第20話 穴の底の風の魔石
「あいつ、どこに消えた!?」
「おい、それよりも、この地響きは何なんだ?」
「ちょっとノーム!! あんた、地面の中に潜れるんでしょ? この音の正体を見て来なさいよ!!」
「そ、そうだな、オイラちょっくら、音の正体を見て来るぜ」
足元から鳴り響いて来る、ドドドドドという低い音。
そんな音の正体を確かめるために、ノームが地面の中へと潜っていく。
取り残される形になった俺達は、なるべく音から離れようと、窓のある壁の方ににじり寄って行った。
一応、姿を消したリューゲに警戒をしながら、後ずさりをする。
「あの悪魔、釣りって言ってたよな? って言うことは、この空間は何かをおびき寄せるための場所だったってことか?」
「ラルフの言う通りかもしれないな。でも、何を、どうやっておびき寄せるって言うんだ? ただ、穴を掘れば寄ってくるわけじゃないだろ」
「あれじゃないの?」
ラルフの発言に賛同しながら、疑問を口にした俺は、彼の頭の上に乗っているモミジが何かを指さしたことに気が付いた。
彼女が指さしたのは、この広い空間の端っこ。
ちょうど、俺達の立っている場所と正反対に位置するその場所に、なにやら見たことのない物体が置いてある。
まるで、壁に向かって何か作動しているような武骨なそれが、俺には何なのか分からなかった。
「ここに入った時から気にはなってたが……確かに、あれ以外に怪しい物は無いな」
そう告げるラルフと視線を交わした俺は、ゆっくりと頷いて見せる。
このまま何もしないよりも、謎の物体を何とかした方が良い。
そう考えた俺が、大きく一歩を踏み出そうとしたその瞬間。
俺の眼前に向かって、足元からノームが飛び出して来た。
今までに見ないほどの勢いで飛び出して来た彼に、俺が少し驚いていると、焦りにまみれた表情のノームが叫ぶ。
「逃げろ!! 今すぐにここから出るんだ!! ダレン、壁に穴を空けるぞ!!」
流れるように俺の頭の上に乗って叫んだ彼は、間髪入れずに、再び地面に潜っていった。
「なんだ。どうした?」
と、そんなことを問いかける暇もない。
仕方なく彼の言葉に従うため、踵を返そうとした俺は、直後、鳴り続いていた音がふいに止まったことに気が付いた。
それと同時に、もう1つの事にも気が付く。
音が止まる瞬間、ゴスッという今までとは違う音が、この空間に広がったんだ。
恐る恐る、その音のした方へ目を向けた俺は、謎の物体の上の方の壁から、平らな物が突き出しているのを目にした。
さっきまで、そんなものは無かったはず。
脳裏を駆け抜けたその思考が、しっかりと定着するより先に、異変が起きる。
突き出して来たその平らな物が、グググッと下の方に動いたかと思った直後、勢いよく引っ込んでいったんだ。
その挙動は、明らかに岩が突き出して来たとかそんな代物じゃない。
もっと荒々しくて、野性的で、生物的な何か。
俺がそこまで考えた瞬間。
今までにない程の、腹に響くような衝撃音と共に、壁が抉り取られる。
つい今しがたまであったあの謎の物体と一緒に、壁が消えた。
正確に言うと、食べられたって言うのが正しいかもしれない。
なぜなら、消えた壁の先に、巨大な口があったのだから。
「逃げろぉぉぉぉ!!」
俺達の背丈なんて比較にならない程の巨大な生物の口が、岩石や土砂と一緒に、謎の物体を咀嚼している。
さっき壁を突き抜けて来ていたのは、その巨大な生物の角だったらしい。
頭部に2本の平らな角を持っているその姿を、俺が見慣れることは無いと思う。
というか、真っ黒でつるつるとしているらしい体表が、やけに気持ち悪く見えた。
そんな巨大な生物から逃げるため、急いで窓のある壁の方に走った俺は、思い切り足で地面を踏みつける。
すると、その合図を待っていたかのように、ノームが窓の空いた壁に穴を空け始めた。
「おい、ダレン!! ノームを急がせろ!! あのバケモンがこっちに迫ってるぞ!!」
「分かってる!! ノーム!! 急いでくれ!!」
「ヤバい、あいつ、思ったより移動速度が速いわよ」
「クソ!!」
もどかしくなった俺は、ノームの力で壁の厚みが無くなってゆき、脆くなった壁を蹴りつけた。
そのおかげか、壁に小さな穴を空けることができた俺は、その周囲を同じように蹴りつけながら穴を広げてゆく。
ノームの補助と、ラルフ達の手助けを得て、通れる穴をこじ開けた俺達は、躊躇することなく縦穴の中へと飛び出す。
とはいえ、縦穴の中が安全ってわけじゃない。
穴をこじ開けている時から、全身で砂塵を浴びていた俺達は、更に強烈な砂粒の猛威を、体中に浴びることとなった。
それでも、壁沿いに早歩きした俺は、さっきの広い空間から離れようとする。
その瞬間、縦穴の中心が視界に入り、俺はそこで初めて風の魔石とやらの姿を目にした。
「あれが……風の魔石か?」
吹き荒れる砂塵のど真ん中にある、緑色の大きな石。
その石は、大きな翼を広げた1人の生き物のような、姿をしている。
深くて暗い穴の底、吹き荒れる砂塵のど真ん中で、豊かな翼を広げているその姿は、どこか切なげに見える。
まるで、遥か上空の青空を懐かしんでいるようだ。
そんなことを思った俺は、その直後、けたたましい爆音を耳にした。
それは、さっきの広い空間から這い出て来た巨大な口の生物が発した雄叫び。
空気も、風も、大地すらも震動させるようなその雄叫びは、容易に俺達の肝を震わせる。
耳の奥が甲高い音に苛まれる中で、一歩後ろに退きそうになった俺は、しかし、いつの間にか右の肩に乗っていたノームの言葉を聞き、踏みとどまった。
「ダレン、リューゲの奴、きっとあの化け物に風の魔石を食わせるつもりだ。そうすれば、風が止まるって寸法だろう」
踏みとどまった理由は、良く分からない。
分かるのは、ノームの言葉を聞いた瞬間に、俺の脳裏に今までに聞いた話が蘇って来たことだけ。
かつてこの地にあったオルニスの木が、魔王軍に燃やされたこと。
その結果、なぜか発生した上昇気流でロカ・アルボルという不思議な土地ができたこと。
そのロカ・アルボルに、生き残ったオルニス族達が住んでいること。
そして、穴の底で寂し気に空を見上げたまま沈黙する、風の魔石。
これらにどんな繋がりがあるのか、俺は知らない。
だけどなぜか、魔王軍に風の魔石を破壊させちゃいけない気がした。
「ノーム!! 俺の足を地面に固定してくれ!!」
「は!? 急に何を!?」
「あの化け物に近づく!!」
「ちょ!! 無茶言うなよ!! おい!! ダレン!?」
「壊させるもんか!!」
静止するノームを無視して、強引に前に進む俺。
そんな俺の言うことに従うしかないと判断したらしいノームは、すぐに地面に潜り込むと、沢山の柱を作り出してくれた。
それらの柱に掴まりながら、風の中を進む俺は、程なくして化け物の傍に辿り着く。
「よう!! お前が何て名前か知らねぇけど、邪魔させてもらうぞ」
目の前にいるバカでかい生物を見上げた俺は、背中の剣を逆手に持つ。
今にも動き出しそうな化け物に警戒しながらも、意を決した俺は、そのまま剣を化け物の脇に突き立てたのだった。




