第117話 芽吹きの力
「見張られてる前で、手を抜くわけにはいかないしなぁ」
閻魔大王の短い言葉を聞いて、真っ先に口を開いたのは、魔王ウィーニッシュだった。
仕方なしとばかりに肩を竦めて見せた彼は、自身の尻尾をバチバチと光らせながら前に歩み出てくる。
そんなウィーニッシュを迎え撃つように、俺は一歩踏み出して呼吸を整えた。
「閻魔大王が直接出て来たってんなら、今の俺達にも勝ち目があるかもしれないな」
もちろんはったりだ。本気でそう思ってるワケじゃない。
そんな俺の思惑を理解してか、ウィーニッシュが口元を緩める。
「それは本気で言ってるのか?」
そう言う奴を睨み返しながら、俺は言葉を続けた。
「お前達が動いてるのは全て、閻魔大王の指示なんだろ? だったら、どっちにしたってその元凶を叩かない限り、俺達に勝ち目は無かった。違うか?」
言いながら、俺は首筋をノームがそーっと降りていくのを待つ。
時間を稼いでいる間に、ノームが逃げ道を作ってくれる。そう信じての行動だ。
だが、そう簡単に物事が運ぶはずがない。
ウィーニッシュが俺の問いかけに答えるより前に、前に歩み出てきたバーバリウスが告げる。
「コソコソと小細工をしたところで無駄だ。貴様らは全員、ここで死ぬ」
確実に俺の思惑に気づいているらしい。
奴の視線を敏感に感じ取った俺は、思わずロネリーの手を強く握る。
「もう、覚悟を決めるしかないみたいですね」
「そうみたいだな……」
小さく呟く俺達の隣に、ペポが歩み出して、魔王達のさらに奥、閻魔大王を睨み付ける。
「アタチは信じないチ。ホルーバ様が裏切ったなんて。信じないチ」
「まだそのような意地を張るのですね」
バリバリと音を立てて立つペポを見て、呆れた様子のリューゲが、バーバリウスの隣に並ぶ。
そして、他の面々も互いににらみ合うように並んだ後、戦闘が始まった。
いつも通り、アパルはベックスとケイブに預けた状態で、俺達は敵に突っ込んでいく。
ガーディと俺とノーム、そして雷を纏ったペポが前に出て、ロネリーとウンディーネ、そしてサラマンダーが後方からの援護に回る形だ。
四方八方から迫る魔物の大群は、もはや俺達の敵じゃない。
それでも、強敵と戦う上では十分な障害となり得る。
勢いに任せていた最初の方こそ、俺達は閻魔大王に向けて突き進むことができたけど、一定の距離を進んだところで足取りが遅くなる。
当然だ。
ウィーニッシュやバーバリウス、そしてその配下達との戦いは一筋縄じゃ行かない。
必然、ジリジリと押し返される俺とガーディは、ついにスタート位置まで吹き飛ばされる。
ガーディはバーバリウスの強力な拳を、俺はウィーニッシュの尻尾を受け、地面を転がった。
俺に関しては、尻尾の纏う雷のせいで、うつ伏せのまま身体が思うように動かない。
残る前衛のペポも、新たに覚醒した雷を身に纏うことで善戦するも、手の空いたウィーニッシュの出現で優位性が一気に失われてしまう。
ぼやけている視界の中で、ロネリーが俺の方へと走り寄ろうとしている。
まっすぐに伸ばされている彼女の手。
そんな彼女の手を迎えるため、俺が痺れる腕を伸ばした直後、何者かが俺と彼女の間に割って入った。
咄嗟に視線を上げた俺は、にやけるバーバリウスと目が合う。
「悪いな、俺様は奪うのが好きなんだ」
「やめ……ろ……」
俺を嘲るバーバリウスは、そのままロネリーの方へと向き直ると、多くの敵を迎撃しているウンディーネごと、鷲掴みにしてしまう。
途端、ロネリーの短い悲鳴が、聞こえた気がした。
「やめろ!! ノーム!! いないのか!?」
俺は救いを求めるために、相棒の名を叫ぶ。
しかし、帰って来た声は、とても頼もしいそれじゃなかった。
「悪い、ダレン……オイラ、ダメみたいだ」
耳元から聞こえて来た声に目を向けると、霜だらけになったノームが、俺の目の前に倒れこんだ。
何が起きたのか、考えようとした俺は、周囲の状況に気が付いて絶望する。
仮面の女、メアリーの冷気によって、ノームが弱体化させられたらしい。
おまけに、サラマンダーも冷気と蒸気によって、弱ってしまっているみたいだ。
空中戦を繰り広げているペポに関しては、同じ技を使うウィーニッシュに圧倒され始めている。
ベックスとケイブも必死に戦っているけど、単純に数に押され始めていた。
こんな終わり方なのか……。
ここまでの長い道のりを歩いてきた結果が、こんなものなのか。
認めたくない現実を目の前にして、俺の思考が白くなり始める。
ここからどうあがいたところで、多分俺は元来た道に戻ることさえできないだろう。
時間を遡ることはできないのだから。
出来ることは、受け入れること。
今までにやって来たことが、全て無駄だったんだと、受け入れること。
色んな声が周りから聞こえて来るけど、俺はもう顔を上げることができなかった。
見たくない。
ロネリーがどんな目にあわされるのかも、他の皆がどうやって傷つくのかも、俺がどうやって殺されるのかも。
見たくない。知りたくない。
そんな情けない考えに、俺は歯を食いしばりながら視線を落とした。
目元から流れる雫が、鼻先を通って、地面に落ちる。
直後、眩い光が俺の鼻先に出現する。
目を閉じていても分かるほどの眩しさに、思わず目を見開いた俺は、同時に、聞いたことのある声を耳にした。
「諦めるにはまだ早いですよ? あなたはもう知ってるはずです。沢山の人が植え付けて来た種の存在を、見て来たのですから。あなたのバディの力は、芽吹かせることなのです。今こそ、その力を発揮しましょう」
「……あなたは?」
「あれ? 知らないんでしたっけ? 私の名前はミノーラ。こう見えても、神様なんですよ?」
突如として目の前に姿を現した一匹の狼を前に、俺は言葉を失なうのだった。




