エピローグ 小さな種が芽吹いた夜
ロネリーと2人、平原のコロニーに戻って来た日の夜のこと。
ゴールドブラムたちは盛大な宴会を開いてくれた。
ロネリーが無事に帰ってきたこと、そして魔王軍との戦いに勝利したこと。
色々と喜ばしいことはあるはずだけど、とりわけ彼らが喜び、祝福の言葉を述べたのは、ロネリーがすぐに命を落とす心配がなくなったことらしい。
やっぱり、ウンディーネの継承者に科せられていた事情のことは、全員が知っていたみたいだ。
だからこそ、そんな人々に囲まれた俺は、未だかつてない羞恥心に苛まれていた。
自分の気持ちが露呈するのって、こんなに恥ずかしいことなんだな。
今日までに抱えて来ていた悩みとか、世界の危機とか、そんなものが小さく思えてしまう。
それはロネリーも同じみたいで、宴会が始まってからずっと、顔を真っ赤に染め上げている。
そんな彼女もまた、魅力的に見えるんだから、悪くない夜だな。
なんてことを考えていると、隣に座っていたロネリーが小さなお椀を差し出してくる。
「ダレンさん。これ、どうぞ」
「ん? あぁ、ありがとう」
そう言って差し出されたチーズを口に運んだ俺は、出立する前日の宴会でも、彼女からチーズを貰ったことを思い出す。
あの時は確か、彼女の指が唇に触れただけで動揺してたよなぁ。
懐かしむように小さな息を吐く俺に、ロネリーが不思議そうな顔を向けてくる。
「どうかしたんですか?」
「前にも、こうやってチーズを貰ったなぁって、思い出してただけだよ」
「そ、そう言えば、そんなこともありましたね」
なんでか分からないけど、少し慌てている様子のロネリー。
何か思う所でもあったんだろうか?
まぁ、そんなことはこれから少しずつ、長い時間をかけて聞いて行けばいい。
それよりも、今日の所はロネリーや皆と沢山話をして、楽しんで、そして別れを告げないといけない。
本当は、ペポやシルフィやサラマンダー、ガーディにベックスとケイブも、ここに来れれば良かったんだけど。
今は皆、自分の所縁の場所に帰っているから、その機会は次にまた作ろう。
頻繁にってわけにはいかないけど、たまになら良いよな。
安らかな時が、月と共にゆっくりと進んでいく。
賑やかな声と美味しい料理を楽しんでいた俺は、テーブルの上に大の字に寝転がってるノームを見つけた。
「うぷっ。もう腹いっぱいだぜ」
「おい、テーブルの上で寝転がるなよ。行儀悪いだろ?」
「今日くらい良いじゃねぇか。それにしても、やっぱりチーズは旨いなぁ。これはオイラの好物だって言っても過言じゃないぜ!」
「確かにうまいよな。なんていうか、俺はこの後味が好きだ。でもなぁなんか、違うんだよなぁ」
「違う? 何がだ?」
「いや、前に食べた時のチーズの後味と、今日食べてるチーズの後味が、違う気がして……」
俺が違和感を説明していると、再び慌てた様子のロネリーが、俺の右手を握りながら声を張り上げる。
「そ、そうなんですか!? それは不思議な話ですね。ところでダレンさん! 惑わせの山の家はどうするつもりなんですか? あそこは思い出の場所だったんですよね?」
手を握られたことで一瞬動揺しそうになったけど、それもすぐに収まった。
もう何度も握り合ってるんだ。今更動揺なんてしない。
「ん? あぁ、まぁ、自然に帰っていくだろうから放置してるけど……? なんかロネリー、ちょっと変だぞ?」
「そうだな。オイラもそう思ったぜ」
「うっ……えへへ、そうですか?」
誤魔化すように笑うロネリー。可愛いな。
まぁ、これ以上追及するつもりもないから良いけど。
人にはそれぞれ、いろんな思いがあるんだってことを、俺は知ったわけだし。
そこでふと、とあることを思いついた俺は、まだ寝転がっているノームに声を掛けた。
「なぁノーム。そう言えばこの平原のコロニーにも想いの種ってあるのかな?」
「お!? それは考えてなかったな! 確かに、あるかもしれないぜ!」
「ちょっ!? ダレンさん!? 何を言ってるんですか!?」
「何って、想いの種がこのコロニーにあれば、もしかしたらガスの過去とかも見れるかもしれないだろ? 正直、興味がある」
「ダ、ダメです!! 想いの種って、その人の強い気持ちが残ってるってことですよね!? だったらやっぱりダメです!!」
「なんでだよ? やっぱりちょっとおかしいぞ? ロネリー」
「ダメなものはダメなんです!」
まるで懇願するように俺の腕にしがみ付き、上目遣いで訴えかけて来る彼女の様子を見て、俺は確信した。
こんだけ反対するってことは、それなりの理由があるに違いない。と。
同じく確信したらしいノームが、一瞬でワイルドに覚醒して見せる。
「あっ!! ノームさん!?」
「悪いなロネリー。そんなに隠されると、見たくなるじゃんか」
必死に引き留めようとするロネリーを掻い潜り、椅子から立ち上がった俺は周囲を見渡した。
どこかに光があれば、取り敢えず見て見よう。
そうして、一番初めに見つけた光は、コロニーの真ん中の広場にあった。
今も多くの人々が大騒ぎしている広間だ。
