第15話 答え合わせ
怒るハンスに半ば追い出されるような形で、俺とロネリーは建物から外に出た。
そこまで怒られる理由が良く分からず、ハンスに対して文句を言いたい気分だけど、それは後にしておこう。
取り敢えず、今しがた聞いた話を整理するために、コロニーのはずれにある大きな岩まで歩いた俺達は、そこに腰を下ろして話始める。
「で。ロネリー。これからどうする?」
「……分かりません。どうしたらいいんでしょうか?」
「オイラはロカ・アルボルに向かうべきだと思うけどなぁ」
「その行き方が分からないという話であろう? もう少し考えんか」
「それくらい分かってるっつーの!」
「おいおい、喧嘩するなって」
今にも言い合いを始めそうなノームとウンディーネの間に割って入った俺は、改めてロカ・アルボルのある東に目を向けた。
岩山のコロニーの傍から見ると、宙に浮いている岩の大きさに圧倒されてしまう。
その光景を前にすれば、さっきラルフが言っていた話も容易に想像がつくってもんだ。
俺はとてつもない上昇気流に空高く吹き飛ばされて、地面に叩きつけられる様子を想像しながら、身震いした。
と、その時。さっきの建物の方からラルフとアニカが歩いて来ている。
何やら言い合いをしている様子の2人は、俺達が注目していることに気が付くと、取り繕うように声を掛けてきた。
「まだコロニーを出てなかったみたいね。良かったわ」
「アニカさん。ラルフさん。どうかされたんですか?」
「え? あぁ、ちょっとね。さっきの事、謝っておきたかったから」
そう言ったアニカは短く謝罪の言葉を述べながら、俺達に頭を下げた。
彼女が言うさっきのことってのは、間違いなくハンスの事だろう。
正直、アニカに謝罪してもらう必要はないんだけどな。
俺がそう考えたのと同時に、ロネリーが謝罪を返した。
「そんなこと。私達の方こそ、突然やってきてお騒がせしました」
「お騒がせって。あなた達が来る前から、かなり騒がしかったけどね。ねぇ、本当に2人であの魔物達を追い払っちゃったの?」
「え? あ、はい。でも、私は殆ど何も。お礼ならウンディーネとダレンさんとノームさんにお願いします」
ロネリーがそう言った直後、ずっと黙っていたラルフが女性2人の会話に割って入った。
「へぇ、ウンディーネとノームだけじゃなくて、坊主も戦えるのか?」
突然話を振られた俺は、一瞬言葉を探した後、頷きながら応える。
「ノームと協力すれば、ゴブリン程度の魔物なら、楽勝だぞ?」
ノームが俺の頭の上で得意げにしているに違いない。
そんな俺を微笑みながら見ていたアニカが、悪戯っぽい笑みを浮かべながらラルフに視線を移して告げた。
「へぇ……ってことは、ダレン君の方がラルフより強いんじゃない?」
「まぁ、それはそうだろうな。剣術だけならまだしも、魔法を使われちゃ、普通の人間が敵うわけないだろ」
悔しがるでもなく、淡々と言ってのけるラルフ。そんな彼に、俺は質問をした。
「ラルフは剣が使えるのか?」
「まぁな。いつか機会があれば、坊主にも教えてやるよ」
「俺も剣なら使えるよ。あと槍と弓矢と棒もな。俺には師匠がいたからなぁ」
「ほう。それはいつか、お手並みを見せてもらいたいもんだ……っと、そんな話をしに来たわけじゃないんだ。よう坊主。それとノーム。良い話を聞かせてやろう。知りたいか?」
「良い話?」
「ダレン君、彼の話は話し半分で聞いてね。ラルフの妄想が含まれてる話だから」
「何が妄想だ。俺はこの目で見たんだぜ?」
「襲撃の最中に見たんでしょ? 見間違いの可能性だって十分にあるはずよ」
