第14話 バカげた話
「オルニスの大樹……」
ラルフの言葉を聞いた俺は、思わずそう呟いてしまった。
オルニスって言えば、ゴールドブラムの言ってたオルニス族のことに違いない。
と言うことは、やっぱりこの場所に、オルニス族が住んでいたってことだ。
でも、今この部屋にいる人々を見る限り、それっぽい種族はいない。
皆、普通の人間だ。
その事実を受けて嫌な想像を働かせ始めていた俺に、ラルフが語り掛けてくる。
「坊主……ダレンだったか? オルニスの大樹を聞いたことあるのか?」
「オルニス族って種族の事なら。俺達がここに来た理由だから。でも、大樹なんてどこにも無かったぞ?」
「そりゃそうだ。16年前に魔王軍が焼き払っちまったからなぁ」
肩を竦めながら軽い口調で言ってのけるラルフ。
そんな彼の言葉を聞いたロネリーが、残念そうに項垂れながら呟いた。
「そんな……それじゃあ、オルニス族はもう」
「ロネリー、そいつは早合点って奴だなぁ。オルニス族は全滅しちゃあいない。ただ、降りてこなくなっただけだ」
「降りてこない? それはどういうことですか? ラルフさん」
「奴らは未だに、大樹の跡地に浮いてる岩の上で暮らしてるってことさ。空を飛べない俺達を、閉め出したままな」
「閉め出した? どうしてオルニス族はそんなことをするんだ?」
「ダレン。お前さんもまだまだ子供だな。そんなこと、分かり切ってるだろ? 空を飛べない人間は、奴らにとって足手まといなのさ。なにしろ、俺達みたいなのがロカ・アルボルに登ろうとしても、空高く吹き飛ばされるのが関の山なんだぜ?」
ラルフの並べた言葉の中に、聞き覚えのない単語が出てきた。
ロカ・アルボル。
多分それが、あの浮いている巨岩の名称なんだろう。そしてそこに、目的のオルニス族が住んでいる。
でも、俺達はロカ・アルボルに向かうことができないと、ラルフは言う。
他の住民達の表情を見るに、彼の言っていることは本当なんだろう。
それでも希望を捨てきれなかった俺は、1つの提案をしてみた。
「俺とノームなら、地面から橋を作って、そのロカ・アルボルまでつなぐことができるかも……」
「少し考えてみろよ。あんなどでかい岩を浮かす上昇気流だ。穴の中心に向かうほど、力も強くなる。そんな中を、風に乗れない種族が、自由に動き回れるとでも思ってたのか? 最悪の場合、浮いてる岩と激しく衝突して、ペチャンコさ」
「……」
俺の提案は、呆気なく一蹴されてしまった。
「でも……それじゃあ、どうやってオルニス族の方とお話すれば?」
黙り込む俺の隣で、質問を絞り出したロネリー。
そんな彼女の質問を一蹴したのは、意外にも、バンダナの女性アニカだった。
「残念だけど、彼らが2人の話を聞いてくれるとは、とても思えないわ」
「そんな……」
せっかくこんなところまでやって来たのに、目的地を目の前にして、何もできないのか?
腹の底から沸き上がって来るもどかしさと、釈然としないモヤモヤが、俺の胸元をくすぐる。
そんな俺に追い打ちをかけるかのごとく、しばらく黙っていたハンスが、思い出したように口を開いた。
「もう遅いかもしれんが、お前達はすぐにここを離れた方が良い。来た道を戻れ。さすれば、束の間の安息を味わえるやもしれん」
ハンスのその言葉は、俺の心に深々と突き刺さった。
硬く、揺らぐことのない意志に塗り固められた、諦めの言葉。
きっと、それだけの光景を、ハンスは見て来たんだろう。
そして、この岩山のコロニーに住んでいる皆が、彼と同じものを見たのかもしれない。
そんな彼らに返す言葉が見つからなかった俺は、ふと、ロネリーと視線を交わす。
「ダレンさん……」
不安と困惑が綯い交ぜになったような彼女の瞳は、青に変わりはないが、いつもの碧ではなかった。
瞳が違う。たったそれだけなのに、俺にはなぜか彼女の姿が、か弱く見える。
そこでふと、俺は旅に出る前夜に見たロネリーのことを思い出した。
長年、一緒に過ごした人々に囲まれ、笑顔で別れを告げるロネリー。
彼女が抱いたという決意は、何だったのか。結局分かっていないけど、1つだけ言えることがある。
彼女が旅の仲間として選んだのは、俺だということ。
ノームをバディに持っているからという分かりやすい理由はあるけど、会ったばかりの人と2人で、思い付きの旅に出るものだろうか?
そんな疑問を俺が抱いた時、頭の上にいたノームが告げた。
「なぁダレン。オイラ思ったんだけどさ。なんで魔王軍はこのコロニーを襲ってたんだ?」
「は? それはまぁ普通に、物資を奪ったりするためだろ?」
「物資を奪うってだけなら、こんな岩山よりも平原の方が良いじゃねぇか。でも、平原のコロニーには、魔王軍が直接手を下してなかっただろ? どうなんだ? ロネリー?」
「え? あぁ。はい。確かに、この岩山のコロニーを襲ってたような魔物が隊を組んで襲撃してきたことはなかったです」
「何が言いたいんだ? ノーム」
やっぱりな、とばかりに鼻を鳴らして得意げに笑うノーム。
そんな彼に俺が問いかけると、ノームは話し始めた。
「オイラ思うんだけどさぁ、魔王はよっぽど反抗されるのが怖かったんじゃねぇか? だから、シルフィがいるって分かってるここを狙ってるんじゃないかって。風の大精霊シルフィは、オルニス族にしか継承されないんだろ?」
「らしいな」
「だったらおかしいだろ? オルニス族って、翼があるんだよな? ってことは、飛んで逃げればいいじゃないか。でも、奴らは未だにこのロカ・アルボルに留まってるんだろ?」
「……たしかに。そうですね」
「魔王からすれば、とんでもない上昇気流が吹き続けている場所に留まってるオルニス族の様子は、かなり怪しいよな」
立て続けに言葉を並べたノーム。
そんな彼の言葉を聞きながら、少しずつ目を見開いていったハンスが、口を開こうとしたその時。
ノームが話を締めくくった。
「昔、魔王と戦って負けたってのは分かったけどさ、オイラにはどうも、オルニス族とシルフィが諦めたようには見えねぇんだよ。逆に、今までずっと準備を進めてたんじゃないかって。そう思うんだ」
「……へぇ」
面白いものを見るような表情で小さな笑みを浮かべるラルフ。
対照的に顔をしかめてしまったハンスは、再び怒りを顕わにしながら、俺達に告げたのだった。
「そんなバカげた話、あるものか!! お前らは大人しく来た道を帰れば良いんだ!!」




