第12話 不服そうな表情
襲い来るゴブリンとワイルドウルフを、剣や岩の槍で切り捨てながら、俺達は先に進んだ。
ロネリーとウンディーネも、俺の背後をキープしながら、水弾で援護をしてくれている。
どちらかと言うと、彼女たちが撃ち漏らしたゴブリン達を、俺達が排除しているような状況なんだけど。
「普通に強いよな……ウンディーネ」
ぽつりと呟きながら、ゴブリンに突き刺さっていた剣を引き抜いた俺は、前方に視線を投げる。
ウンディーネが打ち上げた沢山の水弾のおかげで、もう残りの魔物は少ない。
大きな障害になりうる敵と言えば、鎧を身に纏ったゴブリンくらいだろうか。
そのゴブリンは降り注ぐ水弾を気にも留めない様子で、奥から俺達の方を睨みつけていた。
「ダレンさん。後はそいつだけなんですけど、お願いできますか?」
「あぁ、任せてくれ。他の奴は頼んだ」
「分かりました。ウンディーネ、お願い!!」
背後のロネリーに雑魚を任せることにした俺は、剣と盾を構え直すと、鎧のゴブリンめがけて歩き出した。
対する鎧のゴブリンも、俺の敵意に気づいたらしく、手にしていた盾と斧を構えている。
「こいつ、強そうだな」
身長は俺よりも少し大きい程度だけど、腕力では敵わない気がする。
正面からぶつかるのは、あまり得策じゃないな。と俺が思った瞬間、対峙していた鎧のゴブリンが、一歩を踏み出した。
直後、斧を振り上げながら突進してくるゴブリンを見て、俺は咄嗟に剣を切り上げる。
例の如く、俺の斬撃に沿って飛び出して来た岩の槍。
しかし、それらの槍が鎧のゴブリンを貫くことは無かった。
まぁ、さっきまで散々同じ技を使ってたんだ、対処法を見破られていてもおかしくはない。
地面から飛び出て来た槍を、右に大きく飛び退くことで避けたゴブリンは、そのまま俺の眼前にまで迫り来る。
その瞬間を狙っていた俺は、大きく一歩を踏み出すと同時に、地面を強く踏みつけた。
途端、まるで狙い定めていたように、鎧のゴブリンの足元がパックリと割れる。
足場を失った鎧のゴブリンは、為す術もないままに割れ目の中へと落下した。
高さで言うと、2メートルくらいだろうか。
突如として現れた穴の中に落とされたゴブリンは、忌々《いまいま》し気に俺を見上げてきている。
「悪いな。これはちょっと卑怯な気もするから使いたくなかったけど、お前は強そうだし、手加減なしでやらせてもらうよ」
ゴブリンを見下ろしたまま俺が告げた直後、穴の壁から無数の岩の槍が飛び出してくる。
重たい鎧を身に纏っているゴブリンが、穴から這い出して逃げ出すことは、到底不可能だ。
当然ながら、岩の槍を全身に受けたゴブリンは、そのままぐったりと力を失ってしまった。
「よし。これで片付いたな。ノーム、一応周囲の様子を見て回ってくれ」
「あいよ~」
穴の中から帰って来たノームの声を聞いた俺は、ゆっくりと閉じてゆく割れ目を横目で見た後、ロネリーの方に視線を向ける。
「片付きましたか?」
「うん。こっちは終わった。ノームに、他に敵がいないか見てもらってるところだ」
「他愛もない奴らじゃったの」
珍しく姿を見せているウンディーネが、ロネリーの隣で周囲を見渡しながら告げる。
そんな彼女を思わず見上げていた俺に気づいたのか、ウンディーネは少し顔をしかめながら問いかけてくる。
「なんじゃ? ワラワに何か言いたいことでもあるのか?」
「え? あぁ、そうだな。さっきも言いそびれてたし。助けてくれてありがとな」
「なっ!? ワラワは別に、おぬしらのことを助けようとしたわけじゃ」
