第119話 俺達の役目
得意げに発せられたミノーラの言葉がきっかけになったのか、動くことができていなかった俺達は、一斉に行動を再開する。
真っ先に動いたのは魔王ウィーニッシュとその配下達だ。
先ほどまでとは比べ物にならない程苛烈な攻撃を、繰り出してくる。
降り注ぐ雷に飛び交う氷の槍。そして怒涛の勢いで迫り来るアーゼン。
いつの間にか気配を消してしまったフードの男と、虎視眈々と俺たちの隙を狙い続ける弓矢の女も無視はできない。
「急に本気出して来たな!」
「それだけ、今のオイラ達が脅威ってことだろ! 光栄なことじゃねぇか!!」
すぐに立ち上がり、身構えた俺は、心の中でノームの言葉を一部否定する。
ウィーニッシュ達が本当に脅威に思っているのは、4大精霊じゃない。
間違いなく、女神ミノーラだ。
だからこそ、彼女の登場に驚き、その助けを受けた俺達を野放しにつもりが無いんだろう。
裏を返せば、これは俺達にとって最大のチャンスというワケだ。
出し惜しみも、油断も、している場合じゃない。
この場ですべてが決するということ。
「絶対に勝つぞ!!」
「当たり前チ!!」
「今の僕達なら、負けることは無いと思うけどね!」
「油断は駄目ですよ!!」
皆の声を聞きながら、俺は眼前から突っ込んでくるアーゼンと向き合い、大きく一歩を踏み出した。
同時に、足元にいたノームが地面の中へと消えていく。
直後、俺の手元に岩でできた一本の槍が姿を現す。
その槍を手に取った俺は、切っ先をアーゼンへ向けながら、突撃を仕掛けた。
「そんなもの、俺様に通用すると思うのか!!」
不敵な笑みを浮かべながら拳を振りかぶったアーゼンに、負けじと槍を突き出す俺は、しかし、あっけなく槍が砕かれてしまうのを目の当たりにする。
でもまぁ、そうなることは分かってたワケで、砕けた槍を勢いよく投げつけながら、俺はアーゼンの股下を滑り抜ける。
「ちょこまかと……!?」
股下を滑り抜ける俺に、手を伸ばそうとしたアーゼンは、そこでようやく異変に気が付いたらしい。
アーゼンが先ほど砕いた槍の破片は、当然、彼の周囲に飛び散っている。
そんな破片から無数の蔦が発生したかと思うと、恐るべき速度で成長を遂げ、一気にアーゼンの身体へと絡みつき始める。
「この!! 離れやがれ!!」
「芽吹いて繋ぐ!! それがオイラのチカラだぜ!!」
「1人目、だな」
無数の蔦に絡まれ、前のめりに倒れ込んだアーゼンが、更に発生した蔦によって地面に縫い付けられていく。
そんな様子を肩越しに見た俺は、すぐに視線を前に向け、皆の様子に注意を向ける。
巨大化したサラマンダーは、背中にガーディやベックスとケイブ、アパルとホルーバを乗せた状態で、襲い来るリューゲや魔物達を迎撃している。
そのすぐ横では、巨大な水の塊が炎と氷を駆使するバーバリウスに纏わりつき、ジワジワと追いつめつつあった。
その上空では、増殖を続けるシルフィ軍団とペポが、ウィーニッシュと彼の配下である弓の女を取り囲み始めている。
脅威だったウィーニッシュの雷も、同じ技を会得したシルフィには効果が薄いらしい。
なんなら、彼が放った雷の制御を乗っ取って操るなんて芸当まで見せ始めている。
「これが本当のチカラって奴か」
「おいダレン、呑気に見てる場合じゃないぜ。油断はできないんだからよ。それと、まだオイラ達にしかできないことがある」
そう言ったノームは、まっすぐに一点を指さした。
「姿を消したって、オイラには居場所が分かるんだからな」
「やっと見つけたか」
「おい、なんだその言い方は! オイラは必死で探してたんだぜ?」
「悪い悪い」
足元の地面から顔だけ出しているノームに謝罪した後、俺は彼が指さした場所、サラマンダーの背後へと駆けた。
目的は当然、ウィーニッシュの配下の内の1人だ。
「させませんわ!!」
「っ!?」
頭上から聞こえた声に咄嗟に反応した俺は、大きく横に飛び退く。
鋭く放たれた氷の槍が、俺達の立っていた地面に突き立つのを視界の端で見る。
更に追撃を仕掛けて来る仮面の女メアリーに反撃をするため、俺は転がりながらも地面を強く叩いた。
直後地面から伸び出た岩の柱が、飛んでいるメアリーに向かって勢いよく伸びていく。
「当たりませんわよ!!」
強気な視線で俺に向かって叫んだメアリーは、柱の合間を縫うようにして飛び込んでくる。
だけど、それは愚策だ。
「当てる必要がねぇんだよ!!」
そう叫んだのは、岩の柱の中へと移動していたノーム。
彼は柱のすぐ傍を飛んで行こうとするメアリーの片足を、蔦で絡めとってしまった。
「きゃ!!」
勢いよく突っ込もうとしていたメアリーは、蔦に足を掴まれた反動で、激しく柱に衝突する。
「おっと、悪りぃ」
短く謝りながらも、ノームは容赦なくメアリーを岩の柱へと縛り付けてしまう。
「くっ! このようなもの!!」
すぐに逃げ出そうと、自身を縛り付ける蔦を凍らせ始めたメアリーは、直後、目の前に現れた巨大な顔を目にして、頬を引きつらせた。
「とどめは僕が刺してあげるよ」
言うと同時に口を大きく開けたサラマンダーが、容赦のない火弾をメアリーに浴びせる。
当然、避けることもできずに直撃を受けたメアリーは、防御のために氷魔法を展開していたのか、全身から白い蒸気を発しながら意識を失う。
「2人目か」
「いいや、3人目だよ」
そう言ったサラマンダーの視線の先では、リューゲが四肢を大きく投げ出した状態で倒れている。
仇を討った。ということかな。
「残すは気配を消してるローブの奴と、弓の女。それに魔王2人だな」
「今は手下に構う必要はないんじゃないかな? と言うより、閻魔大王を倒さなくちゃいけないんでしょ?」
「そうだけど……」
サラマンダーの言葉に賛同しつつ、俺はこちらを睨み付けて来る閻魔大王を睨み返す。
ノームたちの力が解放されたとはいえ、まだ閻魔大王に勝てるような想像ができない。
女神と対等に接しているような奴だ。一筋縄ではいかないのも無理は無いよな。
何か、奴を倒せる方法があれば良いんだけど。倒すまではいかなくても、弱らせることができれば……。
そこまで考えた俺は、1つの案を思いついた。
正直、上手く事を運べるかは分からない。
だけど、今までに見聞きしてきた経験が、俺の勘を刺激する。
「なぁ、サラマンダー」
「どうしたの? ダレン」
「どうして俺達にしか、世界を救えないんだろうな?」
「え? それは……」
俺の問いかけに少し考え込んだサラマンダーは、ハッとした表情を見せた後、俺を見下ろして来る。
そんな彼を見上げながら、俺は告げたのだった。
「今こそが、俺達の役目ってヤツを果たすべき時なのかもしれないな」




