第2話 神秘的な碧
「ガキ!! やりやがったな!!」
謝罪はしてみたものの、やっぱり男達は俺を許してくれそうにない。
取り敢えず、既に失神している男にこれ以上の被害を与えないようにするため、俺はゆっくりと左の方に歩く。
そんな俺を睨んでいた男達は、ジリジリと俺ににじり寄ってきた。
そして、足元を見ずに歩いていた俺が、小さな枝を踏んだ直後。
パキッという乾いた音と同時に、3人の男達が一斉に襲い掛かって来る。
腰に携えていた剣を鋭く抜き取った彼らは、次々に斬撃を撃ち込んできた。
左肩から右の横腹にかけての大ぶりに、首をはね飛ばすような横薙ぎ、そして左半身を縦に切り裂くような一閃。
連続で放たれたそれらの斬撃を難なく避けて見せた俺は、3人目の男に向かって飛び掛かる。
見たところ、縦に切り裂く一閃を放ったその男の斬撃が、一番鋭い。
そう判断した俺は、振り下ろした剣の刃を上に向けて、再び切り上げようとしている男の懐に潜り込んだ。
右耳のすぐ傍を剣が切り裂くが、気にしない。
切り上げた刃が空を切ったことに気が付いた男が、一瞬焦りを滲ませる。
直後、振り上げられた男の腕に向かって跳び上がった俺は、彼の腕に掴まったまま男の喉に膝蹴りを撃ち込む。
「ぐへっ」
思わず嗚咽を漏らす男の様子を見ることなく、振り上げられた男の手首を掴んだ俺は、無理やりに手をひねって剣を奪い取った。
「ちょっと借りるよ」
そう言いながら、悶えている男の脳天を剣の柄で殴りつけた俺は、そのまま他の2人に向かって突進する。
手にしている剣は少しばかり重いけど、多分大丈夫だ。
走りながら長い剣を逆手に持った俺は、手前に立っている男の懐に向かった。
当然、俺の接近を防ごうとする男は、手にしていた剣を振り回すが、俺はそれらを剣の柄で弾く。
そうして、焦りで後退を始めようとする男の股下を潜り抜けた俺は、彼の背後に立つと同時に踵を返して、男の膝裏に蹴りを入れる。
当然ながら、膝を背後から蹴られたその男は、右の膝をついて体勢を崩した。
その隙に俺は、逆手で持っていた剣を振りかぶり、男の右足を地面に縫い付ける。
正確に言うと、男の穿いていたズボンの裾を剣で貫いたんだ。
「ひっ!!」
少しでも足を動かせば、刃が肌に擦れる状況に焦ったのか、男が短い声を上げる。
そんな男の後頭部に肘鉄を喰らわせた俺は、男が前のめりに倒れた音を聞き、眼前に意識を戻した。
最後の1人と女を押さえつけたままの男が、唖然とした様子で俺を見ている。
「な、なんなんだ、このガキ!?」
「おい、何してる!! 早くそいつを殺せ!!」
明らかに動揺している2人を見比べた俺は、今なら話を聞いてくれるかもしれないと思い、とりあえず語り掛けてみた。
「なぁ、別に俺はあんたらと戦いたいわけじゃないんだよ。ただ、その女の人を放してやって欲しいんだ。さっきも痛がってたし。痛いのは嫌だろ? 俺も嫌だもん」
すると、今の今まで頭の上で静観を続けていたノームが、呆れたような口調で告げる。
「ダレン、こいつらが話を聞くとは思えないけどなぁ」
「ノーム、俺もそれくらいは流石に分かるけど、でも、ガスが言ってただろ? 人としてあり続けろって。少なくとも、交渉もせずに殺すのは愚かな行為だって」
「こいつらがいつ交渉してたよ」
「んー……少なくとも、俺は見たことないかなぁ」
俺達がそんな会話を交わしていると、女を押さえつけている男がゆっくりと呟いた。
「……おい、今こいつ、ノームって言ったか?」
「あぁ。俺も聞いたぞ」
「え? なに? ノームのことを知ってるのか?」
男達の様子が一変したことに気が付いた俺は、そう尋ねた。
しかし、彼らが俺の質問に答えるわけがない。
その代わりにとでも言うように、女を立ち上がらせた男は、彼女の喉元にナイフを突きつけながら、口を開いた。
その時、この男が何を言っていたのか、俺は良く聞いていなかった。
なぜなら、それ以上に惹き付けられるものが視界に入ったからだ。
乱暴に立たせられた女性が、涙を浮かべた瞳で、俺を見つめてくる。
その瞳は、見た事の無いほどに鮮やかな碧色で、目が合った瞬間、俺は胸が騒めくのを感じた。
「おい、聞いてるのか!! ガキ!!」
いつの間にか眼前に迫って俺を掴み上げようとしている男。
ハッと我に返ってその男を見上げた俺は、躊躇することなく握りしめた拳を男の腹部に打ち込んだ。
「ぐへぇ」
「ノーム!!」
「おうよ!!」
前のめりになって倒れこむ男の影に潜り込みながら、咄嗟にノームに呼びかけた俺は、返事が返ってくると同時に全力で前方に跳躍した。
地面スレスレを、滑るような跳躍。
それでも、俺が女の元に到達することはできない。
目測で、囚われている彼女との距離を測った俺は、跳躍の勢いを右の拳に乗せて、思い切り地面を殴りつけた。
ドンッという鈍い音が、周囲に響き渡る。
そのまま着地してしまった俺を見て安堵したのか、彼女の喉元にナイフを突きつけている男が、ニヤリと笑みを浮かべる。
その瞬間。
ナイフを持っている男の腕を、岩でできた鋭い槍が貫いた。
地面から、まっすぐに伸び上がっているその槍は、かなりの硬度を持っている。
そのため、槍に貫かれた男の腕は、容易に動かすことができないはずだ。
「人質なんか取るからだ」
狙い通りに槍が男の腕を貫いたことを確認した俺は、即座にもう一度跳躍すると、女と男の眼前に迫る。
そうして、乱暴にナイフを奪い取った俺は、そのナイフを男の首に突き付けると、男に肩車をした状態で告げた。
「ガスはこうも言ってたよ。人質を取るような輩と交渉するのは危険が生じる。だから、場合によっては殺しても良いって」
「まっ……!!」
待ってくれ、とでも言おうとしたのだろうか。
短く声を上げた男は、しかし、最期まで言葉を発することはできなかった。
なぜなら、俺が彼の喉を掻き切ったからだ。
溢れ出す鮮血に触れないように距離を取った俺は、いつの間にか男の元から離れていた女と視線を交わす。
恐れか安堵か、色々な感情がごちゃ混ぜになっているような視線が、俺を貫く。
その瞳を再び見た俺は、神秘的な碧に吸い込まれそうになりながらも、1つ、息を吐いたのだった。
恐れか安堵か、色々な感情がごちゃ混ぜになっているような視線が、俺を貫く。