第18話 凸と凹
扉から入って右手に伸びる洞窟に進んだ俺達は、幾つかの扉を見つけた。
それらの扉の奥からは、時折、何者かの気配がしたので、流石に中までは確認していない。
とはいえそこに留まる訳にもいかないので、洞窟の至る所に置かれている木箱の陰に隠れながら、更に奥に進む。
そうして、しばらく進んだ俺達は、少し先の扉がゆっくりと開かれるのを目にした。
咄嗟に木箱の陰に身を隠した俺は、別の木箱の陰に隠れているラルフと視線を交わす。
『どちらかがバレたら、その時点で隠れるのはやめよう』
そう心の中で覚悟した俺は、開いた扉の方へと耳を傾けた。
「毎度毎度、あの野郎にはうんざりゴブ」
「ホントだゴブゥ。いつになったら気づくゴブゥ?」
「きっと気づかないゴブよ。くっそ~。面倒くさいことを押し付けやがったな、あのゴブバカ悪魔!!」
「こんなところに侵入できる人間が、いるわけないゴブゥ」
「その通りゴブよ、ケイブ!! きっとリューゲは何かを見間違えたに違いないゴブ!!」
「オラもそう思うゴブゥ。ベックスの言う通りゴブゥ」
そんな会話を交わしながら、扉の方から俺達の居る方へと近付いて来る2つの気配。
話の内容から察するに、穴の中に落ちていったリューゲって悪魔は、生きているらしい。
流石にあんな簡単に命を落とすわけはないか。と、小さく落胆しながら、俺は意識を集中した。
あと少しで、ゴブリン達が俺の隠れている木箱のすぐ横を通り過ぎる。
それまで、気配を消してやり過ごせれば、何とかなるだろう。
洞窟の反対側の壁付近にある木箱に隠れているラルフも、俺と同じことを考えているはずだ。
右肩に乗っているノームと目配せをした俺は、なるべく呼吸を小さくしながら、更に身を屈めた。
「それにしても、まだ見つからないゴブな」
「まだまだ先になるかもって、昨日班長が言ってたゴブゥ」
「マジゴブか!? もうそろそろ釣れても良い頃ゴブよ?」
「でも、一昨日はいつ釣れてもおかしくない、とも言ってたゴブゥ」
「なんで考えがブレブレゴブか!! かーっ!! 上の連中はどいつもこいつもムカつく連中ばっかりゴブ!!」
「オラたち下っ端ゴブゥ。仕方ないゴブゥ」
「諦めてんじゃねぇゴブよ!! 魔王軍で働くゴブリンの男として、志高くあるべきゴブよ!!」
「……なんか最近、ベックスもリューゲみたいなことを言うゴブゥ」
「あの野郎と一緒にするなゴブ!!」
ゴブゴブうるさいなぁ!!
と思わず叫んでしまいたい衝動をグッと堪え、ベックスとケイブの目を掻い潜った俺は、音を立てないように、木箱の反対側に回り込んだ。
これで、万が一2人が振り返ってもバレることは無い。
同じように木箱を回り込んだラルフと頷き合い、ベックスとケイブの声が聞こえなくなってから、俺達は扉に目をやる。
さっき、2人が出てきた部屋の扉だ。
耳を澄ましてみても中に気配は感じられない。
念のため、ノームに部屋の中を探ってもらった結果、誰もいないことを確認した俺達は、ひとまずその部屋に隠れることにした。
全員が部屋の中に入ったことを確認した俺は、音を立てないように、扉をそーっと閉める。
「ふぅ……とりあえず、今の所は見つからずに来れたな」
「それにしてもギリギリだったな!! オイラ、もう少しで笑い転げそうになっちまったよ」
「あら奇遇ね。アタシも笑うのを我慢してたわ」
珍しく気が合ったらしいノームとモミジが、互いに顔をニヤケさせている。
そんな2人を見て苦笑いを浮かべたラルフが、肩を竦めながら告げた。
「まぁ、あれはあまり聞き慣れないよな。俺も、あそこまで流暢に話をするゴブリンは初めて見た」
「そう言えば、岩山のコロニーを襲ってたゴブリンは、特に何も話してなかったな」
思い出しながら呟いた俺は、改めて部屋の中を見渡す。
俺達が入った部屋はどうやら、倉庫だったらしく、あらゆる道具が揃っていた。
掃除道具や作業用の工具など、俺が見たことのない物まである。
魔王軍とは言うものの、まるで人間みたいだなと思った俺は、その考えが間違っていることに気が付いた。
多分、ここにある多くの道具は、今までに魔王軍が人間達から奪ってきた物の一部なんだ。
そう考えてみると、人間達はかなりの被害を被っていることになるな。
そんなことを考えながら、じっくりと部屋の中を観察していると、ラルフが俺に声を掛けてきた。
「おい、ダレン。これを見ろ」
「ん? 何かあったのか?」
呼びかけに答えながら彼の元に歩いた俺は、すぐに理解する。
「それは、鍵か?」
どうやらラルフは、壁に掛けられていた鍵の束を見つけたらしい。
「みたいだな。持ち手の部分に彫って付けたようなマークがある。これでどこの鍵か見分けてるんだろう」
「なるほどなぁ。ってことは、これを持っていけば、普通なら入れないところにも入れるってことか」
「そうなるな」
「おいおいラルフ、そんな悪いことしても良いのか?」
「何を言ってんだダレン。悪いことなら既にしてるだろ?」
「おい2人とも、なにふざけてるんだよ。オイラ達は今、敵のど真ん中に居るんだぜ?」
「分かってるよノーム。よしラルフ。すぐにその鍵を持って先に進もう」
「だな」
ノームに諭される形で我に返った俺とラルフは、大人しく扉の方に向かう。
もちろん、鍵の束はラルフの懐の中だ。
引き続き、この洞窟の奥を探索して、魔王軍の狙いを調べてやろう。
そう考えていた俺は、しかし、目の前で勢いよく開く扉を目の当たりにして、思考が真っ白になったのを感じた。
「鍵を忘れるとか、馬鹿ゴブ」
「ベックス、ごめんゴブゥ」
そう言いながら部屋の中に入って来たベックスとケイブ。
当然、そんな2人は部屋の中にいる俺達を見てしまうわけで、一瞬、その場の空気が凍り付いた。
唖然とした表情で俺達を見つめる赤い髪で細身のベックス。
そんな彼と対照的に、太めの見た目に青い髪を持ったケイブは、口を半開きにしたまま微かな音を立てた。
ぷぅ……。
一瞬、それが何の音か分からなかった俺は、しかし、その音のおかげで我に返ることに成功する。
「ラルフ!!」
「赤い髪の方は任せろ!!」
咄嗟に動く俺とラルフ。
そんな俺達の目の前で、ベックスが叫び声を上げたのだった。
「こんな場面で屁をこくバカがいるゴブか!?」
「ごめんゴブゥ~」