そんな広間の焚火の脇に、その光がある。
確か、前に俺達が座ってた辺りだな。
なんてことを思い、そちらに向かって歩こうとした俺に、背後から声が掛けられた。
「ダ、ダメ!!」
俺の動きに気づいたらしいロネリーが、強引に止めようとしてくる。
だけど、そんな彼女を制止したのは、ずっと黙り込んでいたウンディーネだった。
「ちょっと、ウンディーネ!?」
「ロネリー。悪いがワラワは味方をしてやれん。腹を括るのじゃ」
「うぅぅ……」
ウンディーネに羽交い絞めにされているロネリーが、懇願するような瞳を向けてくる。
その様子を見て、思わず足を止めそうになった俺は、しかし、意を決して前に歩いた。
そして、その光に手を突っ込む。
辺りに広がったのは、あの日の宴会の様子。
しかし、すっかりと静寂に包まれている広場の中で、ただ一人、ロネリーだけがその場に座り込んでいた。
『……本当に良かったのか?』
『ちょっと罪悪感はあるけど、でも……これからずっと我慢し続けるんだから、これくらい許して欲しいな』
背中のウンディーネと会話を交わすロネリーのひざには、眠っている俺が膝枕されている。
『どういう状況だ? こんなの、覚えてないぞ?』
『オイラもだぜ』
驚きの声を上げるノームと共に、俺は事の成り行きを見守る。
『まさか、睡眠薬まで使うとはなぁ。バレたら事じゃぞ?』
『バレないよ。私とウンディーネしかいないんだよ?』
『じゃが』
『バレたら、嫌われちゃうかな……』
『……』
『私の、命が掛かってるんだ。だからってワケじゃないけど、これくらいのご褒美は欲しいかも。ううん。頑張るために、目標が欲しい』
『そう、じゃな』
『うん。だからこれは、私達だけのヒミツね』
そう言って悪戯っぽい笑みをウンディーネに向けたロネリーは、その直後、髪をかき上げながら前かがみになった。
そして、少しためらった後、眠っている俺に口づけをする。
覚えていない。
だけど、俺ははっきりと理解する。
その口づけの味は、とても濃厚なチーズの味。
忘れもしない、いや、今となっては忘れられない光景だ。
辺りの光景が一気に現実に戻っていく中、俺は茫然とその場に立ち尽くす。
なんていうか、背後を振り返ることができない。
ダメだ、今振り返ったら、恥ずかしさで死ぬ。
知らない方が良かったかもしれないなぁ。
あぁ、数秒前の俺を、俺は止めたいよ。
そんなことを独白した直後、背後にいるロネリーの声が漏れ聞こえてきた。
「うぅぅぅ……もう私、生きてけないよぅ」
振り返ったら、きっと恥ずかしさで顔を赤く染めた彼女の姿を見れるんだろうなぁ。
その姿を頭の中で思い描きながら、俺は夜の空を見上げ、小さく呟いたのだった。
「月が綺麗だなぁ」
「そして野生児は碧眼の姫に出会い、彼女と瞳に恋をした」
これにて完結となります。
チーズの味がするキスって、どんな感じなんでしょうね?
まぁ、そんな経験ないんですが、ちょっと臭そうだなと思います笑
2022年の3月中旬から更新を開始して、半年と少し、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
異世界ファンタジーと恋愛ものを掛け合わせてみたいなぁと思って、構想を練り始めたんですが、思ったよりファンタジーに寄っちゃった気がしてます。
恋愛要素って、織り込むのが難しいですね。
まだまだ工夫できる部分があったなぁと、今となっては反省中です。
なんにせよ、この半年間は書いてて楽しかったです。
次回作も色々と考えているところですので、近日中には投降を開始できると思います。
その時は、ここにURLでも貼って、宣伝させてもらうかもです。
また、Twitterでも更新の報告をしていますので、良ければフォローしていただければ嬉しいです。
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それでは、これからもっと面白いと言ってもらえるような物語を書けるように、引き続き楽しみながら頑張って行こうと思いますので、よろしくお願いします。
最後まで読んでいただきありがとうございました!!
もし興味があれば、下記のお話も読んでみてください。
「ジゴクからの成り上がり ~転生特典:閻魔の呪い~」(完結済み)
URL⇒https://kakuyomu.jp/works/1177354055008575184
概要⇒異世界に転生した少年ウィーニッシュが、奴隷からなり上がるまでの物語
「マナリウムシリーズ」
URL⇒https://kakuyomu.jp/users/ranrenron/collections/16816700428386083752
概要⇒ファンタジー世界を共有した物語達です。
主人公は各作品で全員違いますので、どの物語から読み始めても
問題はありません。
話の内容は直接的な関係はありませんが、
一部のキャラクターや地名は、登場する可能性があります。
(ただし、別作品を読んでいないと理解できないということはありません)




