂る木々に代わったのは2日前で、俺達は丸二日も樹海の中を歩いていることになる。
それにしても、とんでもなく広い樹海だ。
湿っぽい足元に気を付けながら、一歩ずつ前に進む俺は、ペポのさらに背後から掛けられた声に、思わず足を止める。
「ダレンさん、流石に私達2人を運んで貰うのは、ペポさんに悪いですよ?」
「そんなことないだろ。多分ペポなら軽々と運ぶさ」
そう言った俺は、おもむろにペポを見た。
背丈は俺と同じくらいなのに、やたらと大きな両翼を持っているせいで、体格が大きく見える。
そのくせ、顔は可愛らしいというのが、俺を少し不思議な感覚に陥らせていた。
「そんな信頼、要らないチ」
「要らないかぁ……」
ムスッとした表情で告げるペポに、肩を竦めながら言った俺は、再び前方に目を向けた。
どうでも良いけど、シルフィはペポの頭の上で昼寝をしているらしい。
まったく、気楽なようで羨ましいよ。
小さなため息でも吐こうかと、俺が少し視線を地面に落とした時。
不意に地面からノームが飛び出してきて、いつものように俺の頭の上に乗った。
「おっそいぞぉ!? なにちんたら歩いてんだ!?」
「仕方がないだろ? 早く進みたくても、蔦とか枝が邪魔で、思うように進めないんだよ」
「ノームだけズルいチ。どうせならちゃんとした道を作るチ」
やたらとテンションの高いノームに、俺とペポの不満が爆発する。
そんな俺達の不満を和らげようとするように、ロネリーがノームに声を掛けた。
「2人とも、特にペポさんは枝とかのせいで羽毛が汚れちゃうのを気にしてるんですよね? ノームさん、このあたりに開けてる場所とかありませんか? そろそろ休憩を挟んだ方が良いかと思うんですが」
「ダレンとノームはダメだっチね。その点、ロネリーは分かってるチ」
「おいロネリー。ペポを甘やかすのは良くないと、オイラは思うぞ?」
半ば呆れたような声音でそう言ったノームは、しかし、口を噤むと同時にフッと笑みを溢した。
そんな彼の笑みを、俺が聞き逃すはずがない。
「おいノーム、今の笑いはなんだ?」
「まぁまぁ、落ち着けよダレン。オイラがただで戻って来ると思ったのか?」
「それはどういう意味ですか? ノームさん」
「はっはっはっは!! おいペポ。どこの誰がダメだって? その言葉、後悔するんじゃねぇぞ?」
そう言ったノームは、俺の頭の上から近くの木の枝の上に跳び移ると、まっすぐ前方を指さして告げた。
「なんと!! この先真っ直ぐに行ったところに、人の住んでる集落があったぜ!!」
「おい本当か!?」
驚きと嬉しさで思わず尋ねた俺に、ノームは満面の笑みで応える。
「本当だとも、ダレン。だからな、ペポ。ダメなのはダレンだけだ」
「おい」
「そうっぽいチな」
「ペポ!?」
「まぁ、これは仕方がないかもですね……」
「ロネリーまで!?」
「何でもいいから早く行こうよぉ~。ウチ、もう疲れちゃった~」
「シルフィに至っては何もしてないだろ!?」
「ふふふ、冗談ですよダレンさん。先導と蔦の排除ありがとうございます」
「ロネリー……」
感動のあまり、ペポの後ろにいるロネリーの元に歩み寄ろうとした俺は、しかし、ペポの大きな翼に阻まれた。
「なんだよ?」
「イチャイチャするつもりっチ?」
「ちがっ!?」
「ペポさん!?」
唐突にペポから飛び出て来た言葉に、俺もロネリーも動揺する。
そんな俺達の様子を観察しながら、ペポは少しニヤケて言い放った。
「良いから早く先に進むチ」
そう言われたら進まないわけにもいかない。
歯を食いしばりながら踵を返し、歩き始めた俺は、聞き捨てならない声を耳にした。
「うわぁ~。ロネリー、顔真っ赤っかじゃ~ん」
「シルフィさん!! 変なこと言わないでください!!」
今すぐに振り返って顔を真っ赤に染めたロネリーを見てみたい。
でも、今ここで振り返ったら、ペポになんて言われるか。想像した俺は、振り返らずに歩き始めた。
「チッチッチッチッ」
小さな声でペポが笑っているのを、全力で無視した俺は、ガムシャラに前に進んだ。
心なしか、ナイフを振るう腕に力がこもる。
そうして、ずんずんと前に進んだ俺達は、ようやく開けた場所に出ることができた。
突然開けたその場所は、多分、人工的に草や木々が刈られた場所らしい。
その証拠に、目に見える範囲でいくつもの切株がある。
そんな開けた空間の真ん中に、木材で作られた幾つもの建物が、並んでいる。
中には、巨大な木の上に作られたツリーハウスもあった。
俺に続いてこの空間に足を踏み入れたペポとロネリーは、小さく感嘆している。
と、そんな俺達をジーッと見つめる人物が、少し離れたところに立っていた。
獣の皮で出来た簡素な衣服に身を包み、立ち尽くしている少女。
そんな少女は、驚きとも恐怖ともとれる表情でこちらを凝視し続けた。
少し不気味に感じた俺は、とりあえず敵対する意思が無いと伝えるために、笑いながら語り掛けることにする。
「や、やぁ。俺はダレン。君は、ここに住んでる人で合ってる?」
「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺が話しかけた直後、甲高い悲鳴を上げた少女は、まっすぐに建物の方へと逃げ出してしまう。
突然のことに驚いてしまった俺達が、身体を硬直させてしまったのは言うまでもない。
そうして、状況が分からずに身動きが取れなかった俺達の視界に、次々と人間が姿を現し始めた。
その全員が先ほどの少女と同じような出で立ちで、目に驚きと恐怖を孕ませている。
「お、おいノーム、なんだよこいつら」
「さぁ。集落があるってことだけ確かめて、どんな奴らが住んでるか確かめなかったから、オイラも知らん」
「やっぱりノームもダメっチね」
「と、とりあえず、会話できないかもう少し試してみた方が良いと思います」
そうやって、互いに目配せをしあった俺達が、今まさに口を開こうとしたその時。
集落の奥から何者かが声を発したのだった。
「ほーっ!! こりゃぁめんずらしい客じゃねぇかぁ!!」




