第17話 先を見据え
「なんだこれ?」
モミジの言う通り、リューゲの立っていたところに落ちていたペンダントを拾い上げた俺は、顔の前にかざしてみる。
銀色のシンプルなペンダント。
少しくすんだチェーンで首から掛けれるようになっているそのペンダントは、どうやら開くことが出来そうだ。
何の気なしに、閉じているペンダントを開いた俺は、直後、オレンジ色に揺れる光を目の当たりにする。
「うわっ……どうなってるんだ?」
まるで、炎が中に閉じ込められているような見た目の石が、ペンダントの中に埋め込まれている。
眩く広がる光には、仄かに温もりも感じられる。
「すげえ。なぁダレン、オイラにも貸してくれよ」
「ん。ほらよ」
頭の上からペンダントをねだるノームにそれを手渡した俺は、ラルフと視線を交わした。
「使えそうじゃないか。あいつ……リューゲだっけか? 色々言ってたけど、俺達に手助けしてくれたってことか?」
「そういう感じには見えなかったけど、ラルフの言う通り、これは灯りとして使えそうだな」
「何でもいいから、進むなら早くしてくれる? アタシ、早く寝たいんだけど」
モミジの言葉に背中を押され、意を決した俺とラルフは、穴の縁に立った。
下に降りる用の階段をノームが作り、俺が道を照らし、ラルフとモミジが周囲を警戒する。
壁に沿って吹き上げて来る風は、降りるにつれて強さを増してゆく。
それでも足を止めずに進んだ俺達は、ようやく穴の底に辿り着き、周囲を見渡した。
真っ暗な穴の底は、吹き荒れる風と舞い上がる砂ぼこりで、白濁している。
まるで霧の中にいるみたいだな。
そんなことを思った俺達は、目や口を腕で覆いながら、引き続き壁に沿って歩き始める。
「すごい所だな。ペンダントの灯りも、少し先までしか照らせないし。こんな所に本当に魔物がいるのか?」
「なんだダレン? オイラのことを疑ってるのか?」
「こんな光景、疑いたくもなるだろ」
「まぁ、オイラも地面の中から気配を見ただけだから、こんなことになってるとは思ってもみなかったけど」
右肩に乗っているノームと会話を交わしていた俺は、不意に左肩を背後から叩かれた。
何事かと振り返ってみると、ラルフが忙しない動きで前方を指さしながら、口をパクパクと動かしている。
「なんだ? ラルフ。聞こえないぞ?」
そんなに大口を開けたら、口の中に砂ぼこりが入るだろうに。
などという無駄な心配をしながら、ラルフの指さす方向を見た俺は、ぼんやりと光っている何かを目にした。
壁沿いに少し行った先に見えるそれは、まるでランプのように壁に掛けられているようだった。
そんな光の中で、右に左に動きを見せる影がいくつかある。
「ゴブリン達か!?」
「多分そうだぜ!! ダレン、戦う準備をしておけよ」
ノームのそんな言葉を聞いた俺は、ラルフに向かって「慎重に進むぞ」というジェスチャーを送り、前進を続けた。
伝わっているかは定かじゃないけど……。
進むにつれて、ぼんやりとしていた光が少しずつ輪郭を帯びてくる。
そして、壁に掛かっているランプと、その真下にある小さな扉を見つけた俺達は、一旦立ち止まり、周囲の様子を伺った。
扉の周りには誰もいない。
それとは対照的に、扉のさらに奥の壁には、複数の影が見て取れた。
壁に向かってなにやら作業をしているらしいその影は、人間よりも小柄に見える。
ひとまず、砂ぼこりから逃れたいと判断した俺は、さっきと同じジェスチャーをラルフに送った後、扉を目指した。
なるべく見つからないように、ペンダントを閉じて明かりを消し、ゆっくりと扉に近づく。
そうして、難なくその扉の傍に辿り着いた俺達は、少しだけ扉を開けて中を覗いた後、隠れるように潜り込んだ。
扉の中には穴の外周に沿うような洞窟が掘られていて、割と広い。
おまけに、様々な物資が運び込まれているらしく、至る所に木箱などが置かれていた。
「うげっ……砂を飲んじまった」
「あんな大口開けて叫んでたからだろ?」
「仕方ないだろ? お前たちがなんにも気づかないまま歩いてんだ。俺も止めるのに必死だったんだぜ?」
「オイラ達だって、あと少し歩いてればあの光に気づいてたさ」
「そうだな。ま、感謝はするよ、ラルフ」
「可愛げのねぇガキだなぁ。もっと素直に生きた方が良いと思うぜ?」
「アンタが何を言ってるのよ。一番素直じゃないくせに」
モミジの発言に苦笑いを浮かべるラルフ。
そんな彼らを見て同じく苦笑いを浮かべた俺は、一呼吸置いた後、木箱を見ながら呟いた。
「で、ここは何なんだろうな?」
「ふん……まさか穴の底にこんな場所が作られてたとは。正直、驚きだなぁ」
しかめっ面で洞窟の先を眺めているラルフを無視して、俺は木箱の蓋を少しだけ開けてみた。
「これは……矢だな。こっちは、ツルハシとシャベル。木箱の中を見る限り、奴らは結構長いこと、ここで何かをしてるみたいだな」
「分かったぞ。オイラの考えだと、奴らはこの穴を大きくしようとしてるんだ!!」
「で? それをして何の意味があるって言うの? 自信満々に言うってことは、ちゃんと理由も考えてるんでしょうね?」
「そ、それは今から皆で考えるんだよ」
「はっ、馬鹿らしいわね。やっぱり私は寝るわ」
「待て待て、モミジ。お前も少しは考えてくれよ」
再びラルフの懐に潜って行こうとするモミジは、あっけなく彼の手に捕まると、頭の上に乗せられた。
不服そうな表情をしている。
そんなモミジに可愛らしさを見出しながらも、俺は思考を巡らせる。
「もし、さっき言ってたように、魔王軍の奴らが風を止めることが出来たら、ロカ・アルボルはこの穴の中に落ちて来るよな?」
「そうなるな」
「そうなった時、こんな洞窟を壁中に張り巡らせていて、窓みたいなところから矢で攻撃できたら、オルニス族を一網打尽にできる……とか?」
「……えげつない考えだな。だが確かに、それなら、これだけの矢を準備している理由が説明できるか」
俺の案に納得して見せるラルフ。
だけど、この考えには1つ、欠けているピースがある。
「でも、どうやって風を止めるんだ?」
「さぁ」
ノームの疑問に肩を竦めて見せた俺は、随分と奥まで伸びている洞窟の先を見据えながら、告げたのだった。
「とりあえず、先に進んで調べてみよう。そうすれば、魔王軍の狙いも分かるかもしれない」




