第123話 心の支え
「戻った、のか?」
暗い穴の底で目を醒ました俺は、穴から見える曇り空を見上げながら、呟く。
すると、俺の周りに寄り添うようにして寝転がっていた皆も、少しずつ覚醒し始めたらしい。
少し狭い中で、体勢を整えながら、皆も俺と同じように状況を把握し始めている。
「ここは、あの穴の底でしょうか?」
「そうみたいチね」
「早く上がるゴブ。正直、ここは狭すぎるゴブ」
「そうゴブゥ」
「お前の図体がデカいんだゴブ!」
「そこまで言わなくてもいいゴブゥ……」
項垂れるケイブの背中を摩った俺は、穴を降りる時にノームが作ってくれた螺旋階段に足を掛ける。
敵が全ていなくなり、これで世界が救われた。
そんな気持ちにはやし立てられる俺達の足は、当たり前だけど、少しずつ速まっていく。
しかし、穴から出た俺達の視界に映る世界は、特に何も変わっていない。
まぁ、当たり前だけどな。
俺達が潜ってた穴が、水に満たされたりしていないし、そんな穴の傍にミノーラが居ることもない。
ボロボロになっていた小さな集落も元のまま。
どこまでも残酷で、ありのままの世界だ。
だからこそ、俺達の目には、綺麗なものがもっと美しく見えるんだろうな。
そんなことを考えながら隣に立つロネリーを見た俺は、彼女が首を傾げて視線を返して来る様子に胸を撃たれた。
思わず恥ずかしさを覚えつつ、そっと視線を逸らす俺。
すると、勢いよく飛び上がったペポとシルフィが、西の空を指し示しながら叫びかけて来る。
「まずいチ!! 浮遊城が!! ゆっくりと落ち始めてるチ!!」
「それは本当!? だとしたらものすごいことになりそうだね……どうする? ダレン」
「ウィーニッシュが居なくなったからな。まぁ、仕方がないかもしれない。ペポ! 俺達はすぐに雨を降らす準備に入る! ペポとシルフィは浮遊城に行って、フェニックスを探してくれ! 見つけたらここに連れて戻ってくれれば良い」
「分かったチ!! シルフィを1人、ここに残しておくチ! 何かあれば、その子に言うチ!!」
そう言って飛び去って行くペポとシルフィを見送る。
随分と便利なことができるようになったもんだ。
なんて考えながら、俺は他の皆に目を向ける。
「サラマンダー、ヴァンデンスが言ってた話だと、海の水を蒸気に変える必要があるよな。場所は任せるから、近場の海で待機しててくれ」
「分かったよ」
「ガーディも、サラマンダーについて行って、護衛を頼む。アパルを危ない目に合わせるわけにはいかないからな」
「マカセロ!」
力強く頷く2人から、ロネリーに視線を移した俺は、続けた。
「ロネリーとウンディーネは、俺とノームがさっきの穴をセルパン川に繋いだら、水を溜めてくれ」
「分かりました。でも、あの穴じゃないとダメなんですか?」
「多分、そうだと思う。想いの種でも、あの穴は泉だったし、それに、地獄に繋がってただろ? だから、ウンディーネの水を介して、死者の魂ってヤツを、この世界に引き入れたりする……のかなぁなんて、考えてるけど」
「なるほど。分かりました」
その水が世界に雨となって降り注ぎ、新たな命を芽吹かせる。
そうでないと、地獄で苦しむ魂たちが報われることは無いんじゃないか。
そんな言葉をグッと飲み込んだ俺は、最後にベックスとケイブに目を向けた。
「で、俺達は何をするゴブ?」
「オラ達に出来そうなことは、とくになさそうゴブゥ」
「そんなことは無いぞ、ケイブ。閻魔大王と魔王が居なくなったからと言って、魔物が消えるわけじゃないだろ? 現に、お前達は俺達と一緒に居るんだ。だから、残された魔物達のことを、2人に任せたい」
「俺達に……」
「魔物を任せる……ゴブゥ?」
困惑している2人の様子が、少し可笑しくて。俺は小さく笑った。
そして、ずっと思っていたことを口にする。
「バディが欲しいって言ってただろ? だったら、ミノーラ様を蘇らせなくちゃ、お願いもできない。そして、彼女にバディを貰ったら、お前達は離れ離れになって生きていくのか?」
「それは……ないゴブね」
「ベックス……」
「だろ? だったらお前達は紛れもない相棒なんだ。それに、ミノーラ様も言ってただろ? バディとして一緒に生きていく。その中で試すんだって。その試練の1つとして、魔物を取りまとめるっていうのは、面白いことだと俺は思うけどな」
