第113話 道案内
色々と話し合った結果、俺達は今、地獄へとつながる縦穴を降りている。
当然、穴に飛び込むわけにもいかないので、ノームが作ってくれた螺旋階段を通ってだ。
もちろん、穴を降りることを全員が賛成したわけじゃない。
ベックスとケイブ、そしてペポは、穴に水を満たしてみる方に賛同した。
まぁ、彼女たちの気持ちも分からなくはない。
だけど、俺の直感がそれじゃあ駄目だと告げてくる。
よく考えれば、地獄に繋がっているという縦穴に水が溜まるのか。そして、水を溜めたとして次は何か起きるのか。
仮に水を溜めてしまった後、何もできなかった場合。もう穴を降りることができなくなるかもしれない。
色々な疑問と共に、俺は地獄に向かうことを選択した。
消去法ってわけじゃないぞ?
そこには一つ、明確な理由がある。
「エンマダイオウ。どんなやつだ?」
「きっととんでもなく恐ろしいに決まってるゴブ」
「あの魔王達の親玉チ。絶対に強いのは間違いなさそうだチ」
「でも、私達ならきっと大丈夫ですよ。ね、ウンディーネ」
「そうじゃな」
「当たり前でしょ~。なんてったって、ウチが力に目覚めたんだからねぇ」
薄暗い中を飛びながら言うのは、すっかり元気になったシルフィだ。
そんな彼女たちの話題に上がっている存在こそ、今回の狙いだ。
閻魔大王が存在する限り、同じような魔王の襲撃が何度も繰り返されるんじゃないだろうか。
誰しもが思い抱くであろう気づき。
その可能性をなくすためには、直接、閻魔大王に会って、ケリをつけるしかない。
これこそが、明確な理由だ。
とはいえ、不安しかないわけじゃないぞ。
俺も含めた全員が、ある程度戦えるわけだし、それに何よりも、シルフィの覚醒が凄まじいことを、俺達は知った。
俺がそんなことを考えていることを察知してか、暗闇の中をパチッと小さな光が走る。
「おっと、ごめんねぇ。ちょっと漏れちゃっただけだから」
「小便かよ」
「ノームはやっぱり下品だなぁ~」
「ふざけんな! お前が先に言ったんだろ!?」
「ウチは一言も小便だなんて言ってないもんねぇ~」
俺の頭の上にいるノームと、パチパチと光を漏らすシルフィが喧嘩をする。
なんで彼女が小さく光っているかと言うと、曰く、ウィーニッシュの使っていた雷を完全に習得したらしい。
得意げに言う彼女の言葉を、俺達は初め半信半疑で聞いていた。
だけど、実際に見せられてしまえば、何も文句は言えない。
風の大精霊が雷を使うという状況に疑問はあるけど、まぁ、戦力が強化されたことに文句を言う必要はない。
頼もしい仲間達だ。
一人独白する俺。
そんな俺に、頭の上のノームがひっそりと告げた。
「おいダレン。そろそろだぜ」
「本当か?」
先頭を歩いていた俺は、その場で足を止めて皆の方を振り返る。
そろそろ地上から差し込んでくる光が途絶えそうな程に深い穴。
そこで俺は、大きく息を吸った後、皆に確認をした。
「先に進むぞ? 引き返すならこれが最後かもしれない。全員大丈夫か?」
「大丈夫ゴブ」
「オラも大丈夫だゴブゥ」
「僕も、怖くは無いよ」
「みんなが居るなら、大丈夫チ」
「ミンナはオデが守る」
「バブゥ」
「ふふふ。誰も戻る気はなさそうですよ? ダレンさん」
「そうみたいだな」
軽く笑うロネリーにそう返した俺は、そっと彼女の手を握った。
小さく声を漏らす彼女に、俺は肩を竦めながら言う。
「地獄がどんなところか分からないんだ。皆、はぐれたりしないように、手を繋いでいこうぜ」
「イイですね」
明るい声で賛同してくれる皆は、それぞれ近くの人と手を取り合う。
そして、皆の準備が整ったことを感じ取った俺は、大きく頷くと、一歩前に踏み出す。
地面を踏みしめた瞬間、不思議な感覚がした。
しっかりと立っている筈なのに、身体が浮遊感に包まれる感覚だ。
そんな感覚に負けじと、もう片方の足を前に踏み出す。
皆はちゃんと着いて来ているだろうか?
しっかりと握っていたロネリーの手も、感触が分からなくなっている。
そんなことを考え出すと、途端に激しい不安が胸を打った。
ふと気が付くと、ノームさえも俺の傍から姿を消しているように感じてしまう。
視界がよじれ、前も右も上も後ろも、そして左と下も分からなくなっていった。
どこに進んだらいい? どっちに戻ればいい? 目印になるものは無いか?
道はどこにある?
生まれて初めてかもしれない。
俺は自分が道に迷っているんだと、初めて自覚した。
だけど、そんな自覚はそんなに長くは続かない。
「よう、ダレン。なにボケーッとしてるんだ?」
「ボケーッとなんてしてないぞ?」
「本当か? まるで、道が分からないみたいな顔してたぞ?」
「そんなわけないだろ? 俺にはお前が付いてるじゃないか、ノーム」
「その通りだぜ。オイラが居れば、道に迷うことは無い。だからダレン、オイラ達がしっかりと道案内をしてやらないといけないぞ」
「分かってる」
短く応えた俺は、足元に見える碧い光を拾い上げた。
次に、風のように舞う黄緑色の光を。その次に赤くぼんやりと光る小さな光を。
更に、2つ並んでいる仲良しな光と燃えるような熱気を帯びた光を、同じように拾い上げてゆく。
どれ一つとして、欠かすことのできない、俺の仲間達だ。
そうして拾い上げた全ての光を、俺は胸元へと持っていく。
すると、手の中で燻っていたそれらの光が、強く輝き始め、一気に視界を眩く満たしてしまった。
直後、俺は強烈な浮遊感と共に、蒸気の上がる湯の中へと落ちた。
身体が焼ける程の熱は無く、むしろ程よく心地いい湯に包まれていたい気持ちを押し殺し、俺は水面から顔を出す。
「ぶはっ!」
勢いよく息を吸ったせいで、少しだけ水を飲んでしまうけど、あまり気にはならない。
それよりも気になる光景が、目の前に広がっていたからだ。
「ここが、地獄か……」
思わずそう呟いた俺は、あまりにも広大で禍々しい地獄の光景を目に焼き付けたのだった。




