第111話 想いの種:起きる時
空を走る雷光と腹に響く轟音。
それらをかき消すように発せられたのは、耳をつんざくような咆哮だった。
『なんだっ!?』
驚きと共に空を見上げた『オレ』は、思わず目を見開いてしまう。
どんよりとした雲の合間を、沢山のドラゴンが飛び交っている。
彼らは雲のなかに居る何者かを取り囲もうとしているのか、螺旋を描きながら上昇しているようだ。
そんなドラゴン目掛けて、複数の雷が放たれる。
間違いない。これは、かつて起きたであろう魔王ウィーニッシュとドラゴンとの戦いだ。
なぜこの戦いが発生したのか、そんな理由は良く分からないけど、それを知るために『オレ』は今ここに居るんだ。
改めて目的を認識した『オレ』は、気を取り直して周囲の観察に専念した。
今立っている場所は、光に触れたのと同じ場所、集落の外れに当たる所だ。
そこから集落を見渡して、幾つかのことに気づく。
まず初めに、この当時、まだこの集落には人が住んでいたらしい。
いや、彼らのことを人と呼んでもいいのか?
『オレ』がそう思ったのには理由がある。
空を見上げながら戦いを傍観していた男の一人が、小さく顔を歪めたかと思うと、その背中から巨大な翼を生やし、空へと飛び立ったんだ。
おまけに、飛び立った後すぐ、その姿を銀色のドラゴンへと変えてしまう。
多分、戦っていたドラゴンの一頭が、雷の一撃を受けて落下したのを目撃したんだろう。
飛び立ったドラゴンの表情には焦りと怒りが滲んでいた。
十中八九、加勢に向かったか救出に向かったんだろう。
観察し、得た情報を分析しながら、『オレ』は思う
彼らはドラゴニュートだ。
以前聞いた言葉を思い返しながら、『オレ』は確信する。
つまり、この集落はドラゴニュートの住処だったわけだ。
『魔王達はドラゴニュートと敵対してた。でも、その理由はなんだ?』
疑問を口にしながらも、『オレ』は大体の予測はついていた。
それは、ヴァンデンスの言っていた話。
女神ミノーラとかいう神様のこと。
そもそも、ドラゴニュートがホルーバとシルフィをオルニス族に引き渡したところから、この話は始まってる。
『ってことは、ドラゴニュート達がどこから4大精霊の情報を知ったのか。これが重要ってワケだよな』
言いながら、『オレ』はもう1つ気づいたものに目を向けた。
それは、さっき見た台座のようなものだ。
その台座に何やら鉄の棒らしきものが立っている。
何の意味があるんだろう?
そう、『オレ』が考えた瞬間、その鉄の柱に向かって1撃の雷が落下した。
突然のことで驚いた『オレ』は、しかし、台座の近くに立っていたドラゴニュート達に被害が出ていないことを見て取る。
よく見ると、彼らはなるべく台座に近寄っているようにも見えた。
『もしかして、あの台座と鉄の棒の近くなら、ウィーニッシュの雷を防げるのか? どういう仕組みだよ』
不思議に思いながらも、現在の台座から鉄の棒が消え去っている事実から、一定の効果があったんだと理解する。
破壊されてるってことは、邪魔だから排除されたってことだよな?
って言うか、台座の上に立って色々と試しても意味が無かったのは、当然だったことが分かっただけでも、良いだろう。
そこまで考えた『オレ』は、今まで敢えて視線から外していた男に目を向けた。
その男は、『オレ』のすぐ隣に立ちながら、上空の戦いを見守っている。
『このオッサンも、ドラゴニュートなんだよな』
壮年の貫録を覗かせるように、白髪交じりの黒髪を後ろで束ねている男は、険しい顔つきのまま立ち尽くす。
どことなく、師匠のガスに似た雰囲気を感じた『オレ』は、なつかしさを噛み締めながら様子を見守った。
「時間の問題か……」
短く呟いた男は、踵を返したかと思うと、背後に向かって歩き出した。
その先には、大きな岩がゴロゴロと立ち並んでいるだけだ。
何か考えでもあるのか、それとも、自分だけ逃げ出そうとしているのか。
真意を掴みかねていた時、男が岩の中に姿を消してしまう。
『なっ!?』
予想していなかった男の消失に、慌てて岩の元に駆けよる。
するとどうだろう、岩だと思っていた物の一部が、ただの幻だと言うことに気づかされた。
これもまた仕組みは分からないけど、まぁ、今は良い。
とにかく男の後を追って岩の中に入った『オレ』は、その奥に広がっていた神秘的な光景を目の当たりにする。
『どうなってるんだ……あれは泉か? それに』
岩の中にあったのは、神聖ともいうべき雰囲気に満たされた自然の空間だった。
中央には澄んだ水に満たされた縦穴があり、その周囲を囲むように、生き生きとした植物が生い茂っている。
そして、何よりも目を引くのは、その泉の傍に横たわっているもの。
『狼、か? それにしては……』
すでに息をしていない様子の狼。
黒くて綺麗な毛並みからは、死んでいるとはとても思えないほど、立派な姿だ。
そんな狼に向かって膝をついている男が、小さな声で告げた。
「ミノーラ様、もうあと少しで、魔王達がここまで攻めて来てしまいます。我らではどうすることもできません。どうか、お力添えを」
『ミノーラ様!?』
驚く『オレ』に追い打ちを掛けるように、どこからともなく声が響いて来る。
「そうですか。それはとても残念ですね。でも、まだ諦めないでください。私はまだ諦めていませんよ? ただ、今は待ちましょう。きっと、今の私達だけでは太刀打ちできませんから」
「承りました。それでは、今は力を蓄えて、来る時に備えるということですね。不躾ながら、その時がいつ来るのかだけでも、お教えいただけないでしょうか」
「だいたい135年後くらいですね。その時期になったら、ここから北東にあるオルニスの大樹に行ってください。そこにシルフィをバディに持つオルニス族が居るはずです。彼女を助け、4大精霊をこの地に導くことができれば、私の代わりに生命の循環をすることができると思います。そしてその時、多分私も……」
そこまで告げたミノーラの声が、周囲に響く振動のせいでかき消されてしまう。
跪いていた男は、少しバランスを崩しながら踏ん張る。
そして、振動が収まった後も、かき消えた声が戻って来ないことを悟ったらしい男は、すっくと立ちあがり、元来た道を引き返していく。
その後、ゆっくりと記憶が薄れ始めたのを確認した『オレ』が、ほっと一息を吐こうとした時。
意味深な声が響き渡った。
「長かったけど、私もそろそろ起きる時なのかもしれませんね。その時はよろしくお願いします。ダレンさん」