なにやら情報を持っているらしいラルフと、その情報を信じていない様子のアニカ。
アニカの様子だと、その情報は少し危険な香りがするのかもしれない。
そのせいか、口元に笑みを浮かべたまま話し始めたラルフの様子が、俺には少し怪しく見えてしまった。
「ノームがさっき、なぜ魔王軍がこの岩山のコロニーを襲撃したのかって疑問を話してたよな? あれは前提条件が間違っている」
「間違っている?」
「そうだ。奴らの狙いはコロニーじゃない。ロカ・アルボルだよ。俺は奴らが襲撃してきた時、ロカ・アルボルの穴の近くにいたんだ。そして、奴らの分隊らしきゴブリン共が、穴に飛び込んでいくのを見た」
「穴に飛び込んだ!?」
「そうだ。俺も初めは目を疑ったさ。そして、すぐに奴らが空高く吹き飛ばされると思った。が、結果として、奴らはそのまま戻って来ていない」
「それって……」
少し考え込みながら呟くロネリー。
そんな彼女を見たラルフは、言葉に力を込めながら続けた。
「話はそれだけじゃないぞ。それとほぼ同時に、魔王軍の奴らは穴の北にある拠点から、ロカ・アルボルに向かって一斉攻撃を開始したんだ。それと同時に、岩山のコロニーの住民は地下に閉じ込められた。これが何を意味するか分かるか?」
「……陽動?」
「その通りだダレン。奴ら、穴の下に魔物を送り込んでいることがバレないように、周辺に住む人間を地下に閉じ込め、オルニス族の注意を引こうとした。つまり」
そこで言葉を切ったラルフは、自らの足元を指さしながら、端的に告げる。
「魔王軍は、ロカ・アルボルの下にある穴の底で、何か企んでる」
「穴の底に行けたとして、何ができるのよ。そもそも、穴の底には何があるって言うの?」
「さぁな。それは俺にも分からねぇ」
全く信じていない様子のアニカに、ラルフは肩を竦めながら告げる。
そんな2人を見た俺は、続いてロネリーに目を向けた。
「ロネリー。今の話どう思う?」
「色々と分からないことが多いけど、ロカ・アルボルを浮かせている上昇気流は、穴の中から噴き出してるんですよね? ってことは、その風を止めてしまえば……」
「それは無理よロネリーちゃん。そもそも、どうして上昇気流が発生しているのかも分からないし、止め方も分からないけど、穴の底は一番上昇気流が強い場所なんだから、流石の魔王軍でも、何もできないでしょ」
首を横に振りながら、告げるアニカ。
まぁ、彼女の言いたいことは分かるけど、少し納得感に欠けると感じた俺は、頭の上にいるノームを見上げながら口を開いた。
「えっと、色々と疑問があるってのは分かったうえで、俺達から1つ提案があるんだけど。まずは、ラルフが見たって言うものの答え合わせをしないか?」
そう言った俺は、掌を上にして右手を前に突き出した。
直後、待ってましたとばかりに俺の手の上にノームが飛び降りる。
「ノーム、できるよな?」
「あぁ、オイラが穴の底まで潜って行って、ゴブリン共がいるか見て来ればいいんだろ? 簡単だぜ」
腰に手を当て、胸を張りながら告げるノーム。そんな彼を見て、ラルフが呟いた。
「おぉ、ノームってそんなことができるのか。便利だな」
「おい、オイラを便利な道具みたいに思うんじゃないぞ」
「あはは……なんか、このやり取り前にも見た気がするのは私だけ?」
「大丈夫だロネリー。俺も見たことある」
苦笑いをするロネリーに俺が同意した直後、ノームが地面の中へと飛び込んでいった。
そうして数分ほど待った後、勢いよく地面から飛び出して来たノームが、興奮気味に告げたのだった。
「おい!! ラルフの言ったとおりだ!! 穴の底に魔物がわんさか居たぜ!!」