「ウンディーネ、何言ってるの? このままじゃダレンさんたちが危ないって、勝手に出てきたのはあなたでしょ?」
「ロネリー!! 違う、違うぞ!! ワラワはそのようなこと」
ツンケンとした態度で俺のことを突っぱねようとしたウンディーネは、ロネリーの告発に慌てふためく。
そんな彼女たちの姿を見て、思わず笑みを溢した俺は、直後、足元から声を掛けられた。
「おいダレン、敵はもう……おぉ!! ウンディーネじゃんか。珍しいな」
いつものように地面から姿を現したノームが、姿を現しているウンディーネを見上げてそう漏らす。
「ノーム。敵はもういないんだな?」
「お、おう。いないぞ」
「そうですか。それじゃあ、住民の皆さんを助けに行きましょう」
ロネリーの先導で、地下室のある建物に向かった俺達は、固く閉ざされている頑丈な鉄の扉の前に辿り着いた。
その扉は、内側から閉ざされているらしく、外からは開きそうにない。
仕方がないので、ロネリーが扉に向かって声を掛けたが、返事が返ってくることは無かった。
そこで俺達は、ノームを中に送り込んで、説明をしてもらうことにした。
突然岩の中から現れた小さな生き物の言うことを、住民達が信用するかは分からないけど、試す価値はある。
そうして、扉の付近にあった椅子に腰かけて待つこと数分。
なにやらぞろぞろと歩く足音が扉の向こうから聞こえたかと思うと、錠を外すような音と共に、扉がゆっくりと開く。
「お、やっと開いたな。遅いぞノーム」
そう言って椅子から立ち上がった俺は、扉の隙間から姿を現した男の姿を見て、動きを止める。
扉から出て来たその男は、左手でノームを掴み上げていて、右手でナイフを持っている。
歳は亡くなる直前のガスと同じくらいだろうか。白髪と顔の皺が、積み重ねて来た経験の深さを現しているようだ。
「ノーム!?」
「動くな!! 動けばこいつの首を切り落とすぞ!!」
「お、おい爺さん!! ちょっと待て、落ち着け。そして、頼むからノームを離せ」
「黙れ!! お前らが奴らの仲間じゃない証拠を見せん限り、儂はお前らのことを信用せんぞ!!」
「ダレンさん。ここは一旦、お爺さんの言う通りにしましょう」
「しかしロネリー。この翁がすんなりとワラワたちの話を聞くとも思えんぞ?」
「ウンディーネの言う通りだ。爺さん、一旦落ち着いて話すためにも、ノームを離してくれ! 頼む」
ギョロギョロとした目で俺達を睨む爺さんを見つめながらそう言った俺は、何とか状況を打開できないかと頭を働かせた。
この爺さんに、仲間だと思ってもらえる方法は何かないか。
必死に考えてみるものの、そんな都合の良い考えが湧いてくるわけがない。
半ば諦めると共に、強引にノームを取り返すべきか考え始めた俺は、しかし、爺さんの様子がおかしいことに気が付いた。
驚きで愕然としつつ、部屋の一点を見つめる爺さん。
その視線の先には、ウンディーネが立っている。
「な、なんじゃ? ワラワをそんなに見つめるでない」
動揺を隠せない様子のウンディーネ。
同じく、異変に気付いた俺やロネリーを置いてきぼりにするように、爺さんは小さく呟いた。
「水の……大精霊さま? と言うことは……」
そう呟きながら、そーっと自らの左手に視線を落とした爺さん。
彼の手に掴まれているノームは、非常に不服そうな表情を浮かべたまま、喚いたのだった。
「おい、このヘンクツジジイ!! なんでオイラの話は信じないのに、ウンディーネを見た途端に態度を変えてんだよ!! ふざけるな!! オイラを誰だと思ってる!? 大地の大精霊様だぞ!!」