俺の話を聞いて顔を見合わせたベックスとケイブは、すぐに頷きながら笑みを見せた。
「まぁ、俺達に掛かればそれくらい簡単かもしれないゴブ」
「簡単だったら、試練にならないゴブゥ」
「っ! そ、それもそうゴブ! それでも、やり遂げるゴブ!!」
「ふふふ。楽しそうですね。なにかあれば、私達もお手伝いしますよ?」
「心強いゴブゥ」
ひとしきり笑い合った俺達は、遠く西の大地から大きな衝撃音が轟いてきたことで、気を引き締めた。
「よし、そろそろ動こう。皆、準備は良いな?」
「はい!」
「うん!」
「ダイジョウブ!」
「任せろゴブ」
「任せろゴブゥ」
「ペポも大丈夫だってぇ~」
その場にいる皆と、シルフィを介して話を聞いていたらしいペポの反応を聞いた俺達は、強い意思を胸に動き出す。
それからの日々は、ただひたすらに忙しかったことだけを覚えている。
出来上がった川は、初めこそ少しの水しか流れていなかったけど、サラマンダーとペポの働きで雨が降り始めたことで、その様子も変わり始めた。
水量は増え、至る所で水だまりが発生し、その度に、多くの問題が噴出する。
その中でも大きな問題だったのは、塩の迷宮だ。
塩の結晶が立ち並んでいる平野には、少しだけ窪んだ場所があったらしく、そこに雨水がたまり始めたんだ。
出来る限り塩を取り除いたりはしたけど、極端に塩の濃い湖ができてしまう。
そうして、その塩水があまり周囲に漏れ出ないように工夫をしている間に、気が付けば1か月が経過していた。
地獄だった大地も少しずつ落ち着きを取り戻し、平穏が戻りつつある。
そんな状況を鑑みた俺とロネリーは今、少しだけ休暇を兼ねて、平原のコロニーに戻って来ている。
別に、2人きりの旅行がしたかったワケじゃないからな?
まぁ、したいけど。
でもそうじゃなくて、俺達の役割を果たすためには必要なことだったんだ。
ロネリーとウンディーネが水源になる以上、彼女はあまり霊峰アイオーンを離れることができない。
だとしたら、このまま平原のコロニーの人々に別れも告げないというのは、寂しいことだよな。単純に、無事も伝えたいし。
「それにしても、本当に久しぶりに来たな……ここを出て、どれくらい経ったんだっけ?」
別れを告げるロネリーを平原のコロニーに残して、1人で惑わせの山に赴いた俺は、以前住んでいたツリーハウスを見上げた。
傍から見ても、山を出てからの時間で家がボロボロになりつつあるのが分かる。
胸を締めるような寂しさに襲われるけど、もうここは、俺の居場所じゃない。
良い場所だったし、思い出もあるけど、それと同じくらい、今も大切だ。
「ちゃんとやり遂げたよ、ガス。俺、あんたよりもいい男になったと思うぜ?」
「ちょっと調子に乗りすぎじゃないのか? まぁ、オイラも否定はしないけどよ」
おどけて見せるノームに笑い返した俺は、直後、視界の端で何かが動いたことに気が付いた。
咄嗟にそちらを振り返ると、多くの子供を連れたファングが、茂みから姿を現す。
「なんだ、ファングか。お、子供たちも居るんだな。元気そうで何よりだ」
そう言った俺は、ファングともここでお別れなんだと気が付き、胸に痛みを覚える。
すると、そんな俺の様子に気が付いたのか、歩み寄って来たファングが俺の顔をひとナメした。
「お前も寂しいか? でも、お互いに大切なモノがあるんだもんな。だけど、大丈夫だ。道は繋がってるからな」
いつでも会いに来れる。
それはとても強い心の支えになってくれるはずだ。
そんなことを考えた俺が、改めてファングの目を見つめると、ファングはゆっくり瞬きをした後、茂みの奥へと帰って行った。
当然、彼女の子供たちも後について茂みの中へと分け入っていく。
しかし、1匹の子供だけが、その場に座り込んで、俺をジーッと見つめてきた。
どうかしたのか?
そう問いかけようと思った矢先、俺はふと、小さな声が聞こえたような気がした。
『ありがとうございました』
聞き覚えのあるその声が、俺の想像通りの声なのか。
確かめる前に、子供の狼は身を翻して茂みへと帰っていく。
青く澄んだ空と、爽やかな風。
降り注ぐ陽気と、確かな大地。
それらを見渡した俺は、すごく心地の良い気分のまま、惑わせの山を後にしたのだった。




