第24話 大地の大精霊
「分からないって……それじゃあ、私達が集まっても、何の意味もないってことですか!?」
驚きと諦めが綯い交ぜになったような声音で、ロネリーが問いかける。
そんな彼女の問いかけを聞いたホーネットは、申し訳なさそうに返事をした。
「それも分からぬ。だが、我らはあのドラゴニュートの言葉が嘘だったとは、到底思えんのだ」
そう言ったホーネットに、今度はラルフが食って掛かった。
「なぜそんなことを言えるんだ? そのドラゴニュートって奴とは、オルニスの大樹に来たときに初めて会ったんだろ?」
「ちょっとラルフ……ごめんなさいホーネット様。でも、ラルフの言う通り、私もちょっと、そのドラゴニュートって人の話を信じられないです」
タメ口で食って掛かるラルフを諫めようとしたアニカも、小さくため息を吐くと、疑問を吐露した。
確かに、4人が集まって西の霊峰にたどり着いたというのに、何も起きなかったのだとしたら、騙されていたと考えてもおかしくない。
そこまで考えた俺は、頭の中が混乱し始めていることに気が付き、とりあえず情報を整理することにした。
「ちょっと皆落ち着こう。少し頭が混乱してきた。えっと、ホーネット様。確認なんですが、俺達の前任者は間違いなく4人で、西の霊峰とやらに向かったんですよね?」
「間違いなく、頂にまで到達している。我らの中には、護衛として着いて行った者もいるぞ」
「でも、何も起きなかったと」
「その通りだ」
ここまでは、今までの話を総括しただけだ。俺が本当に知りたいのは、ここから先の話。
「で、その後は? 4人はどうなったんですか?」
俺のその質問は、ロネリーやラルフ、アニカ達も気になっていたらしく、みんな興味津々で耳を傾けている。
皆の関心を一身に受けているホーネットは、記憶を引っ張り出そうとするような虚ろな目をして、話を続けた。
「西の霊峰アイオーンの頂に集った4大精霊達は、護衛と共に魔王軍に囲まれてしまった。そのままでは埒が明かないと判断した彼らは、山の南から包囲網を脱し、西にあるセルパン川に向かったのだ」
「そのセルパン川ってのは、霊峰の近くにあるんですか?」
「そうだ。霊峰アイオーンを登るとき、彼らはその川沿いに進んだと聞く。そして、そのセルパン川に架かる橋の上で、まず初めにサラマンダーが命を落とした」
ホーネットの言葉を聞いた俺達は、何も言えず沈黙してしまう。
数秒間、静寂が周囲に漂った後、恐る恐る口を開いたのは、ロネリーだ。
「橋の上で……命を」
「彼は自ら殿に名乗りを上げ、他の3人を逃がすために、敵を足止めしたのだよ」
「そんな……」
呟くロネリーに追い打ちをかけるホーネット。
神妙な面持ちの彼女は、さらに話を続けた。
「彼の犠牲のおかげで、このオルニスの大樹まで逃げおおせた主らの前任者達は、幾日もの間嘆いておった。そうこうしておると、このオルニスの大樹も魔王軍に包囲される」
「で、その戦いの最中、大樹に火が放たれたってことか。と言うことは、残りの4大精霊達もここで全滅したってことだよな」
ホーネットの話を聞いてなんとなく結論を察した俺は、そう呟く。
だけど、俺が出したその結論を、ホーネットは即座に否定した。
「いや、それは違うぞダレン」
短く、しかし明確にそう言い切ったホーネットは、大きく息を吐き、諭すように告げた。
「主の母親が、魔王軍に囲まれたこのオルニスの大樹から、たった一人で逃げおおせたのだ」
「……俺の母さんが?」
想像もしていなかった話に、俺は動揺を隠せない。
そんな俺に、ホーネットは更なる追い打ちをかけてくる。
「知っておるか、ダレン。風の大精霊シルフィがオルニス族だけに継承されるように、ノームもまた、その継承先が限定されておるのだ」
「……継承先が、限定されている?」
「サラマンダーも、ウンディーネも、シルフィも。バディとしての生涯を終えると必ず、どこかの誰かに継承される。しかし、大地の大精霊ノームだけは、その理から外れ、独自の理を持っておるのだ」
そこで言葉を区切ったホーネットは、至極簡潔に告げた。
「血だよ。ノームと言うバディは代々、血族に引き継がれてゆくのだ」
と言うことは、俺の母さんか父さんのバディがノームだったってことか。
そして、俺を身籠っていた母さんは、俺を守るために逃げ出したと。
シルフィやウンディーネの前継承者たちは、そんな俺の母さんを見て、どう思ったんだろうか。
たった一人だけ逃げ出すなんて、臆病者だと思われたんだろうか?
俺の父さんはどうだったんだろうか。母さんを逃がすために尽力したんだろうか。
様々な疑問が頭の中を埋め尽くしてゆく中で、俺は不思議な感覚に陥っていた。
そもそも、生まれてからずっと、両親の事なんてあまり考えたことが無かった。
俺にはガスが居たし、ノームが居たし、ファングも居た。何も寂しさなんて感じなかったんだ。
それでいいと、思ってた。でも、母さんはきっと、俺のことを生かすために、逃げたんだよな。
そんな風に思うと、今まで感じた事の無かった両親の想いみたいなものを、肌で感じれた気がする。
そうやってホーネットの話を俺が頭の中で整理していると、不意に、ロネリーが小さく呟いた。
「……それって」
まるで、何か重大なことに気が付いたように、目を見開きながら呟いたロネリー。
その碧い瞳がいつもより大きく開かれている姿に、魅了されそうになった瞬間。
ホーネットが頷きながら口を開く。
「気が付いたかロネリー。つまり、大地の大精霊は、4大精霊の中で唯一、途絶える可能性を持つ大精霊だと言うことだ」
彼女の言葉を受けて初めて、俺はそのことに気が付いた。
そして同時に、つい先ほど俺が抱いた疑問が、ものすごく失礼なものだったことに思い至る。
よくよく考えれば、魔王軍に包囲されている状態で、誰の手助けも無しに逃げ出せるわけもない。
つまり、俺と母さんは、その場にいた全員の手によって逃がしてもらったんだ。
一人、大きな後悔を抱く俺を見て、どこか寂し気な目を向けて来るホーネット。
彼女は改めて大きく息を吐いたかと思うと、酷く優しい口調で言ったのだった。
「ダレン。我らは主を待っておったのだ。この地に留まっておれば、いつか必ず、主が尋ねて来ると信じてな」




